名馬

「俺は冗談をいえなんて、言ってないぞ。………この時期の近衛の巣である、ルイネ城にか? 下手をしたら、今度こそ殺されかねないぞ」


「大丈夫です。まったく必要ないと思いますが、そんな命知らずがいれば、僕が守ってさしあげます。先輩に近づく不届きものがいれば、今度は僕が適当な罪状をその場ででっち上げて、即座に斬り捨てます」


「お前ならやるだろうな」


「ええ、斬りますとも。ちょうど僕が決勝で副団長に敗れ、その事で近衛の連中は調子に乗っていますからね」


 ジロがそう言った根拠は、色々あるが、この時ジロの頭に思い浮かんだのは、亡命事件後にジロが近衛隊に決定的に憎悪の対象とされるようになった出来事だ。


 最初に牢で毒を盛った近衛騎士団と深い関係があるいわれている裏家業を営む組織の人間達が、続々と行方不明になる事件が発生した。


 その犯人はついに見つからなかったが、ジロを信奉するリーベルトの仕業では? という噂が流れた時、リーベルトは一切の否定をしなかったからだ。


 そして世間の憶測は続き、なぜ近衛隊の毒殺計画を親衛隊のリーベルトが知っているのかと言えば、それは毒殺を試みた証拠の数々が親衛隊の手によって押さえられているからだという噂話が貴族社会でまことしやかにささやかれた。


 しかし、リーベルトは犯人ではないと、ジロもリーベルトも互いに知っていた。

 ジロが、その犯人であるからだった。


 とはいえジロが積極的に動いたわけではない。すべて返り討ちにした結果だ。


 毒殺に失敗し、釈放後には正式にジロの暗殺を請け負った内の最初の一人は、浅はかな考えの持ち主だった為、証拠の山を身に付け、そのままジロの返り討ちにあった。


 その任務達成後の保険にとでも思ったのかそいつはたっぷりとした証拠を身につけ斬り殺された。


 そして呆れながらもその証拠を手に入れたジロは、少し考えてから、匿名で近衛隊の宿敵である親衛隊の手に渡るよう工作した。


 工作後、その一人目の殺し屋を斬った事を、王都警備の詰め所に報告した当初の数時間は近衛隊がジロを捕縛しようとしたが、すぐに態度を軟化させ、最後には放免となった。


 その後の暗殺者達も斬り殺した後、痕跡がなくなった。


 痕跡を消したのは近衛隊の仕事で、そうするように仕向けていたのは、近衛隊がジロ暗殺を依頼したという証拠を握るリーベルトが近衛隊に圧力をかけたためだろう。「今後、ジロ・ガルニエを牢に繋ごうと考えた場合、証拠を公にする」といったところだろうとジロは推測した。


 そういう事情の元、ジロは王城内では近衛隊と親衛隊のいがみ合いが、旅行中の数ヶ月間で完全に解消されたとは思えないと結論づけた。


「冗談だったんだが?」

「僕も、もちろん冗談ですよ」

 リーベルトはニヤっと笑った。


「ところで先輩、エリカのやつがおもしろい事をし始めましたよ」


 リーベルトが指差す方向をジロが見ると、


 いつの間にかに、陰干ししてあったはずの鞍をアーグに載せている。


 気分転換にちょっと乗るのか?っと首をかしげていた時、振り向いたエリカの表情を見てなにか嫌な予感がした。


 イタズラをしようとする時に見せる、ジロとリーベルトには見慣れたエリカの表情だった。


 あまり他人を乗せたがらないアーグだったが、あっさりとエリカをその背に乗せ、素直に歩を街道の方へと進めた。


「待て待て待て。まて!」


 走りながら、ジロはアーグを追いかける。エリカは振り向かなかった。いつの間にか帰り支度を完璧に終えている事にジロはいまさらながらに気づいた。


 エリカには逃げきろうとする意志が最初から無かったようで、街道に乗り入れた所であっさりと追いついた。ジロは常足なみあしを続けるアーグの手綱に手をかけて止めた。


 エリカを乗せ気分良く歩き出していたアーグが機嫌を損ねたようないななきをジロに向かってした事が、アーグの主人であるジロは悲しく思った。


「借りていきます。日のあるうちに王都へ戻りたいし。あと、学院では来年からくだらない騎乗訓練に入るらしいから名馬が必要なの。うちのアリサは神殿騎士団の持ち馬だから公務以外で使いたくないし、それならなついてる馬がいいじゃないですか? アーグも私と一緒に来た方がいいに決まってます」


