第4話

 二時間、どんなに掛かっても三時間の行程も、怪我人を護衛しながらの場合は別である。

 途中で休みを入れながら、彼の体力や魔力が回復してからは時折女をおぶったりしながら、しかし最後の方は棒を使って自力で歩きながら、彼らはスレイピアの城門がうっすらと見えるところまで辿り着いた。猿に襲われた時よりかは、霧も幾分か晴れてきていた。


「予想よりも静かですね。普通、城門周辺は何かしら人の出入りがあるものですが。……そうですね、山の上の方では勝手が違うのでしょうか」


 彼は、ショルダーバッグの留め具を叩いて閉まっている事を確認した後、両側の魔法銃の持ち手の方に手を伸ばした。左側にL-154が無いことに一瞬慌てた彼は、すぐに女に言われてショルダーバッグの中にしまっていた事を思い出した。


「さて、何日か振りの入国ですか、今度は体を休められるといいんですけど。……そうは言っても、今回も休む暇なんて無さそうなんですけどね」


 自嘲的に苦笑いした後、彼は女が後ろをついて来ているのを確認してから門の方へと向かった。



──────────




「あの、入国の手続きをしたいのですが」


 彼は、笑いながら雑談をしていた兵士らに話しかけた。三人いた兵士らは、会話の邪魔をされた事に腹が立ったのだろうか、彼を睨みつけた。しかし、兵士らは直ぐに滑稽なものを見るかのように笑い出した。


「このチビが入国したいんだと!」

「……仕事ですので」


 無表情を装いながら、彼は答えた。


「急いでいるので、早くして頂けると」


 彼は、女の方を見やる。その女の方を見た兵士の一人が、ニヤリ、と笑ったように見えた。しかし、その意味を問えるような雰囲気ではないことを、彼は強く感じ取っていた。

 兵士のうちの一人が、詰所の中から取ってきた一枚の書類とペンを彼に乱暴に渡した。


「……その女はこの国の住人だ、書類はお前だけでいい」


 受け取った彼は、急ぎ気味に空欄を埋めて、兵士に書類とペンを手渡す。確認のために兵士一人が詰所へと戻っていくと、彼らを見張る為であろうか、門の前に二人の兵士が残った。

