きっとあった、一つ前の文明の話





「世界ってどんな滅び方するんだろうな?」


「何言ってんの。隕石だよ、隕石。大きな、月より少し小さい位のやつ」


「そうじゃねぇよ、それがぶつかったらどうなるんだろうなって事」


私と彼は、そんな軽口を叩き合いながら作業をしていた。

作業自体は簡単だ。積み上げた石壁に溝を掘り、その溝にナノエリウムを混ぜ混んだ特殊な粘土を埋め込んでいく。途方もないの作業に思えたのも既に半年前。あと目と鼻の先に接続ポイントが見えている。

だからこそ、二人は気楽に雑談を楽しむ余裕があった。


「『カレンダー』が終わるのは明日だっけ?明後日だっけ?」


「明日だよ」


「明日かー····明日で終わるのか」


彼は感慨深そうに溜め息をつくと、粘土の入ったバケツに手を突っ込む。


「しっかし、量子コンピュータだの『太陽船』だの、文明いくところまでは行ったはずなんだけどな。結局『長期保存』を考えると遺跡じみた石工に落ち付いちゃうんだよな」


「仕方ないよ。本は10年で朽ちるし、電子機器は5年で錆びる。その点石板は良いよ、何万年経っても割れなきゃ残る」


これまでも『終末』に向けて様々な本や冊子、データが石板や壁、鋼板などに刻まれて『貯蔵庫』に納められた。

本ごと、データごと『貯蔵庫』に送ればいいと思うのだが、担当によると『時間』による劣化は貯蔵庫内でも止めることは出来ないらしい。つまり、風や酸素がなくとも、本やデータは100年ともたないのだ。


「だからこうして、本来小型チップ一枚で事足りる回路を『壁画』にする羽目になってんのかよ、と!」


最後に気合いをいれた彼が、直後に「やっふぃぃい!」と奇声を発して石畳の上に倒れ込んだ。声に当てられたのか蛍光灯がガラス菅の中で揺れる。


「終わったぜ、俺の勝ち!」


「見れば分かるよ····っと、私も終わり」


最後の粘土を溝に敷き詰める。接続ポイントの端子に粘土を埋め込むと、回路全体に淡い緑色が走り、『壁画』が浮かび上がる。


──光は、私達の遥か頭上までのび、ドーム状になった天井に溢れた。


「······綺麗」


私がぽつりと呟くと、彼は「そうだな」と一緒に見上げた。


「明日まで何したい?」


彼は唐突にそう訊ねた。

意味が分からず彼の方に向き直った。


「何って?」


「何って─····ほら、やりたいことだよ。アロサウルスのステーキ食いてーとか、巨人とサッカーやりてーとか、プテラノドンに乗りてー、とか!なんか、こう無いの?」


「えっ·····いや、そんなの無いよ」


「なんで?」


「なんでって、分かるでしょ?」


「分かんないね。何、部屋で瞑想でもする気?」


彼が、あまりにも無邪気に聞くものだから、私は堪らなくなった。


「·····明日だよ」


「明日だな、それが?」


首を傾げる彼に、とても腹が立った。

この人は、現実が分かってない。実感していないのだ。


「今日何をやっても、明日には終わっちゃうんだよ!?『カレンダー』は終わって、世界が滅びる!今地上を歩いてる生き物も、私も、君も!皆死んで土に還る!何もかも消え失せる『世界の滅び』が明日なのに、なんでそんなに呑気でいられるの!?」


