第13話

 カタリ、という音とともに、体が跳ねる。

 地面とは違った、硬いような、柔らかいような感覚。その上に横になっていたのだけは、はっきりと分かった。

 ボンヤリとしながらも、彼は目を開ける。見慣れない木の柱の様なものと、その先に青色のタイルのようなものが見えた。何かの天井だろうか。


「……どこだ、ここ」


 呟きながら、彼は体を起こす。近くにあった窓越しに外を見渡す。そこには見慣れた、といっても実際に住んでいる人ほどではないだろうが、スレイピアの街並みが走っていた。

 少しずつ意識を取り戻してきた彼は、ようやく馬の蹄の音と車輪の跳ねる音が聞こえてきていることに気がついた。


「馬車の中、か」


 彼は、前の椅子の背もたれから体を乗り出すようにして、御者の座っている方を見ようとした。しかし、その前に彼は前の席にいた兵士に目が止まった。それは、彼に妻を助けて欲しいと頼んだ看守であった。

 声を掛けるべきか、掛けないべきかで逡巡していると、逆に目の前の兵士の方が彼に声を掛けてきた。


「……起きたか、具合はどうだ」

「ええ。問題はないです」

「そうか」


 こちらの方を向かずに呟くように答える兵士を、彼はただ無愛想だなと考えていた。


「ありがとな、本当に」

「……無事だったんですか」

「ああ。幸運な事に、二人とも、な」


 彼は、改めて自分の手の方へと目線を落とす。手に付いていたはずの血飛沫は、まるで夢の中のことだったかのように、何故かすっかり綺麗になっていた。


「あの後、アイツの指示で地下牢に閉じ込められていた魔導師らが掻き集められ、お前に回復魔法を掛けた。その時に飛び散っていた血は、可能な限り洗い流した。ただ……、コイツは無理だった」


 そう言って、兵士は彼に魔法銃、L-154を差し出した。銃口を中心に、銃身の一部が赤く染まった銃を見て、彼は言葉を失った。


「まぁ、これでも頑張った方なんだがな。如何せん、『銃身に刻まれた魔法式が傷ついてしまう』ってうるさかったもんでな。一応、腕利きの魔法銃修理工に頼んではみたが、怖くて触りたくないそうだ」

「……ええ」


 彼は、気のない返事をした。


「後、さっさと受け取れ。腕が痛くなる」

「……はい」


 死んだような目をしたまま、彼はそれを受け取った。そして、それをショルダーバッグの中に投げ込んだ。


「俺の選択は、正しかったな」


 返事もせずに、彼は窓の外に目をやった。


「あの時、お前を地下牢に入れたのは、俺だ。そしてアイツと同じ牢屋に入れたのも、俺だ。

 兵士を銃一丁で無力化していくお前を見て思ったんだ。コイツなら妻を助けられるってな。……にしてもアイツは凄いよな、結局お前の名前を聞いていなかったらしいもんな。お前にあんだけ言っておきながら、結局『自己紹介したつもりになっていた』だってよ」

「職業柄、人の名前を覚えてもその時限りのことが多いので」

「……そうか」


 夕日が外を絵の具で塗ったかのように染めていく。


「見ろよ、あそこの街灯だ。お前が解放した魔法石の修理屋が、街灯魔導ランプを直している。お前が解放した魔導師が、修理された街灯に光を灯そうとしている。お前が、この国を照らしたんだ。……お前が、この国を救ったんだ」


 しかし、何度見ても、その綺麗な夕日は血の色にしか見えなかった。


「……忘れてた」


 兵士は、彼の方へ魔法銃L-231を差し出す。


「アイツからだ」


 震えた腕を伸ばして、持ち手を掴む。そしてそれを、氷のように冷たくなっていたそれを温めるかのように、彼はそっと抱きかかえた。



─────────────────



「……着いたぞ」


 馬車が、スレイピアの門をくぐり抜けたところで止まった。御者が馬車の扉を開けてから、彼は兵士の後に続いて馬車から飛び降りた。


「意外と段差、高かったか?」

「……いえ、大丈夫です」


 来た時と同じ、山道。今日までの事なんて無かったかのように目の前に続いていた。


「どこに行くんだ、この後」

「……アプダスレアへ」

「そうか。それならあっちじゃなくて、右の道だな」


 兵士は、城壁沿いの道を指差した。


「ありがとうございます、何から何まで」


 彼は、小さく頭を下げた。


「それと」

「……何だ?」


 彼は、ショルダーバッグの中を漁って、小さな箱を取り出した。


「これ、この国への届け物なのですが、代わりに渡しといていただけませんか? 本当はいけな──」

「それ、届いていたんだ」


 普段は呟いているかのように起伏のない喋り方をする兵士が、この時ばかりは少し喜んだような声を出した。


「俺宛の荷物だ、それは。……開けてもいいか?」

「サインを頂けたら」

「そうだったな」


 男は、胸ポケットから筆記具を取り出して、流れるようにサインをした。


「……見て行ってくれないか」


 少し恥ずかしそうに彼に頼むと、男は箱を開けた。そこには、緑色に光る宝石のついたペンダントが入っていた。


「綺麗だろ、俺が選んだんだ。………本当に、ありがとな」


 彼は、ただ、黙って頷いた。そして、回れ右をして、教えてもらった右の道へと向かった。険しい顔を向ける先の空は、既に暗くなり始めていた。



2章 『 "革命" 』 終

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