第9話
サナに連れられて、彼はギルド会館のある大通りから一本中に入る。
大通りとは違い、大きな家々が並んでいたその道は、巨人にとっては脇道という扱いなのだろうか、人通りは若干少なかった。……勿論、彼やサナ達“人族”にとっては普通の道くらいの幅ではあるのだが。
その家々の門の上には、必ず、彼の顔より少し大きいくらいの丸い石が静置されていた。その石は何かの守り神なのだろうか、丁寧に磨いている高齢の巨人を見かけた。しかし、他の殆どの家では丸い石に苔が生えているのを見ると、巨人全体としてはそこまで大切にしているものではないのだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、周囲の家とは幾分か雰囲気の違った建物の前に着いた。
「ここだよ! それじゃあ、呼んでくるから!」
そういって、サナは中に駆け込んでいった。
サナが戻ってくるのを待ちながら、彼の脳裏にはさっきの“高い”という言葉の真意を考えていた。目の前の建物は、周りにある他の家に比べて、別段屋根が高い訳でもない。強いて言えば、中が吹き抜けになっていたら”高い”作業が発生するだろうか。
あれこれと考えを巡らしている間に、サナが一人の巨人族の男性を連れてきた。
「……あぁ、理解した。この二人が今回のお邪魔虫か。ま、精々頑張りな」
ボサボサの髪を擦りながら、その巨人はぶっきらぼうな声で彼とコルドにも聞こえるように言った。
「じゃ、入りな」
欠伸しながら、その巨人は建物の中に入ろうとした。
「おい! ちょっと待てよ。名乗りもせずに、その言い方はねぇだろ?」
その巨人は、欠伸をやめて目玉をギョロリと動かす。そして、声の主であるコルドに目線を下ろし、そのままじっと睨みつけた。
「なっ……、何だよ」
巨人の威圧に負けて、コルドはその場で大きく
「……テグルヴォだ。覚えなくても構わん」
面倒くさそうに答えて、テグルヴォと名乗る巨人は大欠伸しながら中へと入っていった。
「なぁ、アルザ。お前は言い返さないのか?」
コルドは、彼の方へ目線を下ろす。
「……慣れてますので」
それに目を合わせずに、彼はテグルヴォの後を辿って入っていく。状況を飲み込めずにその場で慌てていたサナも、彼が入って行ったのを見て、コルドを一瞥してから中へと入って行った。
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デグルヴォの後に続いて、彼らはまず、焦げ臭い鉄の匂いのこびり付いた客間風の部屋を抜ける。そして、金属の叩くような音の鳴り響く広い空間に出た。
「工房か。……鍛冶系の」
彼は、小さく呟いた。
壁には大剣が三つ吊るされており、うち一つはまだ魔法石が取り付けられていなかった。奥の方にはかなり大きめの机があり、その上には設計図のようなものが広げられていた。遠くからなのではっきりとは見えないが、おそらくは銃の図面であろう。
そして、部屋の奥の方には壁のような仕切りがあり、それを挟んで隣の部屋には、見える限りでは
「……そんなに珍しいか?」
工房の奥の方を真剣に見ようとする彼を見て、デグルヴォが鼻で笑うように言った。
「……別に」
奥で作業している人族の男の方に目線を向けながら、彼は聞き飽きた話を聞かされた時のような返事をした。
「……それより、どこに向かってるんです?」
「ん? 今か? 中庭だが」
武器系の工房で、中庭。
「武器の調整ですか?」
自然とその言葉が、彼の口から出た。
「……普段ならそうなんだが、今回はちょっと違う。ま、行ってからのお楽しみだ」
そう言って、ポケットから鍵を取り出した鍵で中庭への扉を開ける。
「んじゃ、準備して待っててくれ」
それだけ残して、テグルヴォは工房の奥の方へと入っていった。
彼らは、四方を煉瓦でできた壁に囲まれた、だだっ広いだけの芝生に取り残された。彼らから見てずっと奥の方にある的のようなものを除いたら、何もないその芝生は──
「これ、隠れられそうな物があったら鬼ごっこにピッタリだろうな」
──コルドのその言葉が、その広さを表すのに実にピッタリであった。
「それで、準備っていうのは……」
「まぁ、俺らには関係ないな」
「……というと?」
「ほら」
コルドの目線の先の方を見ると、大剣を構えたサナが素振りをしていた。
「サナ曰く、戦士ギルド系の訓練らしい。……とは言っても、当のサナはいつでもあんな感じだから」
「なら、僕は関係ないと」
「ま、そうだな」
コルドは、腕を組みながら壁に寄りかかった。
「寝ててもいいぞ、多分」
「なるほど。なら、本でも読んでますね」
そう言って、彼は適当に魔道書を取り出しながらその場に座り込んだ。
「取り敢えず、テグルヴォさんが来たら呼んでください。……恐らく物音で気がつくとは思いますが」
それだけ言うと、彼は本の世界に沈んでいった。
「……変なやつ」
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「おっ、やってんじゃねえか」
テグルヴォが、工房の二階の自室から、中庭で素振りをするサナを見下ろしながら独りごちた。
「これなら──」
そう言って、木の机の脇に立てかけてある巨大な大剣を取り出して、肩に担いだ。
「──鍛え甲斐がありそうじゃねぇか」
ニヤリと笑って、テグルヴォは部屋を後にした。
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