第5話
「スレイピア衛兵隊二番隊隊長の名において命ずる、速やかに武器を捨てよ!」
兵士らに囲まれた彼は、目の前の兵士を睨み付けた。
「……生憎ですが、襲われたばっかなもので。こちらの安全が確保されない限り、その指示には従いかねます」
彼らを取り囲む兵士らが、武器を握り直すのが見えた。
「他所者の分際で、生意気なっ!」
「……ここの住人もいますが?」
彼は、女の方に目をやった。
「どうしますか、隊長……?」
「うむ、……確かあの女は生存権のない非市民階級だった筈だ。国王の怒りを買うかもしれんが、やむを得ん。やr──」
銃声とともに、パリン、と何かが砕ける音がした。
隊長の脇に立っていた魔導師の杖の先の魔法石が、彼によって撃ち抜かれたのだ。
「ひっ、杖が……」
武器を失った魔導師が、数歩後退りして、その場にへたり込んだ。
それを一瞥もせず、彼は、銃を撃つための身体強化魔法を使ったまま、地面を強く蹴飛ばす。そして、二人いた
「なっ、何をぼうっとしている、やれっ、やれぇっ!」
隊長の指示で我に返った兵士らが、彼の方へ突撃する。それに合わせて彼は長銃を奪い、直ぐ脇にいた、もう一人の長銃使いを殴り飛ばしてから女の方へ駆け出した。
急に至近距離に飛び出して来たことに反応した兵士が、彼の喉元に向けて剣を立てる。それを背中の方へかわした彼は、女を守るように魔法障壁を二枚張った。
「ちょこまかと動きやがって!」
それを破るようにして一人の兵士が間合いを詰めて来た。その時であった。
遠くから、馬の蹄の音と、車輪が石畳の凹凸で跳ねるようなが聞こえてくる。
それを聞いた途端、途端兵士らの落ち着きが無くなった。
そして、一台の馬車が、彼らのいる通りに向けて入って来た。その中から、数名の兵士に守られながら一人の男が降りてくるのが見えた。
「全く、子供相手にこんなに手こずるとは」
男の低い声が響く。その膨よかで、勲章で飾られた男が近づくにつれて、兵士らが青ざめていくのが、目に見えて分かった。
「こっ、国王様、おっ、お許しを……っ!」
「……くたばれ」
指を刺された衛兵隊隊長が、その場に倒れた込んだ。
首を絞められたような顔をしながら、首の辺りを抑えて苦しそうに唸るその姿に、彼は思わず眉をしかめる。
「申しわ゛げっ……、もうし゛っ……」
必死に許しを請いながら苦しみもがき、やがてそれさえも出来なくなって。ただその場で体をくねらせ、時折、殺虫剤にかかった虫のように地面を跳ねるだけにになった。
「……もう良い」
再び指を刺された後、その男は苦しむのをやめた。しかし、相当な苦痛だったのか、意識は無く、眠っているかのように横たわっていた。
「回収しろ」
「「はっ!」」
彼らを囲んでいた兵士らが、動けなくなった隊長を抱えて場を離れていった。この隙を利用できないか、そう考えなが彼はそっと女の方に近づき、手を取ろうとした。
「……馬鹿な奴め。くたばれっ!」
彼の手から、女の手が離れていく。そして一瞬だけ、女の手が触れた瞬間に、金槌を持ち上げた時のような体の重さを感じた。より正確に表現するならば、何かが抜けたような感覚だ。
そして、女は地面へと倒れていき、同じように苦しみ始めた。彼は、直ぐさまL-231の銃口を馬車の側の男に向けた。
「
つまりだ、ここにいる民衆ががお前を殺そうとも、罪に問われることは無い。逆に、だ。その女はお前が受けるであろう刑罰を肩代わりしているんだ。まぁ、このままにしておくのも良いが、交渉には応じてやろう」
「交渉……、ですか?」
「ああそうだ、交渉だ。全ての武器を捨て、大人しく降参しろ。なぁに、殺しはしない、ただ地下の牢獄でずっと暮らして貰うだけだ」
彼は再び、照準越しに国王を狙う。
しかし、護衛の魔導師らが盾となる様に並んでおり、仮にその全員が魔法障壁を張った場合、それを撃ち抜いてまで命中させる自信は、魔法銃の中ではかなりの火力を誇るL-231のことを計算に入れたとしてもなかった。
「……降参です」
彼は、兵士から奪った長銃と構えていたL-231を捨て、両手を挙げた。
武器を構えた兵士らが、彼の側まで寄って来る。彼を隈なく見てから、一人が怪訝な顔をした。
「おい、ホルスターに対して銃が足りねぇぞ。もう一丁、隠し持ってんじゃねぇのか?」
「……道中で猿に奪われました」
彼は無表情を繕いながら答えた。
「……本当だろうな?」
「追っ払うのに失敗しまして」
疑いの目で、兵士らが彼を見る。彼の背筋を冷たい風が走っているかのような感覚に、彼は囚われた。
「遅れました」
その一言と共に、武器を持っていない兵士二人が人混みの中を掻き分けながら、彼らの側まで寄って来た。
「……遅いぞ、看守兵」
「すみません、遠くからなもので」
「……そうだったな」
武器を持った兵士らが、『看守兵』と呼ばれた兵士を鼻で笑った。
「連れて行け」
彼の側に、看守兵の一人が寄ってくる。地面に落ちたままの銃を踏みつけながら、看守の兵士は彼に女と同じ首輪を付けた。
「この国の地下で一生暮らしていく奴の為に、俺からのプレゼントだ。国民は皆、付けることになっているんでな」
彼らの方に近づいてきた国王がニヤリと笑う。
「ああ、それと、約束だったな」
国王が、宝石のような物のついた沢山の腕輪を鳴らしながら女の方を指差した。
「もう良い」
その瞬間、一瞬だけ女は苦しみから解き放たれたような顔をしたが、直ぐに意識を失った。それを抱えるようにしてもう一人の看守兵が回収していくのを、彼は見ていることしか出来なかった。
「ああなりたく無ければ、儂に逆らわぬように」
彼は、看守の男に連れられて、その場を後にする。
民衆が、いい気味だ、と言わんばかりににやけながら彼を見る。確かにその首元には彼と同じ首輪がつけられていた。
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