人界と魔界の魔法認識の差。その優位性

宿に戻り、エリカを先に部屋へと送り出す。


 (聖女アテーナーをこんな時間に安宿に連れ込んだとあってはエリカに悪い噂が立ちかねないからな)

 寝ていた宿主を起こして、多めにチップを渡して宿にある酒を用意してもらい、代金を払って部屋へと上がる。


 鎧板を開け放ち、五大精霊と人界で未発見である、さらに五つ精霊のすべてを用いての魔法|空間遮断《ジャンクション》という、防御魔法を張る。文字通り精霊達を連結させて情報を外へともれないようにするためだ。


 魔法壁と違うのは、《空間遮断ジャンクション》は術者の体の内部に魔法を発生させるため、その結界の有無を物質を用いた手段でなければ、発見される心配がないことにある。


 本来、魔界では《空間遮断ジャンクション》は諜報対策になんかには使わない。

 その名の通り、防御だけに使われる。


 だが、今の状況に即した、人界で使う魔法は、

聴覚遮断アウリス・カット》《魔法遮断マジック・カット》《存在遮断エッセ・カット

 の三種だ。


 だが、それらの魔法であれば、宿、魔力を感知されてしまう。隠し事を喋り始めた等、色々と情報を与えてしまうため、使用は控える。


 かといって無防備なのも論外だとジロは考える。


 そこで、魔界で習い、人界では噂も聞かない《空間遮断ジャンクション》を使用した。


 欠点は、物質には無効である点だ。


 空気中に魔素あるいは人界では精霊と呼ばれる、魔力溢れる魔界で使っていた《空間遮断》よりも、ジロの体内の魔力と、魔精霊の少ない人界で作り出した《空間遮断》を比べると、魔界で作ったものよりも圧倒的に弱々しいが、機能は同じだとジロは割り切ることにした。



 (これで窓を開け放っていても、宿を見張る監視者に聞こえるのは、《空間遮断ジャンクション》で通過を許可した種類の精霊の言葉だけ)


 単なる会話は見張りに届く。


 ジロは、自分に見張りがあることを、帰国したその日から感じていた。


(これも無様に一回死んでみた事の特典みたいなもんだな)


 そう、ジロは自嘲した。


 ジロは自分の言葉、言霊に火の精霊を宿し、エリカの体には、エリカの馴染みのない、時の精霊を付与した。


 エリカの魔法的勘や魔法的感覚鋭敏でも、人界には存在しない精霊の存在を感じたとしても、どうしようもない。


 例えば人界で知られる五大精霊の内、水の精霊をあてがうと、エリカが自分が喋るたびに水の精霊が活性化することに、違和感を持ちかねないが、知らない精霊であれば問題はない。


 存在を知らないのであれば、見つけられない。


 火と時の精霊を《空間遮断》でブロックする。

 残りの精霊はすべて筒抜けとなる。

 これで見張りは室内からの水の音や、杯を重ねる音、木の軋み、金属の音は聞くことができるが、焚きはしないが、暖炉の火の爆ぜる音や、時の精霊を付与された、エリカの発する全ての言葉は聞こえない。

(誰かは知らない監視者は、魔法を使い聴覚を強化しようとも、室内では俺とエリカが二人で押し黙りながら杯を重ねていると思うだろう)



        ◆


 エリカは外套も脱がず、フードだけ取ってベッドに腰掛けながら早くも杯を傾けていた。

(昼の気温のわりに、ここは寒いし、エリカが風邪でも引かれたらリーブに起こられるから、自前の外套があってよかったぜ。神殿騎士団製の外套なら魔法もかかっている事だしな)


 そう思いながら、自分はただの布である外套を肩から羽織る。


 月明かりと蝋燭ろうそくの明かりを便りに、粗末な椅子とテーブルをその前へと持っていき、話をする態勢を整えた。


「二号店にはマニー爺さまのコレクションを置こうと思っている」


 ジロは下手な細工はせず、核心から入った。


「嘘。そんなの嘘。お爺さまのコレクションは私達が起こした騒動後は、すべて王宮へ持っていったと言ってらしたわ」


 エリカは酒場で飲んでいた後でもハキハキと喋った。知る限りで一番の酒豪だ。とジロは舌を巻く。


「それ以外に引き継いだ物があるんだよ。今思えば、それを俺が引き継いだからこそマニー爺さまは亡命に踏み切ったのかも知れない」


 (王国内でのしがらみに、マニー爺さまが、自分のしたい事ができない事に、限界を感じたのかも知れないな)


「思い出してみろ。冒険譚の中に時々あっただろう、コレクションの話なんだけど、それがどんな物かをぼやかしながら語ってくれた冒険譚が。そんな時はマニー爺さまは意図的に、そのアーティファクトがどんな物なのかを伝えなかったんだと思う。そういう話をする時は、俺達の興味がアーティファクト以外に向くように、話が誘導されていたんだ」


 エリカにも思い当たる節があるらしく、ジロに疑問を挟まなかった。


「さて、ここで質問だ。王家に対して二心のなかったマニー爺さまが俺達にくれた物以外で、王家に渡すことがなかったアーティファクトはなんだと思う?

「誰かに渡し忘れていたわけでもなく。王宮へ届け出もしなかった。爺さまの愛する王国のために、渡すわけにはいかなかったんだ」


「まさか…、でもそんな話……ううん、でも……」


 エリカの思索の邪魔にならないよう静かにジロは杯を重ねる。

(うっへぇ……さすがに安宿の常備酒だ。醗酵が進みすぎてて、まずい)


 すでに許容範囲近くまで飲んでいるので、これ以上は控えよう。とジロは酒のもたらす後味の悪さをかみ締めながら、決意した。


「多分、呪物じゅぶつね。それもかなり強力な物。交友関係が広く、お爺さま自身も実力もあり、魔法への造詣ぞうけいも深いお爺さまが、扱いに困るような呪物」


 ジロがまずい酒をチビチビとやりながら待っていると、エリカは五分ほども考えてからそう結論づけた。


「でも、呪物なら魔法で……。お爺さまが無理でも、今の私なら……」


「……無理だと思うな。引き継いだ後に見てみたが、あれらは、封印の上からでも触るのも恐ろしいくらいの禍々しいものだった。それにいくつかは引き継いだ時に爺さまから由来を聞いた。あのハーゼンが諦め、封印を施した品々らしい」


(ましてや、魔法が視認できるようになった今は、マニー爺さまの保管していた、多数の強力な呪物は、どう見積もっても人の手に余る)


 転移門をも考案した、古の天才魔法使いハーゼンが封印だけを施し、解呪は諦めたという旨の書かれた魔界の石碑の下から掘り出した品だと、目録に記されていた品だって複数ある。


 その事を伝えるとエリカは息を飲んで、軽くうめいた。


「それならジロに不可能。ううん、どんな人間だって、それこそ――ジロ本気なの? 呪物とは言っても、アーティファクトの数々なんでしょ!? 反逆罪に問われて今度こそ打ち首、ううん。車轢きだっておかしくはない」


 そう言って言葉を切り、嘘の気配を読み取ろうとして視線をあわせる。


「呪物を、秘者に渡す気……なの?」


 言葉にする事自体が禁忌を犯しているかのようにエリカは静かに言った。

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