主力商品

 エリカの供回りはまだ、追いついていなかった。


 そして二人の供回りは、ジロとエリカの姿を見て、明らかに速度を緩めた。


 「彼女達もそろそろ着きそうだな。水でも用意しといてやるとするか」


 無言の圧力を加え続けるエリカに根負けしたジロは、そう言って立ち上がると、エリカと再び目があった。

 

 エリカがまっすぐジロの方へと向かってきた。

 

 ジロが清水を入れたつぼを足で押して勧めると、エリカはひしゃくのをつかみ、直接口を付け喉を鳴らして数度飲む。


「はしたない女だ。お前を崇拝するやつらが見たら幻滅するぞ」


「………なにが聖女の妙薬ですか。看板に偽りありですね」


 ジロの注意を無視して、冷たい一瞥いちべつを向け、呟いた。街道から見やすいように立てた看板を読んだ上での感想だとジロは分かった。


 ジロは看板に現在店内を燻蒸くんじょうしている旨と、主力商品の宣伝を書いておいた。



「な~に、『元』だろうが、現役だろうが、お前が『聖女アテーナー』だった事に変わりないんだからいいだろう?」



 ジロは在庫を詰めてあった木箱を開けて、残り少なくなった聖女の薬の瓶をエリカに見せる。


 箱には残り十個を切った中身の入ったものと、使用して効果に満足し新たに購入を希望して空き瓶を置いていった中身のない瓶が五十数個入っていた。



 百ほどもあった薬は、ジロの今回の旅行前の行商によって、ほぼ完売した。



 ジロはエリカの持つ、『聖女アテーナー』の名称に便乗して、はくをつけようと奮発して、安価で魔法薬の保存が効きにくい木製ではなく、魔法薬の保存にやや適した陶器の入れ物だった。


 この陶器を再度持ち込めば次回分は安くなるという商法を、ジロは取った。


「本当は、ガラス製にしたかったんだ。そうすれば希少性が出てしかも割れやすくて新品が売れるってなもんだが、俺にはガラス工房にはツテがなかったからなぁ」


 『聖女の妙薬アテナメディシナエ』は爆発的に売れた。


 地焼きの瓶にしとけばもっと利益が出たが、品質が素晴らしいので最低限の箔の方が大事だった。


 ジロが惜しむのは、そのほとんどが近郊で、しかも短期間で売り切れた為に、効能の噂を聞きつけた遠方からの客に、高値で売りさばく量が確保できなかった点であった。


(いや、新参者の引っ越しの振る舞い品だと思っておこう。残り十個は旅人に、個数を限定してさらなる高値で売ればいい)


 皮算用するジロを尻目に、木箱を見てエリカはなにか言いたそうな顔をしていた。

 それを見たジロは、エリカが何を言いたいのかが存分に伝わった。


 エリカはため息をついてから、煙を噴く店を再度見た。


「それにしても何なのですか? ガルニエ商会の、あの有様は」


 エリカが黒衣のコートを脱ぐとまぶしいほどの純白と燃えるような赤を基調とした派手な神殿騎士団の装いが現れた。


 さすがに目立ちすぎるサーコートは着用してはいなかった。


 エリカは腰掛けながら、ジロがまとめた麻縄を地面へと払い落とす。


 ジロにはこれがエリカのせめてもの反抗であることがわかっているので、ニヤニヤ、ニマニマと生暖かく見守っった。


 その様子が気に入らなかったのか、ジロはさしたる意味もなくエリカに肩口を小突かれた。



 ジロとエリカは、二人無言で気だるげに店舗を見た。



 現在、店をいぶしている最中だった。


 板の隙間、締め切った鎧戸よろいどの隙間、そして扉の消え失せた戸口から盛大な煙を上げている。遠目には火事に間違われかねない光景であり、今は野焼きの時期ではないので、一応届け出してあった。


