第10話

──ドシン。


 中庭へ通じる扉が蹴り開けられた音で、彼は魔導書から目を上げた。テグルヴォが、巨人の背丈より僅かに小さいくらいの大剣を担ぎながら立っていた。


「……準備できたようだな。雷鳥狩りに行く訳だが、その前にウィンドスラッシュを覚えてもらう。 最終目標は自分の大剣で出来ることだが、その前にこの剣で出来るようになってもらう」


 そう言って、テグルヴォは自室から取ってきた、明らかにの大剣を地面に突き刺した。


「一応コイツにはウィンドスラッシュの魔法が組み込まれている。後は、それで向こうの的のうち、どれか一つでも壊せたら合格だ。……んじゃ、始めろ!」



「無理だろ、あの大きさ……」


 コルドが、彼の側で小さく不平を漏らした。彼もそれに頷きながら、サナの方を心配そうに見る。暫く自分より大きな大剣の前で腕を組んでいたサナは、頷いてから彼らの方へ向いた。


「おーい、コールド〜! 私の剣、預かってー!」

「……変なとこで伸ばすな!」


 名前を弄られてやや怒り気味のコルドに自分の大剣を渡して、サナは地面に刺さった大剣を引き抜いた。その大剣は地面に深く突き刺した訳ではないので、あっさりと引き抜けたが、振り上げようとした途端、サナの体は大きく振られた。


「よっ……、おおっと、ちょっと待って!」

「……どうした?」

「これ、大きいし、重い……、一回ストップ! 置かせて!」


 地面に寝かせるようにテグルヴォの大剣を置いた後、サナは痺れた腕をブルブルした。


「身体強化なしで、これは無理……」

「どうする? 諦めるか?」


 テグルヴォが、意地悪に聞いた。


「……まだまだ!」


 自らを奮い立たせるように、サナは叫んだ。

 彼らはそれを、サナが倒れるまで見守ることしか出来なかった。



 ─────────────────



「……もうムリ〜」


 訓練開始から三十分もしないうちに、サナは地面に倒れた。暫く経っても起き上がらないのを見て、彼とコルドは駆け寄った。


「……おい、大丈夫か?」

「……だいじょーぶ、ただ疲れただけー。少し休めば、直ぐ動けるようになるからー」


 疲れ切った声で、サナが答えた。


「身体強化魔法の術式が埋め込まれてない大剣だったから、扱うのが大変でー⋯⋯。

 私、魔法苦手だから普段も大剣の魔法石に頼ってたから⋯⋯。ちゃんと練習しておけばよかったなー。それに、今度は感覚の全く違う剣で魔法を使わなくちゃいけないから、そこまで考えたら頭が一杯になっちゃうんだよー。……ところで、アルザ君何やってるの?」

「……いや、ちょっと触ってみたくて」


 彼、アルザはテグルヴォの大剣の柄の辺りの感触を確かめていた。


「少し持ち上げても良いですか?」

「……大丈夫か? 辛いぞ、身長的に」

「少し持ち上げるだけなので」


 そう言うと、彼は全身に身体強化魔法を掛け始めた。

 全身から魔力が失われていく感覚と、体の芯から力が湧いてくる感覚を一緒くたに混ぜたような、不思議な感覚に身を任せる。その場で少し飛び跳ねて、感覚を確かめてから、彼は大剣を力いっぱい持ち上げた。


 ──ぐわん 。


 大剣の先に、体が持って行かれそうになる。地面を強く踏みしめながら体を大きく後ろに反らし、やっとの事で体の重心を保った彼は、剣先を体の前に持ってくるために腕を降ろそうと少し動かした。


 瞬間、体が前に大きくフラついた。


「……なんだっ、この剣ッ……」


 再び体勢を元に戻す。もはや彼には、剣先を上に向けて掲げることしかできなかった。


「……諦めるか?」


 ニヤニヤしながら、テグルヴォが問う。


「ええ、そうさせてっ、頂きますっ……。 ただっ、やりたいことがあるので、良いっ、ですか?」


 言うや否や、承諾なしに彼は大剣に魔力を流し始めた。

 魔法石が彼の魔力に呼応して光始める。それを起点として、やいばから網目状の刻印が緑色の光を放ちながら浮かび上がった。


「……おい、危険だからそれ以上はやめろ! そこで振り下ろされたら、マジで危険だから」

「……わかって…ま、す」


 彼は慎重に魔力供給量を減らす。剣先から順に刻印が消えていき、最後は魔法石の光が消え失せた所で、彼は大剣から手を離した。置くことすらもできなかった。そして彼は、そのまま地面に倒れ伏した。


