余所事の話 汚れた屋上


「うぇぇ~~~~! ゼラ! さっさと部屋を片づけてくれ!」


 玉座に座る――というよりその手すりに腰掛け、座面に足の裏をつけ、背もたれに両手を絡ませて半身になりながら、こわごわと部屋中に散らかっている秘者のビートル族のもの言わぬ死骸の一つを指さした。


「今片づけてるじゃない。ちょっと待ってなさいな、サラ!」

 そう答えるゼラの顔には微笑みが浮かんでいる。

 右手に触覚、左手には節の沢山ある足を持ち、その二つを城外へと次々に放り投げる。人間の力では考えら得ないほどの速度で飛んでいき、森や谷に落ちていく。


 魔虫。とくにビートル族は何百年も昔から、サラの天敵であった。


 日々サラは秘者のビートル族と魔族のビートル族の、強さは関係なく両者を同等に嫌い、できることならばと、接触を極端に避けていた。


 魔王挑戦の秘者のビートル族が入城したと知ると、サラは世界一という魔力を注ぎ込み全力で逃げる。 

 城外でも、強さに関係なく、不意にビースト族と出会おうものなら、悲鳴による真空波によってそのビーストズタズタに引き裂いて瞬殺しようとも、その結果も見ることなく、逃げ道の障害物を破壊しつくしながら脱兎のごとく、城へと逃げ帰る。


「サラさんがそんな態度だから、己の実力も計れない秘者の魔虫ごときになめられて、魔王討伐だ、なんて望外の夢見させ虫の巣から一族を率いて、こうやって大量にわいて出てきてしまうんじゃないですか」


 セラがサラの破壊にあきれながら、床に飛び散った赤みがかった青色の体液をモップで拭き取っていたが、柄に手と顎を乗せてふき取り作業を中断した。


 その顔にはゼラと同じように、普段の能面のような顔とうって変わって満面の笑みが浮かんでいた。



 日々、変化無く魔王城で暇を持てあますセラとゼラに取っては清掃は何にも代え難い娯楽であり、その掃除に彼女らは命をかけていた。


 そして彼女ら二人にとって、天敵とも言える、邪魔な掃除ゴーレムも玉座の間にしばらくはやって来れない。


 「ゴーレムはどうしたんだよぅ! いつもならすぐに掃除に来るのに!!」


 サラが、各種昆虫型の秘者の死骸を見ないように魔界の空を見ながら疑問を叫ぶ。


「あなたが目を閉じながら、めくらめっぽう、ありとあらゆる攻撃魔法を撃ち続けたからじゃない、私達にまで攻撃してきたんだから、後で説教ですからね!」


 本来肉弾戦を好むサラは、今回だけはヒステリックに魔法戦で必要以上に秘者のビートル族を一匹残らず粉々になるまで殺し尽くした。


 その影響で屋上の玉座の間は散々な様子となっており、ゴーレムが出てくるゲートも破壊されている。


 時間が経てば自己修復されるが、それまでは扉だけから屋内からのゴーレムがやって来るのだが、セラが楽しみを奪われてなるものかと、扉に自分の宝具をつっかい棒の蝶番としている。


 だから、扉を破壊しない限り、誰も入って来れない事を、セラとゼラはサラには伝えていない。



「でも、今日に限ってなんで、サラは決闘……じゃないわね無差別破壊だもんね。……相手してあげちゃったのよ? いつもみたいにピューって逃げ出してたら、こんな――こんなご褒美状態にはならなかったのに」

