街道上の影
男達は一仕事を終えた後のようで、額に汗する色の黒い男達に水を振る舞い、木こりの
ジロは木工ギルドの長でもある壮年の棟梁と二人で椅子に腰掛けひとしきり当たり障りのない世間話をした。
ギルド長の高齢な父親が腰をいわせたという事で、主力商品であり、在庫に多少の余裕のある手持ちの
店の商品の中では高値を付けられる唯一の商品だったが、ジロは無料で手渡した。
そこには、近隣に人家もないこの原っぱに店を開いてから日が浅い、ジロの打算があった。
ギルド長の住まいは、店から歩いて三十分ほどの場所にある中規模な街にある。
(頼む! 街中で大いに宣伝してくれ!)
そしてギルド長だけに渡すのも、落ちぶれ貴族の道楽店主が経営する店という悪評立つ店の評判がますます悪くなりかねないとジロは、思いなおした。
顔では笑いながら、だが心中は泣きながらの大盤振る舞いで、ジロは他のきこり達にも、効能が薄いが、それでも王都では高値が付く保存性の悪い、葉包みの薬を他の男達にも渡しておく。
店から計十五の商品が、金にも化けずにただ、消えた。
「おうおう、ジロ様、景気がいいねぇ! これってあれだろ? 聖女様が作った薬だろ?」
「いやぁ、そこはお互い様ってね。痛い出費だけど、今日追加が届くんだ。あとギルド長。いい加減に様付けはやめてくれ」
「おう、そうなんですかい? いやかい? それならジロさんって呼ばせてもらいますわ。しかし、マメに働くし、他の貴族様とは感じが違うね~」
ギルド長がガハハと笑ったので、ジロも笑顔を浮かべた。
この場にいるギルド長と組合員達が、この大判振る舞いを木こりギルドやその本部のある最寄の街で広めてもらえれば結局はプラスとなるし、と自分に言い聞かせるようにしてジロは突然訪れた大損から目をそらした。
それから煙をモウモウと吐き出す店の現状を棟梁や木こり達に話し、冗談を交わし合い近況を教えると皆は苦笑をして慰めの言葉を言った。
その一連の会話の中に、ジロにはちょっとした収穫があった。
他の男達と違い、長椅子周辺をウロウロと脇で所在なさげに歩き回り、ジロの言う事にいちいち聞き耳を立てるような様子のギルド長の長男の青ざめた横顔で、店の昨日までの惨状になった犯人がわかった。
ギルドを束ねる勘のいい棟梁も我が子の様子に気づき、数瞬、茶目っ気のある申し訳なさそうな顔をしたが、その後は平静に戻り、ジロと世間話や情報交換に花を咲かせた。
(ギルド長らしく、ジロが切り出すまでは落ち度を自ら話題にすることはなさそうだな)
しかし充分に伝わってるようだし、今後の取引材料のちょっとした助けくらいにはなるだろう。とジロは内心ニンマリと笑った。
(長男には今夜、雷が落ちる事となるだろうが、店を荒らされた原因が分かっただけでもよしとしよう)
長男には折を見て荒らされた店の中に残されていた、持ち主不明だった大工道具のノミとのこぎり、手斧と
この場合は直接長男に返すべきか、それともギルド長に返すべきか迷いがあった。
どちらに返すとより大きな芽が出るのかは追々考えるとしよう。
ギルド内での長男の立ち位置をそれとなく調べておこうとジロは心に書き留めた。
◆
街と店との丁度中間辺りにある、森の作業場へと向かう木こり達と別れると、また縄作りへと没頭する。
中天に陽が昇る頃、最低限のノルマとしていた分の麻をあざなう事ができた。
「さてっと、どうするかな………このままにするか、それとも袋か。このまま暇なら、
うつむいていた為に固くなった筋肉をほぐすようにして伸びをしながら新たな商品の行く末を考える。
そのまま空を見上げる。
良い天気だった。風もあり気温も高い。
「こんな日は沢にでも行って、日がな一日、水辺でダラダラと過ごしたいもんだな」
店は開店休業状態、決めていた緩いノルマも達成した。
余った麻は後日、あらためて魔力を通して魔法の縄作りに使うとしよう。ジロは決めた。
丘を見上げると、主要街道の合流地点の路上にポツンとユラユラと揺れる黒いシミができた。
ジロが今回の旅行を経て鋭敏になった、何がしらの感覚が、ジロに対してその黒い影を注目するように促した。
陽炎ではなさそうだ。
ジロの店からは丘の上から弧を描いて下ってくる街道上の人々が良く見える。
途中その姿は一旦見えなくなるが、観察するには十分すぎるほど観察できる時間がある。
木箱内へ縄をまとめる手を止めて、街道ににじむ黒点を注視する。
人馬のようだ。
魔力を込めて視力を上げてみようとする自分の無意識の反応に気づき、ジロは内心苦笑した。
どうせそのうち前を通るのだし、この王国内で先手必勝など必要ない。
無意識に練り上げた魔力を解き、無詠唱化ながらも詠唱していた魔法を解除する。
無駄になってしまった魔力を惜しんだ自分に、ジロは少し不快になった。
「数ヶ月生活した孤独な二号店じゃあるまいし、遠くの影を不吉と見なす癖がついていたようだなあ~」
これまでの独り言と違い、ジロは普段は人に言えない旅行の事情を意識して口にした事で、孤独な生活を思い出した後味の悪さをかき消した。
そうする事によって実際にジロの気持ちはほぐれた。
(環境の変化ってのはは侮れないな)
影の数はたぶん三つ。
それぞれ馬に乗っているようだだろう。小さすぎてまだ判別は難しい。
(王都方面からだし、新規の客だといいんだがなぁ……)
騎乗中という点から考えれば、十中八九公務中の騎士であろうし、客ではあるまいが。っと自分で即座に否定した。
ジロは王都方面からの人影が現れる度に、大量注文、そして
片づけ作業をしつつ、人影を見るとはなしに見ているとなんとなくだが、誰がやって来たのかがわかった。
新規の客ではなかった事に心の底から脱力して、縄をまとめる作業にうつった。
影の一行が店に到着まであと三十分はかかるだろうとジロは計算した。
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