第11話
「大丈夫か!」
砂煙が晴れたところで、周りにいた全員が彼の方に駆け寄ってきた。
「……別に。怪我するような程の事でもないので」
大剣を地面に置いてから、彼は悠々と革手袋を外す。
「おい、お前!」
テグルヴォが彼を問い詰める。
「念のため聞くが、今さっき何をやった?」
「……ウィンドスラッシュですが?」
キョトンとした様子で、彼は答えた。
「ちょっと待て。確かあの剣はまだ魔法を打ち込んで無かったよな?」
「僕が打ち込みました」
「そうか。なら……、って、エッ?!」
─────────────────
テグルヴォは、混乱していた。
大剣や、その魔法石に術式が刻まれてなかったのは確認済みである。では、術式無しで魔法を使用したのだろうか?
テグルヴォが考えるに、それは無理であった。それをするのには、魔法が複雑すぎた。
あの魔方陣を書き上げたのは、何を隠そうテグルヴォ本人だ。どれだけ複雑な魔方陣かは、嫌という程わかっている。あのチビが仮に魔法適性が極端に高かったとしても、武器に魔力を乗せ、正確に発動するのは不可能だと、自信を持って言えた。
……となると?
必死に把握しようと状況を整理するものの、そうするごとに、彼の言うことの正しさはますます明らかになっていったからだ。
ただ、テグルヴォはその事実を認めなかった。というより、認められなかった。
「嘘だろ、俺が半年くらい掛かって作り上げたモノが……」
──こんなガキに一瞬でやられるなんて。
「──写しただけですが?」
テグルヴォの大剣を指差しながら、彼は答えた。
「さっき使わせて頂いたでしょう?」
「さっきって……、俺が剣を貸したのことか?」
彼は、頭を縦に振った。
──となると、自分の背丈以上のものを持ち上げて、かつ身体制御魔法を制御しながら、起動した魔法の解析を行っていたのか?
「無理だろ、そんなの!」
思わず、テグルヴォは声に出ていた。
「な、なぁ、そうだろ? そもそも魔法陣を写すことなんて出来ないよな?」
助けを求めるように、テグルヴォが近くにいたサナに目線を向ける。ガクガク、とサナは大きく頷いた。
「それに、ただ写しただけだと剣が壊れるだろう?」
「まぁ、そうですね」
テグルヴォの言う通り、普通に写しただけだと壊れる。
例えるなら、川に橋を架けるのと同じだ。川幅が違えば、土台の大きさや設置場所も変わるだろう。加えて、両岸や川底の地質、そして通行量。馬車も含めた人通りの多い場所で橋を極端に小さく作ったら、人が落ちる危険も伴う。
大剣の場合だと、まずは大剣の大きさを考えないと話にならない。というのも、それに応じて、写す魔方陣の大きさや数などが変わってくるからだ。
また、剣の素材や鍛え方に応じて、どれくらいの強さで魔力の通る導線を打ち込むか、──テグルヴォのような鍛治職人の間では、「焼き付け」と呼んだりもする──が、大きく変わる。
そして、その導線は、実際に魔力が流れる強さに耐えうるものでなければならない。導線が小さすぎると魔力が漏れ出し、最悪の場合、剣の内部から爆破する。
「大剣を振ってみた時に、材質と重心は確認できました。魔法石内に邪魔になりそうな魔方陣がないかも含めて。後は、本人に使ってもらって調整するだけです。タイミングとかがズレると、さっきみたいに地面を抉るような結果になるので」
彼は飄々と言ってのけた。
それはまるで、ゼンマイ式のおもちゃを分解して、それを運良く組み立てられた悪戯小僧かのように。
──嘘だろ。作った俺でさえ、作用機構すら把握できていないのに。
テグルヴォの額を、汗が伝う。彼の言うことが正しいとすると、テグルヴォが半年かけて偶然作った魔法陣は、彼によってあっさりと解き明かされた挙句、サナの大剣に対応するように書き換えられたのだ。その全てを、軽々とやってのけたのだ。
全てが、規格外だった。
─────────────────
「……それでは、サナさん。使ってみて下さい」
彼は、サナの方に大剣を差し出す。
「えっ、良いの?」
サナが目を輝かせながら聞き返す。何だかんだあっても好奇心が勝るのはサナらしいな、と彼は微笑んだ。
「良いですよね? それとも、まだ無駄な練習を続けようとしますか?」
彼は、黙り込んだテグルヴォの方を見上げる。
「……どういうこと?」
「本来、使い慣れた剣を変えるのはタブーなんです。降るタイミングや速さ、剣を扱うための微妙な感覚まで、剣が違えば全てが変わります。他人の剣で練習させるなど以ての外。それをさせたというのは、簡単です。人をウィンドスラッシュの魔法に合わせるのではなく、魔法を人に合わせた──。これ以上は良いですよね? 僕もあなたを責めたいわけじゃないので」
彼は、テグルヴォの方に体を向けた。
「良いですよね? ここ、使って」
「……構わん」
負けたと言うように、テグルヴォは空を見上げた。
─────────────────
「……嘘だろ?」
彼とテグルヴォのやり取りから少し離れたところで、呟く人が一人。
アイツだけは、俺と同じだと思っていた。誰かに守ってもらうだけの、ひ弱な自分と。
──俺は、勘違いしてたのか?
コルドは、固く握りしめた拳を震わせながら、唇を噛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます