第5話 料理

確かに全ては事実。

便利屋などと言われる商売をするならば、論外な金の使い方。

この世界では衣服や装飾品にもブランドが付随し、そうした衣服を身につける事は身の証と同じ。金を儲けている者はそれ相応の衣服に身を包み、依頼者もまた、相応しい相手に仕事を依頼する。

つまる処、人の見た目は相応に重要視されるという事だ。

だが、一部の者は、装備などには金を掛けず、そうした外見のみを重視する者も居て、一概にも断じる事は出来なかったが、依頼主が一見して相手を測る要素として大部分を占めている事もまた事実。

ジョンも便利屋として、今身につけている安い服などでは無く、もっと高級な服を着るべきなのだが、そうすれば、便利屋のランクは否応無く上がり、安い仕事を請ける事は出来なくなってしまう。

便利屋の組合からしてもそれは当然の事で、安く、難易度の低い仕事を新人や、弱者に任せるのは常識。翻って、上位ランク者には待遇の良い、難易度の高い仕事が割り振られる。そうした仕事は組合にしても懐が潤い、主としての稼ぎにも直結していた。勿論、金の卵を産む鶏に、下の仕事を割り振る訳も無く、数多の新人が、料金に合わぬ仕事を引き、その命を宇宙に散らした。そうした仕事に巡り合うのも運命と言えたが、ジョンも煩わしいのを嫌い、今の地位に甘んじていた。そうした行いの影で、数多の若人が助かっていたのだが、それはそれ。多少なりとも目的の一つとしてはいたが、そうした我侭に付き合ってくれているミュールに文句を吐くのはお門違い。言葉を飲み込み、沈黙を返答として、『万能の手』へと命令を放つ。

「美味い米でも出してくれ」

無駄の極みと、『万能の手』も訴えるが、此ればかりは仕方ないかと、渋々米を生み出す。

微かな抵抗と、馬鹿げた金額を提示するが、何時もの事。ジョンはそれらを無視しては、そられの米を洗い、土鍋に注ぐ。ぐつぐつと沸騰する様子を見つめては、趣味の時間に没頭する。

「さてと、此れだけじゃ味気ないからな・・・・梅干はどこだっけか?」

「それならば、此方でしょう」

ミュールがそう言うと床下収納が稼動し、古めかしい壷が競り上がる。宇宙には何とも似つかわしく無い光景ではあったが、ジョンはそれらに近づくと、手近な壷を数個開けては、中から梅干や、漬物を小皿に取り分ける。

事象改変装置によって作られた物であれば、それ程大した事も無い品々ではあったが、材料からとなるとまた別物。

趣味の範疇にしては度が過ぎたそれらの品々、一つ口に含んでは、満足そうに笑みを浮かべる。

まるで子供のようなその仕草に、ミュールは何処と無く怒る気も失せ、嘆息に止めた。

「それで、あの子を如何するつもりですか?」

「・・・・そうだな、あの子が未来を選べるまでは助けるつもりさ」

「・・・・はぁ」

当然、ミュールからは溜息が漏れる。映像では、痛みでも覚えるように頭を押さえた彼女の表情。一見して非情に思えるそうした行動。しかし、驚く事では無く、亜人を所有物と考えるこの世界において普通の事。

亜人であるあの子は、護衛対象であった者達の所有物。つまり此れは火事場泥棒に等しく、見つかれば厳罰は免れない。と言うか、厳罰にでもしなければ、便利屋はただの海賊と同じ。それでは体面が損なわれる。

そうした様々な理由から、亜人を助けたところで不利益しか無く、依頼主に返還するのが常識。

それらを破ると、軽く言ってのけたジョンに対して、溜息と頭痛で済んでいる辺り、彼女も異常と言えた。

 

「船長は貴方です。船である私は従うのみ。ですが、貴方に危険が及ぶと判断した場合は、此方も相応に動きます」

まるで子供を諭す親の言葉ではあったが、この十年で作られた信頼関係。それらを纏めた言葉にジョンも頷き返す。

「勿論、その時は任せるさ」

(・・・まぁ、俺が言い出さなくとも、こうなっていただろうけどな)

ミュールと呼ばれる少女は、無表情に見えてその内は真逆。いち早く脱出ポットに気づいた事から分かるように、甘いのだ。そもそも、あの状況で救護など不利益しか無い。脱出ポットを態々助けるよりも、そのまま闇に葬った方が何百倍もましなのだから。もし、依頼者であったなら? もし、亜人であったなら? もし、もし・・・。

理由をつければ両手で済まず、少し頭を使える者ならば、行方不明で終了する事案。それを好き好んで抱え込むあたり、甘過ぎるのだ。そんな事をジョンに思われているとは知らず、ミュールは腰に手を当てて溜息一つ。美しい銀髪を掻きあげ苦言を呈する。

「ジョン、貴方は何時も何時も・・・何を笑っているのですか?」

「・・・・いや、いや。俺もお前も変ったと思ってな」

微笑を浮かべつつ軽口を呟くジョンに対して、ミュールも思う処があったが、仕方ないと諦め自身が映る画面をジョンへと近寄らせ、睨みを利かせる。ジョンも腰を引き、顔を顰めるが、それは別の要因。睨んでいると思っているのはミュールのみであり、ジョンからすれば女性に顔を寄せられる事こそ苦手。ミュールも自身が容姿的に整い過ぎていると自覚も無いのか、なんとも無防備であり、子供のように鼓動を上げる自身の心情が恥ずかしく、それ故の頬の引き攣りでしかなかった。とは言え、殊更説明するのも負けたようで、ミュールが怒る場合は何時もこうであった。

「それは、良い意味ですか?」

「勿論」

「・・・ならば良いでしょう」

無表情の中に、ジョンだけに分かる笑みを浮かべて画面が踊る。無自覚であろうが、ミュールが楽しいならばそれに越した事は無い。傍から見れば奇妙な光景ではあったが、そうした光景は、料理が完成するまで続いた。

 

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