 ゼラが中途半端に邪魔な死骸を、ちり取りに入りやすくなるよう、平らになるよう踏みつぶしながら聞く。


「仕方ないんだよう! 今日は客が来る事になってるんだ! ここにいないといけないんだよ!」

「まぁ! そうなの? サラさん! ゼラ、大変!!」

 セラがそう言った時には、セラはもう扉の前にいた。


 つっかい棒にしていた掃除用具を模したホウキとハタキを外す。

 途端にバン!っと扉が開き、大小様々なゴーレムが十数体、玉座の間という名の屋上になだれ込む。


 ゼラが素早く動き、ロングスカートとフリルの付いたペチコートをひるがえしながら蹴りを放つ。

 一瞬の内にゴーレム達は破壊し尽くされ、動かぬ石塊となった。

 ゼラはそれを踏み越え廊下をうかがう。


 セラとゼラの背後、玉座から、あ゛あ゛あ゛っ!? というサラの叫び声が上がった。


「大丈夫、誰もいないわ。サラ、それっていつ来るのよ?」

「ゼラ!! また、ゴミが増えたじゃないですか」

 モップ掃除を再開させながら、扉の前の様子を見ていたゼラが嬉しそうな声を上げる。


「何やってんだよ!! せっかくの掃除人形ゴーレムが!!」


「ごめん、ごめん。客が来てるか急いでたから……」

「ゼラの嘘つき! 掃除魔!! 掃除狂いの変態メイド!!」


「でしたら、サラさんが、ゴーレムのゲートの魔法的な仕組みを調べて、直せばいいじゃない。できるんでしょ?」


「多分できるけど、ヤダ! やんない!!」


「魔王になった時に魔法の全てを受け継いだはずでしょう? それを駆使して私にも教えて下さいな」


「それはいい考え! セラがサラに習って覚えれば、ゴーレムの機能停止方法も見つかるかも! そしたら城内で掃除し放題!!」


「そうね! サラさん、早く城の中枢室に行って、ゴーレムの仕組みを調べて来てね、ね?」


「だから嫌だっての! 魔法を誰かに教えるのは当分ヤダ! 飽きるし疲れるし、何よりアタシと戦わない奴に教えても、おもろくない!」

「あれ? それじゃあ、サラ。最近誰かにそんな事したの?」

「した! 魔法の基本も知らないような覚えの悪い奴に、みっちり魔法のイロハを教えてやってた! 証拠もある! これを見ろ!! …………アレ? なんで無いんだ?」


「何を無くしたの、サラ!? 探すの手伝おうか!?」


 ゼラが鼻息荒くサラに問いかける。

 ゼラは掃除の他に捜し物も大好きだった。セラは捜し物に対しては苛立つ方で、好きではない。


「ん~~~? 黒動結晶~~」

「「え!?」」


 二人は掃除の手を止め、サラを見る。


 サラは玉座の上で、部屋の光景を見ないよう、両目を固く閉じながら自分の体をまさぐり、そこに無いと分かると自分の荷物を漁っている。


「眷属を増やしたの!?」

「珍しい! あぁ、だからですのね? 来客っていうのは、サラさんの新しい眷属ですね?」


「違う、違う! あれぇ? 無いなぁ……、おかしいなぁ」

「サラ……もしやと思うけど、私達の黒動結晶も無くしたわけじゃないでしょうね?」


 セラがサラに呆れたように聞くと、

「他のはあるって! ホラ!」

 と言って、自分の口に腕を入れ、ウエ! っとえづき、気持ち悪い! と文句を言いながら、腕を引き抜くとその手には黒色の結晶体が二つ握られていた。



 その内部の中心には脈動するように明滅する光が見える。



「あるなら別に見せなくても、いいのよ。でも、注意してよね? それが割られたら私達最悪、消滅しちゃうかもしれないんだから……」

「大丈夫だって! あ~~ん」

 そう言うとサラは二つの黒動結晶を嚥下する。


 サラは別に結晶を飲み込んでいるわけではなかった。

 アストラル魔法の儀式として、自分との結びつきを強める為、自分の喉を媒介にしている為だった。


 であるので、本当に大切な物はサラが飲み込むという形を取っていた。喉を通り過ぎる際には、黒動結晶は物質からアストラル化して、サラの精神と溶けあう。



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