第2話

 無表情のまま黙り込んだ彼は、目を伏せて少し考えた後でダートらの方をじっと見た。


「あの」


 彼は、溢れ出そうな何かを押さえ込むように深呼吸をした。


「今までに人を守ったり、救助したりする依頼を受けたことはありますか?」

「そりゃ、昨日のを除いても何度か、どちらかと言うと護衛任務の方が多いっすけどね。ねっ、ダートさん」

「ああ……、そうだな」


 ダートは、躊躇ためらうように彼から視線を逸らしながら、セロの言うことに相槌を打った。


「それでは……、それでは、今までにその依頼を達成出来なかったことはありますか?」

「まだ気にしてたのか、昨日のこと。……ま、当たり前か」


 ダートは、頭をかきながら木々の枝葉越しに見える夕焼け空を仰いだ。


「あるよ、一度だけ。まだセロに会う前のことだったがな。街の防衛任務を強制的に受けさせられて、その時にしくじっちまってな」


 そう言ったダートは、彼の表情を見る勇気が持てずに空を見上げ続けた。


「あの……、それじゃあ……」

「……分かってる、気持ちのやり場に困ってるんだろ」


 ダートは、彼に背を向けるように立ち上がった。


「着いて来い」


 ダートの背中が、薄暗くなり始めた森の中に消えていく。彼は、両側のホルスターを叩くようにして魔法銃があることを確認した後、ダートを見失わないようにその後を追った。



─────────────────



「随分歩くんですね」

「……まあな」


 薄暗い森の中に取り残され、飲み込まれないように。彼はただひたすらダートの背中だけを見ながら歩いていた。


「……着いたぞ、ここだ」


 彼はダートに続いて小さな崖の上を歩く。目の前には、夕焼け色に輝く広大な大地が広がっていた。その中に一際美しく茜色に照り返っているものが見える。

 それは、デュッケルクの城壁と、城内の家々だった。


「な、綺麗だろ」

「ええ」


 もう間も無く、真っ暗な夜がやって来る。夜になれば、茜色の宝石は炎の赤や光魔法の暖かい光に変わるのだろう。そしてそれは、ここからはきっと真夜中を照らす星のように見えることだろう。


「いいか、よく聞け。この景色はな、冒険者しか拝めないものなんだ」

「……護衛付きなら来れそうですが」

「いや、流石にこんな時間にここまでは連れて行けん、危険だしな」


 頭を掻きながら、ダートは続けた。


「だからな、この景色を見るのが、俺らの仕事で、醍醐味なんだ」

「……仕事ですか?」

「ああ、仕事だ。旅をして、狩をして。冒険者以外には出来ないような事を楽しむしかないんだ、守れなかった奴の分まで」


 言い切ると、ダートは黙り込む。しばらく彼らは、何も言わずに夕日に照らされた街を眺めていた。

 そして、思いついたようにダートが口を開いた。


「あー、なんて言うんだろうなぁ……。俺たちの仕事は誰かを守る事じゃないんだ、旅をする事なんだ、自分のために。旅の目的は直ぐに見つかるものではないかも知れない、ただ、それを見つけるために旅をするんだ」

