第7話 眠り

「やれやれ、基礎栄養食と間違えられた時は如何なるかと思ったが、気に入った様で良かったよ」

少年を起こさぬ為の気遣いか、食事の残骸を再生タンクに静かに投げ捨てると、汚れた食器を洗っていく。

本当であれば、容器ごと再生タンクに放り込むのが一般的。しかし、こうした無駄も楽しみの一環と、鼻歌混じりに片付けていく。そうした日常の光景に、ミュールも周囲を飛んでは穏やかに見下ろした。

「それで、此れから如何するつもりですか?」

「そうだなぁ・・・」

ジョンは一呼吸置くと、顎に手をあて自分の過去を思い出す。未だ何も知らず、世界の大きさも知らぬあの頃。

選択肢の幅は知識に左右される。ならばこそ少年は世界を知り、己の意思を宿さねばならないのだから。そうした思いから導き出される答えは一つ。

「・・・世界を見せてやるしかなかろうよ」

「・・・一部ですが了承致しました」

何処か溜息混じりに応えると、新たなモニターに航海図を開き、手近な複数の惑星へ向けて航路を描く。それらの内の一つに目星の惑星があったのか、一つ見つめては首を捻る。

「採掘惑星D-3・・・何とも雑多な星だが悪くないか」

「・・・まさか、よりにもよってD-3ですか? 子供には早すぎるとは思いますが」

確かに常識から考えればそれも当然の事だったが、この時代において採掘とは人の世を動かす大動脈。事象改変装置を動かすには欠かせぬヒヒイロカネや、オリハルコンと言った空想上の鉱石を掘り出し、それらを糧に生きる事は産業として広く一般的。事象改変装置があるのだから作り出せば良いだろうと、過去から今現在に至るまで試行錯誤が続けられたが、結果としてそうした空想上の鉱物『神の雫』を作り出すには至らず。現在も天然物を掘削するしか無かった。その様な背景からも、掘削業は右肩上がり。過去のゴールドラッシュの再来と呼ばれ、亜人ないし、人であっても働き口の第一位に例えられていた。

「・・・確かに早いとは思うし、酷い話だとも思う。だが、需要があれば、亜人というハンデも黙認されるし、優遇されるのもそうした産業だ。ならば、早い内に知るという事は重要だと思うし、この道が違うのだと理解するだけでも良いさ。もし、道を違えそうならば方向修正してやるのも大人の務めであろうし、選択肢は多いほうがいいだろ?」

多々色々、不満材料を羅列すればきりが無いが、不安だけで行動を起こさないのも下策であろうと、ミュールも自身を無理やり納得させる。

「・・・・全てに納得した訳ではありませんが、今はその言葉に騙されておきましょう」

ミュールはそう言うと、D-3を除くルートを削除し、渋々船を走らせる。怒りという感情を表出す彼女の様子に、世間一般の操艦AIと比べ、異常な光景ではあったが、ジョンにとっては日常の光景。

彼女は昔からお節介であり、別の一面を提示する良き相棒なのだから。

 

(まぁ・・・最初は色々と揉めたが、今となっては懐かしい話だな・・・)

ジョンの子供の頃には、この比では無い程の舌戦を繰り広げ、妥協案を捥ぎ取ったもの。あの頃は利を説く事は無く、半場力押しであった為、今思えば赤面ものではあったが、試行錯誤の日々は無駄では無く、今ではこうして不承不承ではあるが承諾に漕ぎ付けるようにはなった。子供の自分が見れば、汚いと罵られる姿だろうが、此れが大人になる事だと童心に訓示をたれると、馬鹿馬鹿しさに頭を掻き、椅子の上で寝息を立てる少年を抱き上げる。

「・・・移動に関しては任せるよ」

「・・・・・・」

拭えぬ蟠りか、無言を返答として返すが、それも何時もの事。触らぬ神に祟りなしとばかりにジョンは後ろ手に手を振り、そそくさと厨房を後にする。そうした光景を眺めては。

「・・・はぁ」

と、何処か哀愁じみた溜息が厨房に響いて消えた。

 

「ふぅ~~。危ない危ない」

子供のときは説教を説教として受け入れられたが、今となっては恥ずかしさが勝ってしまう。此れも成長の一端なのかもしれないが、逃げれる時には逃げるのも身につけた術、利用しない手も無いと寝息を立てた少年を抱えては自室へと引きこもる。

しかし、息を吐くなり自身の部屋を見て思う。

「ゴミ部屋だな・・・こりゃ」

贔屓目(ひいきめ)にも薄汚れており、部屋の主が如何いった人物かを写す鏡の如く。眠れれば問題無いと主張する様に、ベッドにだけは物が重なっておらず、無理やり押し退けられたのか、周囲には脱ぎ捨てられた衣服が散らばっていた。

当然ながら人を招く様な部屋では無く、唯一その役目を保っているベッドへ少年を横たえると、自室を後に船の艦橋へと歩む。世間一般から見て、亜人に部屋を譲るなど論外であり、劣悪な倉庫にでも押し込めるのが一般的。他人に知られれば咎められる行為であろうとも今だけは関係無いとばかりに船長席に身を横たえた。

「・・・・・ふぅ」

疲労により自然と漏れる呼気。ミュールも気を使ったか、艦橋の照明は、眠りを誘う様に消えていく。

薄ぼんやりとした視界の中、ヴァルキュリアはD-3へと航路を進み、ジョンは揺ら揺らと船を漕ぐ。

 

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