修繕完了
学院は貴族の子女が、最年少は七歳前後から入院し、最長は二十歳まで騎士としての振る舞いや軍学、戦闘術を学ぶ。
修学後は騎士見習いとして軍や騎士団へと未来の士官候補として赴くのだが、その時に一時的に学院生が見習いの従者として卒院生につく。
卒院後二年経つと、従者の学院生もいなくなり、正式な騎士を名乗れるようになり、その後は平の団員や隊員として国や領民に尽くす事となる。
平の団員・隊員は戦時には十名の平民兵を率いる事となり、貴族ではもっとも位の低い仕官となる。
普通は十八才に形の上での卒院、各仕事場で従者修行を積みながら二十才までは、時々学院へと報告に戻る。二十になると完全に卒院し、報告義務からも卒業する事となる。
まどろっこしいシステムであったが、学院と各騎士団の学院卒業生達との繋がりも強くなるので、有益なシステムとして今日まで学院は続いている。
ジロは史上二番目、そしてリーベルトは史上最も早くに卒院した。
ジロの卒院には大変大きな政治的理由が介在したが、リーベルトのそれはリーベルトがジロの最短記録を追い抜こうと努力し、実力で更新した。
そして現在学院生であるエリカの場合は、他とは毛色が違っている二人よりもさらに特殊だった。
何しろ学院生でありながら、正式な神殿騎士団の団員であり、なおかつエリカは過去の業績によって特殊な騎士で、従者修行を積んでいなくとも公式の場での騎乗が許される身だ。
(今は十二か……だったら、来期から騎乗訓練になるのは嘘じゃないな)
………嘘ではないのだが。アーグを連れていく理由にはならない。嫌がらせにしてはエリカらしくない気もする。っとジロは首をひねった。
家で騎乗訓練など散々やっているだろうし、三人は一緒に馬での遠乗りや訓練に参加していた事もあり、エリカは馬の扱い長けている。
この時期に馬の扱いができておらず、優秀な馬の技量に頼る事など有り得ない。
「将来のある神殿騎士団の大幹部候補が馬泥棒なんて……エピデム団長や、教団の首脳陣が泣くぞ」
ピタリと体の移動が止まった。ジロの目算ではまだまだ距離があるのだが。
「泥棒ではありません、アーグがろくな世話を受けていないようだと聞いて、善意で引き取りに来ました」
「誰がいったいそんなでたらめを。余計なお世話だ。アーグもきっとそう言う」
エリカの上半身がジロの完全に視界に入った。
ジロの足の縄を解いたようだ。そしてその足を両脇に抱え込んでズルズルと椅子まで引きずっていく。
アーグに引かれるよりも上下の振動がひどくなる。
「擦り傷作らないようにしてくれよ」
ジロを引きずるのに必死らしく、エリカはジロに返事をしなかった。
それからは時折アーグの巨体がジロの視野に現れては、主人の危機にもかかわらずエリカに嬉しそうに顔を擦りつけ、今度は倒れるジロの顔や体にこれでもかいう量の鼻水を擦りつけと、いった具合に、エリカの作業を邪魔しにきた。
エリカは顔を擦りつけられる度に嬉しそうに声をあげ、ジロの足を乱暴に放り出してアーグの顔を撫でていた。アーグもエリカには鼻水をこすりつけはしなかった。
それを数回繰り返したあと、わざわざ街道が見えるように、ジロの体の向きを直してから、お供の二人を引き連れ、悠々とアーグに騎乗して城へと帰っていった。
ジロは嘆息する。
それはエリカは最後の最後まで気付かなかったためだ。
嫌がらせを行っていた間中、スカートの中がかなり際どい位置まで見えていたのだ。
もうちょっと、隙を無くせよ。っと改めてジロは長く深いため息をついた。
「アーグを盗られた……」
「ん~~~。僕には分かりますよ。エリカがどうしてアーグを連れて行ったかって事を。もしかしたら、そうじゃないかなあって思っていましたが、エリカは先輩にお願いがあるみたいですね」
「お願い? そんなの今言えばいいじゃねえか。どうせ俺はどんな内容だろうと断らないんだし」
「先輩だって知ってるはずですよ。ほら、学院のこれからの時期の……」
「だから、騎乗訓練だろ?」
「違いますって。ほら、先輩は今や一世騎士ですし」
「うん? 一世騎士籍とアーグ盗難がどう関係するってんだ」
「……相変わらず頭の回転が鈍く、記憶力が足りない人ですね、先輩は。学院の行事を数年たっただけで忘れてしまうなんて……」
「その毒舌聞くとお前が俺の従者になっていた頃を思い出すが、行事のことなんて思い出せないな。……俺達はあの頃学院の行事とかそういった事はどうでもいいって感じだったからなぁ……」
「……。そうですね。珍しく先輩の言うとおりですね」
そう言って二人は笑う。
その後、一向にジロの解呪に動こうとしないリーベルトに対して、ジロはエリカへの愚痴や今後の教育方針を相談した。
ようやく麻痺の魔法効果が自然に消えたいった頃には、ジロの愛馬と馬泥棒の姿は街道上のどこにも無かった。
そしてのんびり草をはむロバの姿。
店は煙を吐き続ける。
どんなやつがこの店に客として訪れるというのか?
ジロの口からまた、ため息が出た。
◆
ジロはなかなか帰ろうとしないリーベルトをこれ幸いと、一人では骨が折れる力仕事を色々と手伝わせた。
「おまえのおかげで今日は雨が降ったら屋内に足でも突っ込んで寝る事ができそうだ。近くの街のトロンから鍛冶屋を呼んで、扉の補強をしてもらうとして……」
当面は魔法で何とかしておくか、と家を包み込むイメージで詠唱を開始して、結界を張る。
出来を見るためにドアを思い切り蹴ると、石壁でも蹴っているような重厚さに、ジロは満足した。
「魔力の使い方が器用になりましたね」
リーベルトが感嘆の声を上げる。
「剣技はなっちゃぁいないけどって事か?」
「僕を疑りすぎですよ。単純に感心しているだけです」
「初めて言葉を交わした時に、お前が言った台詞だったんだがな」
リーベルトは爽やかに笑って見せた。
「あれだな。旅行中は苦労したから魔法の使い方がうまくなったんだろうな」
(思えばこれは向こうで覚えた魔法だ。教えられたまま使ったが使い勝手はいい。教わった時の尊大で美しい声音も再生される。『雑魚なんだから最低限、これは覚えとけ!』、そう言われた)
「そうですね。こんな魔法は初めて見ました。触媒なしでこれだけのものなら他にも応用できそうですね。今度、その術式や流派を教えてください」
「ああ、いいぞ。これくらいの事。いっそ、魔法ギルドにでも教えてやって、金取るか」
「それよりもギルドには教えずに、許可だけとって、独占したら中々いい商売になりそうですね」
運営資金に本当に困ったら、リーベルトの意見を採用しようとジロは決めた。
「なんにせよ。これで少しは身動きが取れやすくなった。扉ができたお陰で魔力消費しながら、木箱をひきずって王都へ行く羽目にならずに済んだ。助かったよリーブ。今日は手伝わせて悪かったな」
ロバは午後も遅くなってから、帰宅途中の貸し主が約束通りに現れ、引い去っていった。
悪評の中、快く荷を引く若いロバを貸してくれた事に感謝をして、追加で銀貨を数枚渡した。
目を丸くしていたが、お喋りなこの馬貸しが悪評を和らげてくれればありがたいものだ。とジロは皮算用していた。
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