第6話

 階段を下りきった後、彼は看守兵に連れられて人一人しか通れないほどの短くて細い道を抜ける。そこを抜けると、鉄製の頑丈な扉が通路の両脇に並んでいた。


「ここだ」


 看守兵が、その中の一つを開ける。彼の腕をしっかりと掴んだ看守兵は、先程開けた扉と並ぶようにして通路と牢屋を二重に隔てていた、もう一方の扉を開けて、彼を中に投げ込んだ。


「……っ、いててて…」


 体をさすりながら、彼は体を起こす。ガシャン、と大きな音がして、扉が閉じた。


「もうちょっと優しく入れる方法は無いんですかねぇ」


「そうもいかないだろうよ」


 突然の声に、ひゃっ、と高い声を上げて、彼は飛び上がった。


「チッ、ポーターか、ついてねぇな」


 彼は、声のする方へ目線を下ろした。薄暗い部屋の奥の方に、一人の男が座っていた。長いことこの牢獄にいたのだろうか、伸びきった髪や髭はボサボサだった。


「……ついていない、ってどういう意味ですか?」

「分かってんだろ、使えねぇって事だ」


 男は、彼を見上げるようにして睨みつけた。


「……まぁいい、座れ。ここからは長いからな」


 彼は、男の偉そうな物言いに癪に触りながらも、言う通り腰を下ろすことにした。


「チッ、やっと出られると思ったのに」

「この牢獄から、ですか?」

「……そうだ」


 男は憮然とした、疲れ混じりの表情で答えた。


「戦士だったら武器が無くとも鍛えられた体でやり合える。魔導師なら杖が無くとも魔法使用にけている。そういう事だ」

「脱獄、ですか……?」

「文句あんのか?」


 男は、彼を睨みつけた。


「いえ、僕も行くところがあるので、出来ることならさっさとここを出たいのですが……、一応ギルドからの依頼でここに来ているのでギルドの方に救出して貰うのが──」

「それは無理だな、運び屋ギルドなら数ヶ月前にこの国から撤退している」

「……そうですか」


 変な依頼を受けさせた運び屋ギルドのエーデに恨みを覚えながらも、今更怒ってもどうしようもない、と溜め息をついた。


「なら、脱獄やむなし、か……」

「……なんか言ったか?」

「いえ、何も」


 男の機嫌を悪くしないようにと、彼は慌てて首を振った。


「話を戻しますが、武器持ちならポーターでも良いわけですね」


 彼は、ショルダーバッグの中から魔法銃を取り出してみせた。


「L-154か……」


 男は、ニヤリ、と笑った。


「わかってんじゃねぇか。……その体格でその銃はお似合いだ」

「……今、チビって言いましたよね、心の中で」

「さぁな」


 ふっ、と男は彼を鼻で笑った。


「ただ、如何なる点においても丁度いい銃である事には変わりはないな」

「……撃った事があるんですか?」

「まぁな。結構前だがな」

「そうですか。ただ、脱獄となると一番の問題は気絶させる仕組みですね。僕は首輪が怪しいと読んでいますが、取り敢えず外せないと話しになりそうにないですね」


「……ちょっと待て」


 首輪に手を掛けようとした彼を、男が制止した。


「お前の言う通り、その首輪が気絶を引き起こす原因だ。ただ、無理やり外そうとすると中の魔法が起動しちまう。俺のなら外せるから、後でな」

「なるほど……、えっ、外せるんですかっ?」

「まあ、俺のは、な。詳しいことは後で話す。それより、今はとにかく銃をしまえ、それとバッグを隠せ。看守が来る時間だ」

「へっ?」

「いいから、早くしろ!」


 扉を数回、強く叩くような音が聞こえてくる。額に冷や汗を滲ませながら、彼は大慌てで魔法銃をショルダーバッグに投げ込み、蓋を閉じる。ショルダーバッグを背中と壁に挟むようにして隠した所で、扉が軋みを立てて開いた。


「……食事だ」


 彼を連れてきたのとは別の看守兵が、体の上半分のみを入れるようにして食器の載せられたお盆を入り口近くに二つ置く。そして、部屋を一周だけ見回した。


一瞬だけ、彼は看守兵と目が合った気がした。


「……全員いるな」


 それだけ言って、看守兵は乱暴に扉を閉めた。数回、何かが扉にぶつかるような音がした後、直ぐに彼のいる部屋は静かになった。


「あのぅ……」


 声を震わせながら、捨てられた子犬のような、若しくは助けを求めているかのような目で見上げる彼に、男は怪訝な顔をした。


「何だ?」

「今までの話って、聞かれちゃまずい話ですよね? もし、ここで話してた事が聞かれていたら……」

「それは無いな。……取り敢えず、食おうか。美味いもんでも無いが」


 男は面倒そうに食器に手を伸ばして、スープをすする。彼もそれに倣って、少量しかないスープと小さなパンを食べた。


 冷めきった食事は、当然美味しくはなかった。



─────────────────



「しっかし、ここの看守も落ちたな、武器を持ち込むのを見逃すなんて」


 食事が終わり、看守が食器をかたして行った後で男がボソリと呟いた。


「猿に奪われた事にして、なんとか」

「それでもショルダーバッグの中身は確認するだろう? せめて、ショルダーバッグごと取り上げちまうとか」

「僕がポーターだったから油断したんじゃないんですか? 旅に必要な物を揃えるだけのお金を稼ぐために、敢えて武器が貰える他の職業ではなくポーターを選ぶ人も多いですし、寧ろ僕が出会ったポーターの殆どはそんな人でしたよ。

 まぁ、他のパーティのお世話になれば武器が無くとも旅は出来ますし。……ただ、その場合相手パーティからの扱いが冷たくて辛い、とは聞いたことがありますが」

「……大変なんだな、ポーターも」

「僕には関係無いですけどね」


 自分に全く関係のない同情を受けた彼は、決まりが悪そうに苦笑いした。


「早く寝ろ。時間感覚が無くなると寝れなくなるぞ、特に窓がないからな、ここは」

「首輪の件は?」

「明日な。……今日は色々疲れた」


 それだけ言うと、男はさっさと横になってしまった。

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