 ジロを見下みおろしろしながら、そう言い、ジロの理解が追いつく前に、エリカはキビキビとお供二人に指示をだし、エリカの愛馬の手綱を、ジロに向かって申し訳なさそうな表情を浮かべるリゼロッタが握った。


「俺はどうするんだ。俺も近いうちに王都に向かわないといけない用事ができた」

「ロバがいるじゃないですか」

「あれは、ダメだ。持ち主がそろそろ通りかかる手筈だ。あれは一時的に借りてただけだし、それ以前に騎士の俺がロバに乗って王都に入ったらこの先十年は続く笑い話になるだろうからな」


「そうですか、それなら歩いて来たら、どうでしょう?」

 そういうと口でブツブツと詠唱を始めた。


 天下の往来で王国民の規範とならないといけない神殿騎士団員が、とジロはおののく。


「お前!! 正気か!?」


 ジロが慌ててエリカから離れようとしたした矢先に、その額をトンと指で押される。


 呪文だけではなく、接触による魔法の発動といった力の入れようだ。


 ジロにすぐにエリカの使った魔法の効果が現れ、立っていることもままならず、無様に倒れた。

 手足が金縛りにあったように動かないし、うまく声帯も動かない、声が出ないというのは、何度やられても嫌な感覚だ。ちくしょうっとジロは毒づく。


 とっさにジロが自己に埋没して、《麻痺束縛パラライズ》に対して、抵抗を試みる。

 本来ならば、耐麻痺用の抵抗を試みるべきだったが、さすがは、エリカの接触魔法でその尋常ではない浸食スピードだった。


 ジロにとって帰国後、初の《耐魔法レジスト》、すなわち対象を絞らず、広く浅い抵抗魔法を用いた魔力行使であったが、なんとか麻痺の進行が止まった。半分成功といったところだ。


「お前は頭がおかしい。前から疑っていたが、ハッキリとした。今度、治してやろう」


「あきれた! まだ喋れた!? ……オホン。今のタイミングでよく《耐麻痺R.パラライズ》できましたね?」


 う~~~~~~~~~んと、うなりながら、エリカは興味深げに、大地に転がるジロを見つめた。


「おかしいのはお前の行動と倫理観だ。どうでもいいが、俺を木の下まで運べ。振動が聞こえてくる。間もなくやってくるであろう、街道を通る馬車に、俺の体が引きちぎられる前に」


 ジロには空しか見えていない。


 (首が動かない。エリカは褒めたが、魔界でこれなら、抵抗できなくて死んでたのも同然だな)


 提案を聞き入れたのか、エリカが地面に降り立った音をジロは聞いた。


 丁度いいの持ってるじゃないですかというエリカの声を聞き、ジロの視野にエリカが入ってきた。

 そしてジロの顔の上を覆うようにエリカが、かがみ込んだ。フードからこぼれ落ちた一房の髪が麻痺をレジストした口元をくすぐる。


 喰って嫌がらせをしてやろうかっとジロは思い、実行したところでがエリカは立ち上がった。


 その手には麻のロープを持っているのがジロには見えた。


「エリカ、俺は嫌な予感がする」


 エリカはジロには答えず、ジロの視界から去っていった。


 (足元で、ゴソゴソと何かをやっている。どうやら鞍にロープをくくり、その端を俺の両足をくくりつけたようだな。

(すべてはこの青天を見上げての想像であるのだが、この想像が間違いであって欲しい)


 ジロのこの推理はエリカのわざとらしい、ここに通してっと、足首にくくって、とか言う独白を元に成り立っていた。


 やがてジロの麻痺した体はグググッと足の方向へと体が動き出した。せめてエリカがアーグの手綱を握っていますように。っとジロは祈った。


「学院の騎士見習いごときのガキの集団の訓練なんかに参加させられては、俺と共に数々の死地を駆け抜けたアーグがかわいそうだ」


 ジロの視界を時折チラチラと騎士団の漆黒のマントがかすめる。


 エリカがジロのすぐ側で歩いている。


 (………手綱は握っていないらしい)


 ズルズルとジロは引きずられて、平民の交通手段である乗合馬車が通り過ぎる前には、街道から外れることができた。

 だが、草地の上をいまだにジロは引きずられていた。


「見習いだからこそ、アーグみたいな優秀な馬がいるんです。ねぇ~アーグ」


 エリカはジロに馬引きの刑のプレッシャーをかけるためか、ジロの視界に入るところで、うろちょろとあちらこちらに動き回っている。

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