暗闇、路地

 ジロがエリカを追いかけて店を出ると、エリカは一人で歩いていた。

 その後ろをリーベルトの護衛がやや距離を開けて、歩いている。


「おい! 送っていく。 俺だ、ジロだ!」


 エリカに、というよりはリーベルトの護衛たちに自分の存在を知らせるために、エリカに呼びかける。


 それを察し、護衛たちは左右に分かれてジロに通り道を空ける。


 「すまんな」と声をかけて護衛たちを追い抜いて、うつむいてとぼとぼと肩を落として歩いていたエリカに声をかけた。


 リーベルトの付けた護衛がエリカから、大分離れて付いているのを見て、ジロは予想していたが、顔を上げたエリカは声を殺して泣いていた。


 泣いていたのをジロに見つかり、挑むように睨みつけた。


(結局はこうなった)


「エリカ、泣くな。お前らを信頼していないから、黙っていたわけじゃない。こうなるだろうと思っていたから話さなかったんだ。昨日リーブの奴から魔界入りを知っていた事を切り出されなかったら、心底困り果てるまではお前達に頼るつもりはなかった。俺は死んではいないし、これからもその予定はない。それに死ぬつもりならお前とリーブを道連れに連れていく――安心しろ。だから泣くな」

 そう言って頭に手を置き、ぐりぐりと力を込めて撫で回す。


「だ、だって! だって! ジ、ジロが悪いんだもん!! ジロのせいだもん!!」


 エリカはされるがままになりながらも、立ち止まった。


 そしてジロに対して一番効果のある弱点だと解っているのか、年相応に、声をあげて泣き始めた。


「せっかく! の、三、人の!! 三人、だけの、お酒、だった、のに!! ジロの馬鹿!!」

 泣きじゃくりながら、エリカはジロに怒りをぶつける。



 ……そんなに楽しみにしていたのかとジロは少し嬉しかったし、エリカが普段背負っている職責を思うと悲しくなった。



 ジロはエリカのフードがずり下がりそうになる度に慌てて直しながら、泣きながら歩くエリカを見ようとする興味深げにすれ違う歩行者達を威嚇する。


 いくら顔の判別が効かないほどの路地であろうが、万が一にもエリカだとバレるわけにはいかなかった。

 ジロ・ガルニエが聖女アテーナーを深夜に大泣きさせていた、なんて噂が立ってはいよいよガルニエ商会は店仕舞いとなってしまう。そう思っての行動だった。


 泣じゃくるエリカを見つめる護衛達を見て、人の口に戸を立てられないと知りながらも、ジロはもっと離れるように身振りで示す。


 遠巻きに見ていた護衛達が離れると、通行人もわざわざ立ち止まってまで、泣きじゃくるローブの少女に注目するような事はなくなった。


 しばらくすると、エリカは路上で泣き出した事を恥じるようにして足早に薄暗い裏道へと入っていった。

 ジロからため息がついて出る。


 護衛に後は俺が引き継ぐから、リーベルトにそう伝えてくれと、大声で言い残して、エリカから少し距離を置いて後を追う。


 時々浮浪者や酔っぱらいがエリカに近づいてきたが、その都度、追いつき、時には剣を抜く仕草までして、追い払う。


 足の向くままに歩いているようで、埒らちがあかないので人の目が切れた所で追いつき、誰にも教えるつもりはなかったことを、二人に白状する事にした。


 これで、二人がどの道を選ぼうと、もう引き返せなくなる。


「話すか迷っていたのは、二号店に置こうと思っていたのが爺さまのコレクションだからだ」

 エリカは立ち止まる。

 涙に濡れた長いまつげを何度もパチパチと瞬かせ、ジロを見上げた。


「ここじゃ人の目がある。宿に行くぞ、ついてこい」

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