第3話 ジョン

「・・・・っ!」

突然網膜に何かの映像を転写され、少年は飛び起きる。悪戯にしては度が過ぎたその行為に、文句を言ってやろうと辺りを見回すが、そこには誰も居らず、ただ闇が広がっていた。

「っう・・・・。一体何だ? 誰か居ないのか? 此処は何処だ?」

当然、何が起こったのかと知る為に言葉を放つが、梨の礫。少年の声は反響し、自身へと返ってくるのみ。

だが、誰かが悪戯をしたのは確か。その者ならば何が起こっているのかを知る手掛かりになるかと、立ち上がり、暗闇の中を手探りで進む。

暫く、歩きたての子供のように歩むと、突き出した手に、何やら冷たい感触が触れた。視界を闇に塞がれた状況では、頼るものは触感だけ。少年はその感覚を頼りに、先へと進む。「ヒタヒタ」と、自身の素足が漏らす音は不気味に響き、多少の寒気を返すが、このままでは何も解決はしないと、何かが告げていた。

「そもそも・・・僕は誰なんだ?」

行動する最中、薄々は気づいていた、『欠落』という感情。何かのピースが抜け落ちたかのような虚脱感を心の何処かが感じており、今感じている不安はそこから漏れ出でた感情か。だが、今はその事に目を向ける時では無い。もし、その事に目を向けては立ち止まってしまう。そうした正体不明の恐怖に突き動かされ、何もかもがわからず、手探りな行程であったが、意味はあったのか、視線の先には微かな光を放つ扉が見えた。

「・・・光?」

もしかすれば此れは何か不慮の事故に遭い、記憶が混濁しているだけであり、その扉を開ければただの日常が広がる。そんな安易な気持ちで開けた扉は、少年の心を打ち砕いた。

「・・・・何だってんだ?」

開かれた扉の先には、機械的な廊下が広がり、寒々しい光景に少年は体を抱き締める。心の何処かで馬鹿馬鹿しいと考えていても、目にした現実がそれを否定する。煌々とした明かりの下、今更ながら自分のみすぼらしい格好に認識する常識との乖離を知る。

「何だこの麻袋みたいな服装は? まともに靴も履いていないし、そりゃ寒い訳だ」

だが、そもそも自身が認識する常識という感覚にも疑問を覚える。何か一般的な常識のような知識はあるが、それも最低限。実体験を伴わぬ空虚な感覚に、少年の認識はおぼろげ。夢現のような現実に頭痛を感じ、頭を押さえる。

「畜生っ、誰か・・・誰か居ないのかよ!」

壁に木霊する自身の声と、足から伝わる冷気に体を震わせ、少年は歳相応に心細さを表した。

だがそれも当然の事。光の下、浮かび上がった少年の姿は歳にして十歳程。ボサボサに乱れた黒髪に、容姿端麗な相貌が映(は)えて映る。身につける衣装がボロ布で無く、普通の服装であれば上流階級にも見えたが、その服装が全てを台無しにしていた。まるで奴隷の如き貧相な衣装に、己の身分を推察するが、その源泉はおぼろげな自身の知識。

ならば、何を信じればよいのかと、頭を振り払い、前へ前へと歩を進める。

暫く廊下を進んで行くと、少年を招き入れるように正面の扉が開け放たれる。当然の事、少年も警戒を露にするが、そんな事は関係無いとばかりに空中に映像が浮かび上がり、それらに機械的で無表情な少女が映る。

そうした光景に罠かと腰を引き、少年も後方へと飛び退くが、そのような浅知恵が通用する訳も無く、無情にも後方の扉は閉じられ、最後の抵抗と、映像の少女を睨んだ。

「・・・お前は誰だ?」

此処は何処でも無く、漏れた言葉は相手の正体を知る言葉。そもそも、敵対するつもりならば招く必要も無く、顔を晒す必要すら無い。あのまま暗い闇の中に放置されているだけでも、少年の心は疲弊し、精神は容易く屈していた。

無駄に覚えた知識だろうが、そうした拷問もあるのだと、己の知識が告げており、ならば此れは何かしらの取引や、交渉の類かも知れぬと、希望が顔を出す。

とは言え、相手が欲する物が何なのか? その事を知らねば交渉にもならぬと、必死で頭をめぐらせるが、思い浮かばず、無用心な言葉は弱みになると、口を閉じる。

「・・・成る程、確かに最低限の知識は備わっているようですね」

石像の如く睨みつけていた少女は、口を開くなりまるで観察動物を見つめるように言葉を呟く。

「・・・最低限の知識?」

自身が感じる蟠(わだかま)り、その一端を知る少女に、少年は疑わしい視線を向ける。少女もそうした視線を受けて、空中に浮き上がる画面を少年の目線に合わせて、語り出す。

「貴方と私は似た者同士だと言う事です。私にもこの船に対する最低限の知識が与えられており、船に関する知識を得ていた分、貴方よりはこの状況を理解できたと言うべきでしょうか」

「・・・つまる処?」

「自分探しの旅と参りましょう」

なんとも間抜けに記憶の無い者達が顔を合わせる。己の証明という馬鹿馬鹿しい目的ではあったが、最初の目的としては良いかと少年は微笑み、少女は無表情に少年を見つめ返した。

 

 

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