「……無理っ」


 腕が痛みと疲れで震える。魔力切れの倦怠感に、彼の体は動かなくなっていた。


「意外と持ったじゃねぇか」

「……やせ我慢ですよ、ただの」

「喋れるんじゃ、まだ余裕か?」


 小馬鹿にしたように、テグルヴォが言う。


「……回復魔法分の魔力を残しただけですよ。それにしても──」


 言いかけて、彼はふと口を閉じた。


「……なんだ?」

「いえ、何でもないです。忘れてください」


 回復魔法用の魔導書を取り出して、それを起動させた彼は、そのまま静かに意識を手放した。



─────────────────



「……やっ…ん……か!」


「……が甘い!」


「もっと速く!」


 地響きのような声に叩き起こされて、彼は周りを見回す。


「……起きたか?」


 コルドが、心配そうに彼を見る。


「無理すんなよ、あんなに」


 言われて初めて、手に一冊の魔導書を持ったままの状態であることに気が付いた。それをショルダーバッグに投げ込みつつ──


「ところで体は大丈夫か? 特に肩とか、腕とか」

「……痛くはない」


 回復魔法は、彼の予想以上に効いていた。

 立ち上がって、その場で伸びをする。疲れたような感覚はするが、極端に痛いところはない。魔力もある程度までは回復しているようだった。


「ところで、何分くらい経ちましたか?」

「……お前が倒れてからだろ? なら……、一時間経ってないくらいか? 三十分は越したと思うが」


 その場で軽く飛び跳ねながら、体の感覚を入念に確かめる。


「……その剣、貸して貰えますか?」


 彼は、コルドの足元に横たわっているサナの大剣を指差した。


「多分大丈夫だが。一体、何に使うんだ?」

「まぁ、見ててください」


 地面に再び腰を下ろしながら、ショルダーバッグから使い古した革手袋を取り出して、それを着ける。そしてサナの大剣を自分の側に引き寄せて、慎重に魔力を通して魔法石の中を覗き込んだ。


「……なるほど、身体強化の魔法陣か」


 剣先を地面につけたまま立ち上がって、彼はコルドに離れるように言った。そして、コルドが離れたのを確認した彼は、大剣を構え、魔力を流しながら地面を蹴った。


 瞬間、景色が後ろに吹き飛ぶ。迫り来る壁をターンで回避して、地面を前に蹴飛ばすようにして急制動。その場で数回素振りをした後、彼はその場にしゃがんだ。


──身体強化。それもかなり強めの。


 大剣の魔法石に打ち込まれた魔法陣は、彼が見た中でも一、二を争うほどの出来栄えであった。


──これを作った人に、会ってみたい。


 彼は、魔法石を光らせながら、大剣の刃のつば寄りの方に手を当てる。そして、指で刃先をなぞりながら、その手を剣先の方へと動かしていった。

 彼の指を追うようにして、剣先が輝きを放つ。そしてそれは、網目状の模様を形作っていた。

 剣先に、手が達する。手を離すと、輝きは静かに消えていった。


「……完成か」


 彼は、剣を手に立ち上がる。


「退避!」


 喉が張り裂けんばかりの大声で、彼は叫ぶ。

 一瞬、全員が目を丸くした。が、状況を直ぐに飲み込んだのはテグルヴォだった。


「おい、後ろの壁の側で伏せろ!」


 テグルヴォが、サナから剣を取り上げ、コルドを指差しながら叫ぶ。何が起こったのか分からないまま、コルドは壁の方へ走った。


 彼は、大きく深呼吸する。

 魔力を注いだ大剣が、彼の頭上で緑色に光る。そして、力一杯振り下ろした。


──ドォーン!


 轟音と、砂煙が上がる。霧のように、彼らを包む。それが晴れると、的の数メートル手前、地面に大きな割れ目が現れていた。

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