小ぢんまりとした道具屋(仮)経営を夢見る騎士の英雄譚
北浜ヒトシ
本店
ペール王国。それは人類の防壁国家の一つと人類だけが呼んでいる連合体に参加する一つの王国。
かつては大陸全土を版図としていたが、大災厄とも思える自然現象と度重なる
そんな王国の王都ルイネに住む十万人の民の誰もが、今日は朝から暑くなりそうな日だと感じた朝。
◆
王都から30km近く離れた主要街道からの枝道。
主要街道への合流点から、よほど目のよい旅人なら見下ろせる丘のふもとに、あばらやと見まがうような店舗が建っていた。
その店の前に人影は無く、小屋の戸口からはもうもうと煙を噴き出していた。
街道を行く中で好奇心の旅人達はその光景を目撃すると、大抵が
(
っと断定し、巻き込まれてはたまらないとばかりに足を急がせる。
そんな旅人の中でもさらに気のいい旅人は、行きがけ駄賃とばかりに王都に近くなった頃合、街道沿いにある詰め所へと報告おもうが、詰め所前に置かれた立て札を読んでから、人騒がせな。と怒りながら、煙を吐き出すあばらやの光景を思い出し、すぐに忘れて王都へ向かう。
地元民や一部の王都民なら知っているその煙ふく小屋は、道具屋であった。
道具屋の店主である、ジロは朝の日課である沢から水汲みをようやく終えた。
王都に程近い街道沿いの店主とは思えないほどの、怠惰さであった。
ジロの起床は一般的な街道沿いの店の基準よりも遅く、午前九時。
旅人の飲み水用にとたらいに満たし終えて
王都の前、最後に旅人が宿泊する街から、ほとんどの旅人たちは季節に関係なく、ほぼ全員が日の出の瞬間に出発する。
そしてジロの道具屋の前を通りかかるのが、午前六時過ぎ。
その時間帯に店を開き、飲み水を提供すれば客足は伸びるものの、ジロは開店以来一度もその時間に店を開いた事はない。
それによって遠方からの顧客を逃し、店やジロの過去の名声を知る少数の常連客だけしか寄り付かない。
ジロは桶で運んできた清水をタライに入れる。
タライの側にある立て札には『今朝
タライは、馬の飲み水としている井戸からは離れた位置に置いておく。
人間の飲み水としては向かない井戸の汚れた水を飲もうとする
井戸の水を口にして吐き出した旅人は必ずと言っていいほどジロの店では買い物をしていかなかった。
王都から近いとは言え、馬に乗ってもまだ半日以上の行程であるし、枝道から主要街道へと合流しようとする旅人は大抵、ここで
初対面で、懐が暖かく、なおかつ気のいい旅人ならその上、店で何かを買っていく。
ジロは毎朝の一仕事を終え凝った背中をほぐすかの様に背を伸ばす。
そして店の横にあった異国風の竹細工の長椅子を店の隣に立つ樫の大木の作り出す濃い影の下に引きずりながら持っていく。
続いて同じように店の横に置いてある大小いくつかの木箱を引きずりながら運び、タライから自分の分の飲み水を素焼の
これでこの日のジロの開店準備は準備は万全となった。
ジロは我が店を眺める。
小屋からは白い煙が次から次えと溢れ出している。
次に自分の座る長椅子、木箱を見てから、街道に置かれた井戸と人間用の飲み水の入ったタライを見る。
「順調だ。今日はいい日になりそうだ」
店を長く空けていた旅行中、一人の生活が続いた人間の常か、ジロは独り言を言う癖があった。
そこに腰掛けながら、木箱の一つを開けると、そこには麻紐と麻縄が大量に入っていた。
麻紐を取り出して、手をすり合わせるようにして、こよる。
数日の間続けてきたおかげで、結構な量の麻縄が木箱の中一杯に入っている。
(暑くなりそうだな)
ジロは縄を不器用な手つきで編み上げながらそう思った。
この樫の下は、街道沿いからは死角になった場所なので一見では目に付きにくい。
店内からもうもうと煙を吹き出している今となってはなおの事だ。
麻縄が入った小さな木箱ではなく、町から遥々運んできた、大きな防水加工済みの一際大きな木箱には当面ここで生活できるように物資が入っている。
(店の横での野宿もいい加減飽きたが、あと二日はここで寝る必要がありそうだ)
「王都の寝具が恋しいよっと……」
縄を編みながらジロはまた、独り言をいいながら顔を上げる。
ジロの視線の先で、荷運びから解放され自由になりそこかしこを自由に駆け回っていた栗毛の愛馬のアーグが、今は、借り物の荷引きのロバと一緒に仲良く並んで草をはんでいる。
そこは裏手の牧場主の牧草地だが、こちらの馬の世話ができるように飼い葉代として金を渡してある。
それを見ながらジロは考える。
(元々軍用馬な上、とびっきりの馬だし、走りも速い。持久力もある。種馬としてもってこいなのだから、牧場主から季節が来れば種付けをって言ってくるんじゃないか? そしたらその時は格安で……)
縄を編みながらニヤニヤと架空の種付け料を皮算用していると、その牧草地を横切ってひょっこりと顔なじみの木こりの男達が現れた。
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