凄腕生産者

皮算用に没頭していたジロには最初、エリカが言った事の意味が分からなかった。


 エリカは相変わらず店の方を、つまらなそうに眺めている。

 そのとってつけたような澄ました横顔を眺めている内にようやく頭の理解が追いついた。


 その横顔は、けっして退屈しているわけではないのだが、素の表情を作ると無感動というか、退屈しているように見えてしまう。


 感情表現豊かだった昔のエリカの姿を知るジロはちょっとだけ寂しい思いがした。


「………何の話だ?」


「あの馬鹿げた看板に明記されていた商品の事です。言うまでもないでしょう?」


「はい?」


「手伝うと約束した期間は過ぎました。だからそちらも約束を守って、いさぎよくしてください」


「……………ちょっと待った。話が違う。今回の旅行前に、その問題は俺とじっくりと話し合っただろ?」


 その話し合いは、売れ筋商品である『聖女の妙薬アテナメディシナエ』についてであった。


 聖女の妙薬アテナメディシナエには切り傷・擦り傷や腫れ、原因不明の腰痛などに劇的な効果のある軟膏なんこうタイプと、飲むタイプとがある。


 特に飲むタイプの物は、体内に含みながらも薬害と言ったデメリットは限りなく少なく、それでいて隠れ効能として、霊障、つまりは霊によるエナジードレインのような攻撃からの生命力回復にも効果を示す、ジロが知る限りでは唯一無二の魔法薬である。


 その隠れ効能の研究がエリカの興味の全て。という事もあるが、エリカがその効能を追い求めるようになった事情を知る少ない人間の一人であるジロは、エリカの心情もおもんばかって、その隠れ効能については誰にも発表はしていない。発表すれば確実に騒ぎになり、ジロがエリカを守らねばという心境が暴走しかねない。


 そしてエリカ自身も商品化は考えていないので、ジロが隠れ効能の発表していない事については、とりあえずの所、ジロには何も言ってこない。


「それに、ガルニエ商会での魔法薬の製作・販売には非協力的な立場ですって言っておいたじゃないですか」


 エリカにはエリカなりに思うところがあるようで、聖女アテーナーになって以来、個人的に興味で魔法薬製作に没頭し、そしていつの間にかそれを得意とするようになっていた。


 そこに目をつけたジロが、拝み倒した挙句に、最終的には泣き落として製品化にこぎつけた商品だ。



 ギルドのチェックこそ受けていないものの、世間に横行しているような、ギルド無許可の詐欺まがいの薬ではない。


 生真面目きまじめなエリカが手抜きもせずにキチンと作っているのでかなりの品質だった。

 隠れ効能のない、軟膏タイプの方もかなりの強気の値段設定だが、効き目が抜群にいいので、一家に一瓶と、売れに売れてきた。


 飲むポーションタイプはそれこそ大怪我などに使用される為、まだお客様の声はジロには届いてこない。

 人の不幸を願うようだったが、ジロにはそちらの効能も早く世間に広まって欲しいものだと、ひそかに待ちわびていた。


 それら魔法薬の制作費は、通常の飲むポーションに使う材料費+霊障用にと用意する特殊な薬草や鉱石の原価がかさむ。

 ポーション作りでもっとも金のかかる費用、つまり魔力を封じ込める職人への莫大な手当てが必要だった。

 そしてその手当ては魔法技術と魔力の質が高ければ高いほど、効能と同じように手当ても高くなる。


 だが、超一流の魔力の持ち主であるエリカはジロに、材料費だけ用意してくれれば手伝ってもいいと言っていたので、ジロの店にとってはまさに濡れ手に粟の商品だった。



 そして今、ジロの目の前で、その卸元おろしもとがごねだした。

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