第8話
「ああ。この国の初代国王が決めた規則があってな。法、というほど厳格なものでは無かったが、それでも王を慕っていた民衆が厳格に守っていた事により、ある種の法律みたいになったものがある。
その中に『国土を人の血で染める
「それだけ聞くと、立派な規則ですが」
「まぁ、今でも立派な規則だ。ただ、これだけだと色々と不都合があってだな、格闘系の見世物とか兵士の訓練だけは例外となっている。そうじゃないと色々困るからな」
だろう? と、彼の方を向くと、彼は頷いて同意してみせた。
「だが、現国王がかなり狂った奴でな。民を完全に服従させたい、って考えていたんだ。ただ、さっきの規則のせいで命を脅かす方法では脅迫できない。拷問にせよ、血が出た時点で問題になるからな。
ある日、国王は書庫で一冊の魔法書を見つけた。それがこの首輪を作るための魔法書だったんだ。国王は考えた。この首輪を使えば、血を流さずに国民を脅すことが出来るんじゃないかと。
……んで、そこからは早かった。自分に親しい魔導師に首輪を量産させ、国民に着けさせる。着けてない奴は即地下牢にぶち込む。そして、反逆を企てたとか適当にでっち上げて、従う気の無さそうな魔導師を地下牢に送り込む。んで、それが済んだら内偵を国中に送り込んで、自分に不都合なことを言っている奴らを捕らえる。
すると国民は、会話の内容が国王に筒抜けであるかのように思い込む。それが首輪のせいだと考え出したら、もう国王の思う壺さ。後は国民の不満が溜まらないように、“人“の定義を自国民のみにする。
つまり、そうすれば例え他国から来た人間を血祭りにしても、最悪殺しても問題は無くなる。だが、実際のところ殺すのには流石に抵抗があったのだろうよ、そんな行動になったんだろうな。……実際、国王が武器で他国から来た人を殺すよう指示したことは無かったもんな」
彼は、口を開いたまま、男の話に聞き入っていた。
「こんなところどうだ? まさか牢獄の中で歴史の授業をする羽目になるとは思っていなかったが」
「殺す気がない、という部分が分かっただけでも十分です。……ところで、どこでその情報を聞いたのですか? 異常なまでに詳しい気がするのですが」
「どこって……、ああ、昔国王の元で働いていたからな。確か、何かの命令に従わなかったから、地下牢送りになった。……まぁ、2ヶ月も前のことだがな」
「とてもそんな風には見えませんが」
「……うっせぇ」
男の身なりからは、やはりかつて国王の元で働いていた面影は見えなかった。
しかし、過去の事を話す時の何かを諦めたような口調が、粗野な言葉遣いと相まって目の前の男の身なりと重なり、男の話は信じれそうだ、と彼は感じていた。
「それと、もう食事の時間だ。返せ」
「……本当に時間感覚失いますね」
苦い顔をしながら、彼は首輪を返した。そして慣れたように散らかった魔法書をショルダーバッグに押し込んだ。
─────────────────
「さて、それでは最大の問題といきましょうか」
そう言いながら、もう一度外してもらった首輪の魔法陣を、食い入るように彼は見ていた。
「……そんなに重大な問題があるのか?」
「ええ、かなり。具体的には、どうやってこの首輪の魔法を起動するかです」
「そんなの、簡単だろ。それ用の魔法がある。どうせ決まってんだろ」
「この場合は、それだけでは済まないんです。……一応聞いておきますが、ここの国王って魔力量が異常に多いとかって無いですよね?」
「多いってどれくらいか?」
曖昧な質問に、男は思わず聞き返した。
「魔導師になったらトップクラス、というくらいですか。冒険者の間では引く手
「……恐らく無いな、それは」
男は、苦笑してみせた。
「でしたら、尚更です」
怪訝な顔をする男を横目に見ながら、では実験しましょうか、とだけ言って魔法銃を取り出し、魔法石を弄ってからそれを男から遠ざけるように部屋の隅に置いた。
「では、この銃をそこから一歩も動かずに撃ってみてください」
「……何言ってんだ、お前」
男は意味が分からん、と言わんばかりに言い切った。
「魔法銃は、引き金を引いて撃つものだろ、そもそも触れない位置にある魔法銃を打てるはずがない」
「説明が足りませんでしたかね」
彼は軽く咳払いをした。
「では、より詳しく。この銃の魔法石に、一定量の魔力を感知すると起動する魔法を組み込みました。首輪がどの魔法を元に機能しているか分からなかったので、代用です。ただ、起動するのに必要な魔力はそこそこ低めに設定されているので、首輪の場合よりも簡単だと思ってください。……では、どうぞ」
「……本当に何でも出来るな、お前」
そう言いながらも、男は首を捻りながら考え始めた。
「……一応確認だが、何を使ってもいいんだよな」
「ええ、可能なら銃ごと燃やしてもらっても構いません」
「……言ったな」
「ええ。可能なら、ですけど」
男は、距離を稼ごうと銃の方へと手を伸ばした。
「……フレイム」
男の手の先から激しい炎が出る。射線から少しずれた所にいた彼も、思わず飛び退いた。しかし、その炎は一メートル半ほどまで達したところで消えた。
「……魔力切れだな、こりゃ」
男は、悔しそうに笑った。
「よっぽどの人でなければこれくらいです。というより、ここまで達するだけでも上出来です」
「となると、あれか。魔法を飛ばすための魔法がある。そう言いたいんだろう?」
「ご名答、と言いたいところですが、恐らくそれも無理です」
「……何故だ?」
「二つの魔法を同時に使うこと自体に無理があります。それに、それが出来たとしても複雑すぎて精度が保てません」
「精度? なんだそりゃ」
「そのままです。特定の人だけを狙い撃ちして首輪を起動させる為には、全員分の首輪の魔法陣を別々にするか、もしくは特定の相手のみに魔法が届くよう調整する必要があります。
前者の場合、ここの人口が分かりませんから何とも言えませんが、魔法を流すと機能し、尚且つ日常的に使われていない魔方陣を百個用意するのはまずもって無理です。……というより、火を起こしそうとしただけでぶっ倒れた人が出たら、それこそ洒落にもならないので」
「それはそうだな。……となると、後に言っていたやつの方か」
「僕の予想、もとい僕の知ってる範囲の知識から考えると。それでも、直線上にいる人まで巻き添えになるのは避けられませんが。ただ、それをこなすには、処理が複雑過ぎます」
「となると原理的に無理、という訳か」
「ええ。そのままでは。……ここまで言えば分かるでしょう?」
疑問符を浮かべたような顔をしている男を見て、彼は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「魔法石の利用。それが可能なら、魔法の増幅だけでなく、多数の魔法の同時使用と、これまでの問題が全て解決します。……恐らく僕の予想では、腕輪にはめられた宝石の少なくとも一つが魔法石です。そうすれば、腕を伸ばす方向により確実に魔法の制御が可能です」
「……一応聞いておくが、その事はそんなに重要か?」
「ええ。寧ろその事を積極的に逆利用します。……詳しい事は後で話します。出来るかどうかが不安なので」
それだけ言って、彼は魔導書を広げ、魔法銃を弄りだした。男は、暫くその様子を見ていたが、やがて飽きたのか、壁に寄りかかって大欠伸をした。
「んじゃ、夕食の時に知らせるから」
返事もせずに作業に没頭する彼を見て、男は変な奴だ、とだけ呟いた。
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