第11話

 男と別れた後、彼は身体強化魔法を最大でかけ、地下の監獄に連れて来られた時の道を逆走する。

 彼を取り押さえようと、看守が立ち塞がる。少しも減速せずに肉薄した彼は、顔面目掛けてスタン弾を放った。

 看守が倒れたのを確認してから、数発天井の方へ撃った後、彼は再び走り出した。


──取り敢えず、僕がおとりとなります。銃声を使って周辺の看守を引き付けるので、見つからないようにして移動して下さい。因みにアルマさんの居場所に心当たりはありますか?


──まぁ、無いことはない。ただ、同僚経由で話が聞けるとなると、結構近くだな。となると、多分あそこだろう。ただ、部屋が多いから探すのに時間がかかる。出来るだけ時間を稼いでくれ。


 そして、彼はこの地下牢と地上を繋ぐ出入口である鉄製の頑丈な扉に続く道へと出た。そこを走り抜けた彼は、門番の看守兵のうち、一人を狙って飛びかかる。そして顔面にスタン弾を打ち付けた。


「喰らえっ!」


 もう一人の門番が、小杖(先に小さめの魔法石のついた、十五〜三十センチメートル位の棒。杖の小型版)を彼の方に向ける。

 壁を蹴って方向転換し、門番の放った風属性魔法を回避した彼は、火属性弾に切り替えて小杖の魔法石を撃ち抜いた。


「ヒッ……たっ、助けてくれ!」


 武器を失った門番を容赦なくスタン弾で気絶させた彼は、改めて門を見た。鍵はかかっていたが、門番の看守兵らのベルトに括り付けられている鍵で、恐らくそれは開けられそうだった。


「ただ、もうちょっと稼がないと」


 通路の反対側から、足音が聞こえてくる。銃声を聞いて、取り押さえるために集まって来たのであった。


「……期待通り、ただし予想外」


 七人もの看守兵が通路を走って来るのを見て、彼は少し震えた声で言った。


──ここの看守は、元兵士だ。それも、上でしくじって地下牢に落とされた、俺と同じお間抜けな奴しかいない。心配すんな、上の兵士より格段に弱い。


 試してみるか、とだけ呟くと、彼は気絶した兵士のうち一人を引きずりながら門に立てかけ、その数歩隣で銃を構えた。そして、狭い通路を一列になって走る七人の看守兵のうち、運悪く一番手前にいた看守の右足の太腿辺りに狙いを定めて、引き金を引く。


 銃声とともに、太腿を撃ち抜かれた看守兵が倒れた。それに巻き添えになる形で、後ろを走っていた看守兵数名が将棋倒しになる。残った看守兵は速度を落とし、胸ポケットから小杖を取り出した。


「いっ、いや待て、この角度で撃ったら後ろの奴に当たるぞ!」


 その看守兵のうち、一人が焦りを滲ませた声で叫んだ。それを聞いた残りの看守も、門に立て掛けられた看守に当たるのを恐れて彼を撃つのを躊躇した。彼には、その一瞬で十分だった。

 銃声が響く。次々に魔法石を撃ち抜かれ混乱に陥った看守らに、彼は襲いかかる。

 そして、将棋倒しになった看守も含めて、間も無く全ての看守が気絶させられた。


「……取り敢えず、応急処置だけ」


 残りの看守兵が来ないのを確認した彼は、ショルダーバッグから、包帯を取り出した。軽い止血と、自分の魔力が尽きない程度に回復魔法を掛けた彼は、鍵を門番のベルト通しから引きちぎり、出入口の扉の鍵を開けた。そして、人ひとりしか通れないような通路を走り抜け、僅かな光の差し込む階段の上方へと駆け上がった。



────────────────



「……さて」


 地下牢から脱出した彼は、身体強化魔法を使いつつ、外階段や作業小屋などの低い建物の屋根を伝ってとある民家の屋根の上に潜伏していた。

 彼には、身体強化と魔法銃の使用で使ってしまった分の魔力を安全に回復する必要があったのだ。そして、彼の目下の課題は、計画を実行する為にスレイピア国王を呼び寄せる必要があった事だ。


「……誰か一人、上に逃がしておくべきだったかな」


 そうすればその看守が国王に伝令に行っただろう。少なくとも、瞬時にこの騒動を鎮圧できる可能性があるのは、首輪を操作する事が出来る国王だけであったからだ。

 しかし、その可能性は低いと彼は踏んでいた。というのも、それを報告に行った看守もまた、国王の機嫌を損ね、首輪を起動される危険を負わなければならなかったからだ。

 苦しむ恐れのある事を進んでやるような人はいないだろう。首輪を気動され地面をのたうち回っている人が気絶するのを見届けて、地下牢に送り込むのが仕事である看守兵らにおいては、尚更である。


 しかし、地下牢から国王の連絡手段がゼロである、というのも考えられなかった。その証拠という訳でもないが、国王の馬車がこちらの方、より正確に言うならば、彼の現在地からは少し離れた所にある地下牢の入口の方へ向かっていた。


「……さて、仕事ですか」


 ショルダーバッグの留め具を叩いて確認した彼は、銃の魔法石をなぞって、もう一度だけ感覚を確かめてから、愛用の魔法銃L-154を握りしめた。

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