『カレンダー』の終焉。暦が始まった時から刻一刻と刻まれ、消費された時間が終わる瞬間。

『カレンダー』の暦が終わったとき、世界は滅ぶと言われていた。 

そしてその日に間に合うよに文明を発展させ、そして『滅び』を経験しても後生が『遺る』ように、私達は準備してきた。

データを石板や鋼板に刻み、神殿を鉄筋コンクリートから石工に変え、災害で地上が変わっても遺産が消えないように地下宮殿を作り上げ、『回路』を残し、言葉を遺した。

『カレンダー』の滅びを信じない者もいたが、彼らは王によって処刑された。

そしてその滅びが、いよいよ明日。

このドーム状の建物─地下構造─の完成を以て、『文明の遺産』は完了する。

私達は、滅ぶ。


「······呑気じゃねぇよ、俺は」


肩で息をしている私に、彼は優しげに、しかし悲しそうに声をかけた。


「そりゃあ、怖いさ。この半年間、なんのためにこの場所を作っているのかずっと考えてた。後生に遺すため?文明を保存するため?なら俺達がここに逃げ込めばいいだけの事だ。『カレンダー』は嘘かもしれない。ここまで必死に作った『回路』も、明日になれば無駄になるかも。明日さえ凌げばいい。明日さえ凌いでしまえばどうにでもなる。──そうポジティブに考えてたんだよ、俺は」


「『カレンダー』が嘘って、そんなの──」


「あぁ、有り得ない。『カレンダー』は絶対だ。俺たちの文明がどれだけ発展しても、『カレンダー』を越えることは出来なかった。だから、諦めたんだよ」


遮った彼の口調は今までのどのときよりも沈んでいた。


「どうせ人間なんて生き残るわけない。だけど、証拠が全て消えるのも嫌だ。·····そんな往生際の悪さが、これだ」


彼は淡い緑に染まったドームを見上げた。


「でもさぁ、なんかカッコ悪いじゃん?そうやって『明日滅ぶんだ』って諦めて、落ち込んで膝を折ったまま滅ぶのは嫌なんだよ。なんか負けたみたいでさ。だから、俺は今日明日と、滅ぶ瞬間まで楽しむ。楽しんで、笑いまくって『俺たちゃ負けてねぇ』って叫びたい。だからやりたい事をやる。········俺の言ってること、間違ってるか?」


「·······ポジティブなのね」


「そうとも言う」


こちらに向けた笑顔は、照れてるようで、誇らしそうだった。

世界が滅ぶ。この一言をそう解釈してのける彼は、本当にポジティブなのだろう。

でも、ポジティブなのは決して逃げてるからじゃない。受け止めて、噛み砕いて、それでも『俺たちゃ負けてねぇ』と言い放てる。

人は、そのポジティブさを『強さ』という。

なら、この『遺産』は人間の諦めの象徴ではなく、『強さ』の証だ。

死んでもなお、滅んでも尚『次』を求める者たち。

そう。私達は、まだ滅んでない。

なら楽しもう。声高に叫んでやるのだ。私達の、証を。


「───そうだね、じゃあプテラノドンに乗りたい」


ドームを出る。蛍光灯がゆらゆらと揺れる。

心なしか地面が振動しているような気がする。


「プテラノドンか、ならまず餌の調達だな」


彼は気楽に答えながら、階段を上る。


「その次はステゴサウルスのステーキ!」


「また硬いの行くなぁ!····トリケラトプスじゃだめ?」


ワガママを言えば、困ったように妥協案を出しつつも、彼は結局やってくれるだろう。

もうすぐ地上が近い。人は、恐らく地上にはいない。

皆地下や神殿の中に引きこもってる。理由は、出口の光の外にある。


「トリケラトプス可愛いからダメ!あぁあとね──」


階段を上りきり、光の向こう側に出る。

空は朱かった。

そして、太陽が二つあった。

ひとつは、西日に沈み行く遠い恒星。


もうひとつは、真上から迫り来る、灼熱の天体。


彼が、無意識に喉をならすのが聞こえる。

空から降ってくる滅びの鉄槌。

リミットは、明日。


「·····あとは、なに?」


隕石を見上げたまま、彼が訊ねる。

私もまた、隕石を見上げたまま、答えた。


「─リンゴの木でも、植えたいね」


「リンゴ?育つ前に燃えちゃうぜ」


「大丈夫だよ」


こうして見上げている間にも、隕石は狙ったように迫ってくる。

だけど不思議と怖くはなかった。

そう。私達は、まだ負けていない。


「『次』がきっと、実をつけてくれる」

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