 彼は少し辺りを見回してから、残った兵士らに話しかけた。


「いいコートですね、それ」


 暫くの沈黙があった後、兵士らは腹を抱えて笑い出した。


「何を言うかと思ったら、俺らの着ているコートの話かよっ!」

「……取り敢えず、守衛さんとは世間話をした方がいい、と教わったことがあるので」

「世間話のつもりか、それ。本っ当に面白いな、お前!」


 彼は小さく溜め息をついてから、兵士が笑っているのをただ見ていた。そして、兵士らの笑いが収まったところで、詰所から書類を持った兵士が彼らの方へ戻って来た。


「……はいよ、入国証」


 乱暴に渡された書類を、彼はコートのポケットの中に突っ込んだ。


「そうだな、折角だしの続きをしてやろう。このコートはな、スタンが効かないように雷鳥の毛皮を元に作られている。俺らに逆らうを排除する為だ」

「……なるほど。ありがとうございます、親切に」


 彼は、女に向けて、行きますよ、と呟くように言ってから、兵士によって開けられようとしている門の方へ向かって歩き出した。


「そうだ、一つだけ教えてやろう。俺はからな」


彼は、立ち止まって兵士の方を振り向いた。


「くれぐれも、首には気をつける事だな」


 そう言う兵士の首には宝石のような物のはめ込まれた首輪がつけられていた。その首輪は、女の付けていたものと同じだった。


「……それだけだ、じゃあな、おチビさんよ」


 彼は一礼もせずに、門の中へと向かう。しかし、女の足音が聞こえて来ないことに気が付いた彼は、女の方へ振り向いた。

 女は、重い風邪を引いた時のように震え、ただぼんやりと、どことも分からないところを眺めていた。


「……どうかしましたか、行きますよ」


 その一言に、女は、ピクリ、と背筋を伸ばしてから、慌てた様子で彼の後ろの方へと向かってきた。

 そして彼らは、スレイピアへと入っていった。



─────────────────



「しかし、奇妙なほど静かですね。まるで廃墟の中を歩いているみたいな……、失礼な言い方ですみませんが」


 彼の見渡せる範囲の家はどこか薄汚れており、また、辺りは霧のせいでかなり暗くなっているのに、窓越しに見える明かりは数軒に一軒、といったところであった。


「……それに、煙がない」


 いくら火属性魔法があるからといって、それだけで暖をとったり、調理したりする訳にはいかない。何かしらの可燃物に火を移して使うのが、魔力消費を考えたら普通である。

 また、光だけなら魔導ランプを使えば何とかなる。そこそこの値段はするが、数ヶ月に一度専門の修理屋にでも頼んで(稀に自分で手入れをやってしまう人もいるが)手入れさえすれば何十年もつので、無い家の方が珍しいくらいのものである。

 それさえも殆ど見えないのは、はっきり言えば異常であった。


「どこに病院があるか、それが問題だ。……といっても、半ば自業自得なんだけど」


 前の国のポーターギルドで急いで手続きをしていた事もあり、地図を貰いそびれてしまったことを、彼は今になって悔やんだ。大抵は誰かに聞けば運び屋ギルドの位置くらいはどうにかなるので、そこで聞けばいいや、と漠然と考えていたのである。


「ポーターが聞くことではないかも知れませんが、ギルド街か病院の場所、どこか分かりますか?」

「……病院の場所なら」

「そうですか、ではそちらの方に───、危ない!」


 咄嗟に、彼は魔法障壁を展開し、魔法銃を引き抜きながら女を庇う。彼らの方に、拳大の石が飛んで来たのだ。


「チッ、避けられたか」


 建物の二階の方から、声が聞こえる。同時に、魔法障壁を砕いた石が、彼の頰の脇を通っていった。

 石を投げた男の方を目視しつつ、彼は銃を構える。しかし、大量の火の玉が、彼の方目掛けて飛んでくるのを感じ取った彼は、銃の射線を捨ててでも魔法障壁の張り直しを行わざるを得なかった。


「一旦引きましょう、ここは」


 石を投げた男と、その近くでボウガンを構えていた人の近くの窓を割るように、火属性弾を数発放つ。

 威嚇のために、狙いを付けずにさらに四、五発打った後、彼は後退しようと女の手を引きながら後ろを振り向いた。


「こっちにもかっ!」


 彼らの退路を塞ぐように、木の棒のようなもの(農具のようにも見えた)を持った男が三人、それを越した所に刃物のようなものを持った人(霧で見にくいがおそらく女性だろう)がこちらの方に向かってきた。先程彼らが向かっていた方からも、同様に何らかの武器を持った住人が立っていた。


「……なんなんだ、この国は…」


 呟きながらも、彼は自分の感覚を頼りに、玄関の戸越しに様子を伺いながらファイアボールを放とうとした人を、その僅かな隙間を狙ってスタンにより気絶させる。それを合図として彼らに襲いかかって来た住人らも、一人ずつ無力化していった。


「オラァァッ!」

「……チッ、切りがない!」


 彼の背後を取った男が、鍬を大きく振りかぶる。咄嗟に魔法障壁を張って、その男の腹目掛けてスタン弾を放つ。気絶して倒れ込んで来た男を盾にして、反対側から木の棒で彼を殴ろうとした男に撃ち込んだ後、身体強化を一瞬だけ強めに使って、後ろにいた数人の方へと気絶した男を蹴り飛ばす。


「どけぃ!」


 その時、騒ぎを聞きつけた兵士らが、暴徒化した市民の間を割り込むようにして駆け寄って来た。そしてその兵士らは、彼と市民を隔てるように立った。


「……助かっ、……た?」


 しかし、兵士らの持つ武器は、興奮した民衆を抑える方ではなく、明らかに彼の方を向いていた。

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