「……旅の目的は、旅に尋ねろ、ですか?」

「まぁ、そんな感じだ。……というより、その言葉、なんかいいな」

「ただの受け売りです」

「そんなもんか」


 ダートは、彼の背中を思いっきり叩いた。彼は、わっ、と声を出してふらついた。


「まぁ、分かっただろう」


 彼は、ダートの顔を仰ぎ見た。


「要するに、俺もどうすればいいか分かんないんだ。終わっちまったことだけに、余計な」

「……そうですか」


 なら何故ここに連れてきたのか。とダートを責めることは、彼にはできなかった。


「それじゃあ、戻るぞ。セロが待ってる」

「そうですね」


 彼は、諦めたように笑顔を浮かべた。



─────────────────



 翌日の昼前、彼らは再び狩りに出ていた。


「セロ、そっちだ!」

「了解っす!」


 ダートの指図に合わせて、セロがオオカミの方へ走り出す。


「逃すかっ!」


 しかし、セロに追いかけられたオオカミは、負けじと全身の力を振り絞って加速する。そして、装備の重いセロとの距離はだんだんと離れていき……


 木の上から、銃声が響いた。


 直後、オオカミの頭部から血が吹き出す。そして自分の速度に耐えきれずに転がり込み、地面を滑ってから止まった。

 そのオオカミの死骸を避けるように、木の上から彼が飛び降りてきた。


「……ふぅ」


 彼は、額の汗を拭きながらセロの方を見た。


「この周辺は、もういないです」

「……了解っす。討ち漏らしの処理、すまないっす」

「いえ、近かったので。それより戻って早く昼食にしましょう」

「そうっすね」


 彼は、さっきのオオカミの死骸をショルダーバッグにしまってから、セロの後についてダートの方へ向かった。


「それにしても、よくあんな距離から当てられるっすね」

「一応小さい頃から銃を使っていたので。銃の性能もありますけどね」

「……小さいって、いつのことやら」


 からかい半分で言ったことにも気が付かず、彼は真面目に答えた。


「最初に撃ったのが確か八歳の頃で、真面目に練習するようになったのが十歳の頃ですね」

「随分早いっすね。というより、逆に今何歳なんすか?」

「十六ですが?」

「えっ……、年齢誤魔化してたりとか……」

「無いです」


 彼は、セロを睨みつけた。


「おーい、ダートさん、聞いてくださいよ!こいつ十六歳らしっすよ!」

「マジで?」


 ダートが、目を丸くしながら彼の顔を覗き込む。少しイラッとして、彼は頬を膨らます。


「……一応、ポーターである時点で十五歳は超えてますけど。冒険者も最低年齢は同じですよね?」


 彼は、睨みつける先をダートに切り替えた。


「まぁ、そうだけど。てっきり年齢誤魔化してたとか思ってた」

「……よく言われます。悔しいけど」

「まぁ、その外見だもんな」

「そうっすね」


 睨みつけてくる彼を放っておいて、ダートとセロは薪組みを始めた。


「ところでなんすけど、何でポーターになったんすか? ほら、銃があるなら猟師とかになれたと思うんすが」

「猟師は猟師で色々面倒なんですよ。縄張り、もとい狩場の取り合いが起こらないように、登録した国以外での狩猟が制限されてしまうんです」

「てことは、一度別の国に入ると路銀が稼げなくなるってことか?」

「手続きすれば出来ないことは無いのですが……、いかんせん面倒臭くって」


「それじゃあ、戦士とかはどうっすか? ほら、木の上を走ったり出来るだけの身体能力があるなら、そっちの方とかいけそうな気がするんすが」


 彼は首を横に振った。


「あれは身体強化の魔法で維持しているので。というより、確か戦士になるためには魔法使用不可の体力測定をパスする必要があった気がするのですが」

「ああ、それか。確か俺の時は魔法使用可で街を十周以上走らされたな」

「そこまで身体強化魔法使ったら反動でぶっ倒れますね」


 それは無理だ、と彼は苦笑いした。


「同様にして魔導師と医術師もパスです。魔力切れを起こしてぶっ倒れて終了です」

「……そういや、この間もぶっ倒れていたっすもんね」

「というわけで、消去法でポーターです。旅をするためにはこれが一番楽だったというのもありますけどね。まぁ、一番稼ぎにくいし、武器の貸与がないので一長一短というところでしょうか」


「ある意味、お前らしいわ」

「……そうっすね」


 体力自慢な二人には理解できない発想だったのだろう。ダートとセロは、目を合わせて苦笑いした。

 それを見て、へっ? と彼は首を傾げる。


「ところで、もうそろそろ昼食に出来そうですか?」

「ああ、後は火をつけるだけだ」


 やや疲れを滲ませながらも笑顔を取り戻した彼を見て、ダートは安心したように頷いた。

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