 店内にこもった臭いを飛ばずために、王都で買った香草を鉄桶てつおけ一杯に焚き、燻していた。



「留守中に荒らされててな。どうやら店内で好き勝手にやってたみたいでひどい匂いなんだよ。今日一日燻せば元の臭いは消えるといいんだが……」


「……しばらくは寄りつきたくなさそうな匂いに、とって変わられるだけじゃないですか?」


 ジロはエリカを見る。


 エリカは両のふとももにそれぞれ肘をつき、頬を触るように手を広げ、その上に顎を載せて、ジロの事などどうでもいいと言う風を必死に装っていた。


 それを見てジロはほっこりとした気持ちになったが、おもてには出さなかった。


 エリカは自分の心配をよそに、その様子をジロがそばで眺めてから笑っていた事が腹に据えかねたので、かなり機嫌が悪い。


 ジロはエリカと同じように店へと目を向ける。



 旅行のため、店を休業している最中に、現状に似た有様になることはジロにも分かっていた。


 旅行から帰ってきた当初は、ジロも憤慨ふんがいしたものだったが、今はこの程度で済んでよかったという心境になっていた。


 一応、ジロは出立前に、休業中の店を重点的に見回ってくれるよう、ある人物に頼んではおいたのだが、それでも店は無事にはすまなかった。だろうと今は思っている。


 (そもそも普段、額に汗する巡回業務がない野郎に、巡回を頼んだのには無理があったな。これならエリカに頼んでおいた方がマシだったかもしれないな)


 自分は他の貴族と比べて、市井の生活には詳しいと自負していたが、それでも貴族出身がゆえの、世間知らず、無知だったとジロは実体験の中で、また一つ学んだ。



 商品についてはあらかじめ、信用のおける知り合いに預けたり、秘密の倉庫へと移しておいたから店舗損傷以外の被害はない。


 留守中、ジロの店を溜り場として使用していたらしい木こりギルド長の長男とその仲間達は、扉を壊し、ジロが避難させる労力をおもんばかって置いていく事に、決めた安物の壺や水瓶などはことごとく破壊し、火をくべきではない土間で火を焚き、ベッドの基部はたきぎとなり、商品棚は破壊されつくされていた。


 ジロは建物自体を破壊しつくされ、全てを薪にされなかっただけでもましと、今は考えていた。


 この程度の被害なら、内装を整えれば、露天ろてん営業を早々に畳んで、店の再開まで短期間で済む。そう前向きに考えた。



 ジロに対して、深い恨みを持つ連中が、魔法的な呪いをかけるなど、もっと重篤じゅうとくな悪さか何かをするかと考えていたので、この程度は荒らされたうちに入らないと言ってもいいだろう。


 その連中なら物理的ではなく、永続的な人払いのまじないをかけるとか、魔法技術を駆使した破壊行動をしているはずなので、そうなっていればジロはその解呪の為に、目の前で不機嫌の極地きょくちですっという態度のエリカを頼っていたに違いなかった。



 だがしかし、そうは言っても、問題は残る。



 この猛烈に臭い店でも売れそうな商品というのはなんだろう? という点だ。



 ジロは帰国以来、ずっとその事を考え続けてきた結果……やはり魔法薬や魔道具系がベストだろうと結論を出した。



 王都外ではあるとは言え、王都まで馬でならばたったの半日の距離だ。

 そして基本的な王国のルールとして、騎乗は貴族階級にのみに許される。近くの街の市民達が日も上がらぬうちに出発し、歩きで王都に着く頃には日が暮れる。その後一泊して街に戻る。


 (……魔法薬なんかを買いに行くのは不便だな。……売れる!!)



 ジロが販売するエリカ特製の薬『聖女の妙薬アテナメディシナエ』は、魔法薬ギルドから、エリカ手製という事で、特別にお目こぼしして販売させてもらっている現状だが、この店舗以外でジロがこっそり他の魔法薬を販売をするとなると、魔法薬ギルドの連中が本気で店を襲撃・もしくはジロに対して暗殺者を派遣しかねないと考えていた。



 ギルドから、王都外での魔法薬の販売権を買おうにも、今回留守にした旅行での旅費のせいで先立つがない。


 (……………八方塞はっぽうふさがりだ。しばらくはエリカの薬で資金を貯めよう。半年も経てば臭いも消えるだろうし、消えなくともたんまり資金は増えるはず―――)



 ジロの都合の良い思考を読んだかのように、エリカは咳払いをひとつした。



「私は、手を引かせてもらいます」



ジロは皮算用を中断して、怪訝けげんに思いつつエリカの方を見る。

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