第12話

「……馬車を止めよ」

「はっ!」


 国王の指示で、兵士が地下牢の入口脇に馬車を止めた。


「やれやれ、一々わしが出向かなくてはならないとは。仕方がないこととはいえ、実に面倒だ」


 溜め息を尽きながら、国王が馬車を降りた。


「先に行って、門の前で構えておけ」


 数人の兵士が、国王の指示に従って馬車を離れた。

 その時突然、バチン、と国王のコートの表面で何かが弾けたような音がした。そして、背の低い少年が、国王の方へと弾丸のように飛び込んで来た。



────────────────



「……まぁ、当然か」


 着地した時の反動を身体強化魔法で無理矢理殺しながら、彼はざっと辺りを見回した。砂埃で覆われながらも、国王と、その周りにいる兵士らの姿が見えた。


「国王のお召し物だけスタンが効く安物、ってのもあり得ない話だし」


 銃を構えた彼は、兵士が動くよりも先に国王の方へ走り出した。


──国王の腕輪の魔法陣を書き換えるにあたり、いくつか手順があります。


 そして、国王が腕を彼の方へと伸ばすより先に、彼は腕輪に付けられていた宝石全てに一瞬だけ触れてから国王の脇を走り抜け、地面に滑り込むようにして静止した。


「……五分の三、か」


──まず、どの宝石が魔法石であるか、もしくはどれが魔法石でない宝石であるかを確認する事です。これは、実際に触って魔力を通すだけで分かります。魔法陣を起動させない程度の少ない魔力でも、魔力の通し方がまるっきり違うので。


 実際、腕輪につけられた五つの宝石のうち三つだけが、彼の流した魔力により僅かに光っていた。

 だが、彼はそれを見るまでもなく、はっきりとした感覚として魔法石とそれ以外が見分けられていた。


──後は、その中の少なくとも一つが首輪の起動に関わる魔法石です。


 体勢を立て直した彼は、再び国王の方へと走り出した。取り囲んでいる兵士らが、彼を取り押さえようと駆け寄ってくる。それを無視しながら、彼は再び、国王の腕輪の宝石に触った。それも、光らせた三つの魔法石のうちの一つを長めに触った事が気付かれないように。

 そして身体強化魔法を全力で掛け、目の前に迫っていた兵士をかわした。


──その中の一つまでなら、書き換えられます。

──ちょっと待て。博打じゃねぇか、それ。


 身体を捻るようにして国王の方を向きながら静止した彼は、銃口を国王の方へと向けた。そして、引き金を引き込んだ。


「ウッ………、グハッ……!」


 銃声の代わりに、彼の書き換えた魔法石が光り出す。

 それと共に、国王が奇声を上げながら地面に倒れ臥していった。そして、腕輪の付けられた右腕を抑えながら蚯蚓ミミズのように地面を跳ね回った。


「大丈夫ですか、国王!」


 近くにいた兵士が、慌てて国王の元に駆け寄る。介抱しようと国王に触った途端、熱湯の入ったヤカンに手を触れた時のように、兵士らは慌てて手を引っ込めた。


──いえ、博打にはなりません。首輪と同じ仕掛けを魔法石に組み込むだけなので。


 彼は、確かに国王の腕輪の魔法石を書き換えようとした。しかしそれは、首輪を起動するための魔法石を無効化する為ではなく、吸収系の魔法陣を魔法石に書き込むためだったのである。

 そして腕輪に組み込んだ魔法は、魔法銃の発動するようになっていた。それも、首輪の魔法を起動させる魔法とは別の魔法を使っているため、彼の首輪を起動させてしまい、彼自身も気絶してしまう心配は無かった。


──そんな事ができんのか?

──ええ。魔法銃は、発動するタイミング及び向きが物理的に定まっている事を除けば、原理的にはただの杖と同じなので。


 ただし、新たに書き込む場所が無くなっていた魔法銃の魔法石に新しく魔法を書き込む関係上、空砲の魔法を一時的に消さなくてはならなくなったため、当初の予定であった『空砲の馬鹿でかい銃声で、一度に全看守の注意を引く』という策は早々に潰れたのではあるが。

 そして、他の兵士が国王を助ける事も出来ない。というのも、国王の身体に触れると、吸収系魔法の巻き添えになってしまうのだ。


 そして、国王は宝石の付けられた腕輪を取り外してしまう事が出来なかった。

 奪われないようにきつめに着けていたのもあるが、何より気が動転していた事もあり、どの腕輪に細工されたのかも分からなかったのだ。


 どれに細工したか分からなければ、全て外してしまえばいい。そう分かっていても、全ての腕輪を外すことはできなかった。

 首輪を起動するための腕輪が奪われる、もしくは壊されるような事があれば、民衆はもはや国王には従わなくなるだろう。その恐怖にも似た感覚が、国王を縛り付けていた。


 国王が大通りで呻き声を上げている間に、辺りにいた民衆が一人、また一人と、あるものは窓越しに、あるものは路地裏から顔を出すようにして、その様子を見ようと集まって来た。


「………クッ……、クソッ!」


 国王は、右腕をゆっくりと彼の方に向けた。

 彼には、国王が何をしようとしていたのかが予想できていた。しかし、それを避けて後ろにいた見物人の首輪を作動させてしまう事も、細工した腕輪のコントロールを失う危険を冒してまでも魔法銃を操作し、火属性弾を発射する事も、彼にはどちらもできなかった。


「クッ……、くたばっ……れっ……ッ!」


 突然、彼は首を絞められているかのような苦しみに襲われる。

 デュッケルクの森の時のような、恐らくはその時以上の魔力切れに、彼の体はビクとも動かなくなった。そして、支えを失った木の棒のように、彼は地面に向かって吸い込まれていく。

 しかし、魔法銃の引き金からは指を離そうとはしなかった。寧ろ、それを離さないよう、より一層強い力で引き金を押し込んでいた。


「………我慢比べっ……ですか……っ、望む所です………っ!」


 魔法銃の照準越しに、彼は国王を睨みつける。しかし、その時間は長くは続かなかった。


 ダーン、と、聞き覚えのある銃声と共に、目の前の国王の頭部が吹き飛ぶ。


「えっ……?」


 銃と、それを持つ手には、血飛沫しぶきが飛んでいた。国王の腕輪の魔法石が光っていないのが見えた彼は、数回銃の引き金を引き直す。その度に魔法石は僅かに光った後、直ぐにその光が消えた。

 それが吸収できる魔力が無くなった為である事を理解して、初めて彼は目の前の状況を把握した。


 見物していた民衆が歓声を上げる。彼には、それが魔獣の雄叫びのようにしか聞こえなかった。

 魔力切れのせいで殆ど動かなくなっていた身体を少しだけ動かして、彼は銃弾の発射された方へと顔を向ける。目の前の景色がぼやけ始めながらも、そこには彼の銃L-231を構えた男の姿が見えた。


 紅い絨毯が国王を中心に広がっていき、彼の方へと向かって来る。その光景を最後に、彼の意識は途切れた。

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