余所事の話 魔界



 大陸における、国家を問わない人類の支配領土の割合は、およそ六割。


 そこを人界という。人界と言ってもそこには亜人種支配地域も含まれる。


 人間だけ、人類の支配領域でいうと、その半分の三割。


 次に大陸内で領土が多いのが幽界と言われる、死霊族の支配する領土が三割。


 死霊は人間や亜人種の魂を好んで欲する。学者は魂や生体エネルギーを食べていると考えている。

 死霊族は魔族と違い、人類や亜人との意思の疎通そつうは極めて困難とされている。


 死霊族には聴覚はない。触覚と呼べるものはあるし、視覚もあると見られているが、それはすべて人類側からの推測に過ぎない。


 さらに死霊族は違った独特の種的本能と呼ぶべき行動を取る。

 魔族と違い、人間や亜人種を餌と見なす幽界は、なんの法則性もなく、突然人界へ侵略を開始する。


 物質透過能力を有する幽界の侵略を止めることは困難で、侵攻の度に必ず人界はわずかながも、その支配領域を減らし続けている。

 

 一見無敵にも思える幽界の死霊族にも天敵がある。それが魔界・魔族、そして秘者ひしゃの存在だ。



 魔界というのは魔族が支配する地域であり、その領土は大陸の一割弱でしかない。


 そして魔界の住人達は領土拡張に一切の、一本の髪の毛ほどの価値すらも、見いださない。

 それは魔族の生命活動、食事に関係する。


 魔族は純粋魔力を食事とする。そして物理的な食事を必ずしも必要としない。


 死霊族はその存在そのものが、純度の高い魔力であり、死霊の攻撃は魔法攻撃であるので、元々純粋魔法攻撃に対して極めて高い耐性を有する魔族にとっては格好の餌となる。


 惜しむらくは魔界と幽界が互いに接していない点だ。

 例え幽界が岩が砂になるような長い歳月をかけて人界を蹂躙じゅうりんしたところで、魔界へと境界を接すれば幽界の侵攻は止まると見られている。


 人間の体内にも魔力があるのだが、その総量は少ない。

 魔法を使う場合はその体内にある魔力を小出しにして種火とし、空気や土などに住みついていると言われる不可視の精霊たちから魔力を集めて、始めて魔法というものが発動する。


 亜人種の中には人間よりもより多くの魔力を体内に有している種・エルフ・ドワーフ・人狼、亜人内で魔物と分類されるゴブリン・オーク、etcetc。様々な種があるが、だが、その程度の魔力では魔族は見向きもしない。

 遥か昔、人類史上最高の魔法使いで、亜人種よりも遥かに多い魔力を体内に宿していたとと言われたハーゼンですら、秘者には無視されたという。


 だから魔界・魔族は魔界以外に興味をもたない。


 こういう状況であるのならば、魔族はこぞって幽界への侵略という名の食事会へと総出で出かけ、死霊を駆逐していっても良さそうだが、魔族の食事は他の生物の常識とは違い、何も口から摂取するだけではない。


 魔界というのは極めて純度の高い魔石がゴロゴロと転がっている。

 なぜ、魔界にだけ魔石が豊富であるのかはわかっていない。


 魔界に魔石があったから魔族が住み着いたのか、魔族が長く支配したからこそ魔石が生まれたのかはわかっていない。


 極めて信頼度の高い、ドワーフ界の勇者であったという、あるドワーフの魔界行見聞録けんぶんろくによれば、地表をわずかに掘るだけで、全人類へのアーティファクト供与にも事欠かないほどの魔石が眠っているという。


 魔石は、大小や魔石の質による出力の多寡はあるが、魔力をほぼ無限に生成する石の事で、極めて硬度が高く、人類には魔石を加工できる術を持たない。


 その魔力を引き出すのは持つものの力量による。同じ魔石を使っても、自然界から魔力をひっぱってくる方がましな魔法行使者もいれば、魔石と自然界からの双方から魔力を引っぱり魔法を行使する魔法行使者がいる。



 人類の魔石を利用した数々のアーティファクトはそのほとんどが、小さな魔石を無加工状態で人類の加工可能な素材との組み合わせでできている。

 槍や剣であるのならば棒状の魔石を鉄や鋼で覆って作り、アクセサリーなら小石程度の魔石を台座に当てはめる。といった具合だ。


 まれに、加工された魔石、鋭い切れ味を誇る剣の形をした魔石のようなアーティファクトが、大陸全土で出土するが、それは太古の超高度魔法文明の遺物と見なされたり、魔族の変人が加工したものだと言い伝えられている。



 魔族は食に事欠かない事情からか、常に退屈しているという。


 その暇つぶしを人類の大虐殺、あるいは牧場化としていたぶるという発想へと繋がらないのというと、全く繋がらない。


 まず第一に魔族は強者との戦いを何よりも望む。

 研究家によれば、摂取した魔力の行き場を求めての事であるとされている。



 次に魔族、特に知性ある上級魔族は自身の汚れを極端に嫌う。

 これは魔力の摂取を体表の皮膚からも行っているからではないかと考えられている。


 実際に魔族に書かれた文献のいたるところに魔族の魔力摂取に対する好みは経口けいこうが一番であり、次が

自然摂取だと書かれてある。


 魔族が人類を殺すと血やらなにやらが噴き出す。ただの血だ。


 一方魔族が魔族を殺す場合、体液にも良質の魔力が含まれる。

 こういった事情から、魔族以外を殺す時は体液を避け、魔族を殺す時は必要とあらば、浴びる事もいとわない。



 そのため知性のある魔族は、気まぐれ以外では、めったに人類や亜人、魔物を殺さない。


 逆に知能ない魔族は、その機嫌が悪ければ、人類の殺戮に乗り出しはするが、魔界の国境である、魔力のまったくない、人界まで追ってきたとしても、すぐに引き返し、人界の領土を蹂躙じゅうりんし続ける事例は起きていない。


 魔族の行動は、幽界では人界のそれとは事情は異なっているはずであるが、人類の天敵であり、意思疎通が難しい死霊との対話や調査は進んでおらず、魔界と幽界の込み入った関係は人界にとって謎のままだ。



 こういった事情により、人界は魔界を恐れつつも、幽界への防波堤ぼうはていとして利用する方策がとられ、その関係性の歴史は今日に至っている。

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