間章 山道の途中で

第1話

 場所は移り、デュッケルクの検問所を出てから少し歩いた森の中で。

 ダートとセロが一匹のオオカミを囲んでいた。


「セロ、そっちだ!」

「了解っす!」


 ダートの指図に合わせて、セロがオオカミに駆け寄り、その勢いを殺さずに剣を突き刺した。


「アルザ、ここら辺は他にいるか?」

「もう居ないです!」


 木の上から、彼は大声で返事をした。


「ふぅ、ここらで休憩にすっか」

「そうっすね」


 ダートとセロが、山道の途中にあった丸太に腰掛ける。彼は、木の上から身体強化魔法を使いながら飛び降りた。


「アルザも座れ、山登りの途中で狩りに付き合わせてすまなかった」


 彼は黙って会釈をしてから、脇に座った。


「まだ根に持っているのか?目的地がずれてしまったこと」

「……別に」


 彼は出発前にデュッケルクのポーターギルドでアプダスレア行きの荷物の輸送の依頼を探した。しかし、運悪く条件に合う依頼はなく、代わりにアプダスレアから北に少し離れたところにある、スレイピア宛の荷物の依頼を受けた。

 そのため、彼は途中までダートらと共に登った後、別れてスレイピアに行き、およそ一日かけてアプダスレアに戻ることになっていた。


 ただし、そもそも意図した所へ向かう依頼を受けられることも実は稀であることもあり、ダートらと一緒に行けなくなったことに対する諦めは早々についていた。


「そういえば、さっきのオオカミは魔法を使わなかったから魔獣扱いされずに普通にオオカミっすかね」

「いえ、風魔法を使ってましたよ、微弱ですが」


 彼は水筒を取り出しながら答えた。


「そうか、それじゃあウィンドウルフか、慣例的に」

「……何かしっくりこない名前っすね、慣例的にそうだから何とも言えないっすけど」


 セロ以外の二人にとってもそうだったらしく、彼らは考え込んでしまった。


「……確かバーンウルフは慣例から外れていたよな?」


 水筒から口を離した彼は、顎に手を当てて少し考えた後で答えた。


「そうですね、本来は火属性ならファイアですね。ちなみに風属性ならウィンド、水属性ならウォーターかハイドロを付ける決まりだった気がしますが」

「なら、今回も外れて呼べるんじゃないか?」

「そうですね……、風属性魔法を使うオオカミは図鑑とかにも載っていなかったと思うので、公には認められなくとも仲間内で呼ぶ名前くらいは決められると思いますよ」


「……人に振るのは良くないっすよ、ダートさん」


 ダートの視線を感じたセロが、自分に振られないように予防線を張った。


「分かってるって、そもそも期待はしてないから」

「……さりげ酷いこと言うっすね、ダートさん」


「あ、あった、エアロだ」

「エアロ、っすか?」


 彼の言った聞き慣れない言葉に、ダートとセロは眉間に皺を寄せた。


「魔法でも、ウィンドを付けて響きが悪い時にエアロを付けることがあるんです。この場合も、エアロウルフ──」

「飛んで行っちゃいそうっすね、それ」


 あー確かに、と彼とダートは頷いた。


「何かもう、こだわらなくていい気がしたっす」

「同感だな」

「ですね」


 三人は、そろって苦笑いを浮かべた。


「んじゃ、今日はここらで野宿するとすっか」

「もう暗くなりそうっすもんね」


 彼は、ダートらの荷物を全て取り出す。全て出し切ってから、大きめの布を敷き、その上に魔道書を並べ出す。片隅に魔道ランプを置いてから、左側のホルスターから魔法銃L-154を取り出した彼は、一冊の魔道書を開いて銃の魔法石を弄りだした。


「……何やっているんすか?」

「魔法石弄りです」

「そりゃ、そうっすけど」

「食事の用意までには時間がまだありそうなので」

「まあそうだな、もう少ししたら始めようとは思うが」


 彼は、黙々と作業を進め始めた。


「いや、そっちじゃなくて、俺が聞きたかったのは……」


 彼は、きょとんとした顔でセロの顔をじっと見た。


「いや、別にそんな真面目なことじゃないんすけど……、ええと、何のためにやってんすか、それ」

「軽い気晴らしです」

「いや、それはそうなんすけど……」


 セロは、頭に手を当てながら唸った。


「あっ、そう言えば "L" から始まる銃を作ったのって、確かルノ爺とかいう人でしたよね?」

「突然ですね……。まあ、合ってますが」


 彼は、銃から目を離さずに答えた。


「えっ、ルノ爺って、あの小人のか?」


 セロはダートの顔を睨み付けた。


「ダートさん、まだ小人って言ってるんすか? ティミーですよ、ティミー。小人じゃなくてティミー。全く、怒られますよ、魔法銃好きに」

「本人達も気にしてますからね、その呼び名は」

「……なんかすまん」

「まぁ、呼ばれ慣れているらしいですけどね」

「……なんかティミーと話をした事がある、みたいな口振りっすね」

「ルノ爺と、だけですけどね。……まぁ、昔の話になりますけど」


 彼は寂しそうな表情を浮かべながら黙り込み、持っていた魔法銃をなぞった。


「あっ、そうだ、そう言えば今やっているのは改造っすか?」


 話が続かなそうだ、と感じたセロが、今思いついたと言わんばかりに話題を変えた。


「いえ、そういうわけでは……。あっ、今回だけはそうですね。普段は違いますけど」


 彼は、目の前で開いたままになっていた魔法書を、セロらに見えるように掲げた。


「ここに載っている魔法陣が実際に起動するか、そして可能なら起動した時に実際にどんな事が起こるかを確かめているんです」

「魔法書に載っている魔法は使えて当たり前じゃないのか?」

「いえ、そうとも限らないんですよ」


 彼は、別の魔道書を手に取り、ページを繰って開いて見せた。


「この魔法陣、このままだと起動しません。しかし、魔法陣のこの三つの記号を除くと起動します」

「……だめだ、俺にはミミズが踊っているようにしか見えん」

「俺もっす」

「まぁ、使われている文字は解読されてないですもんね」


 彼は、作業へと戻っていった。


「……そう考えると、魔導師とか大変っすね」

「魔力消費はキツイらしいですね」

「いや、そうじゃなくて……、そのミミズみたいな字、一字一句覚えるとなると……」

「あっ、その話でしたか」


 彼は、再び魔法銃を置いて魔道書を手に取った。


「実は、一文字抜いたり、変えたりしても問題なく起動するんです」

「えっ、そうなんすか?」


 セロが、素っ頓狂な声を上げた。


「ええ。まぁ、この点の後ろに書かれている4つの記号の部分を除けばですけどね。この部分は魔法の強さを表す、言わば数字のようなものなので、ここを弄ると、全く種類の違うものが出来たりしますよ」


 セロは、彼の指差したところを覗き込み、他の部分の記号の列と見比べては首をひねった。


「ただ、これ以外の部分は変えても一文字程度ならさほど差はありません。むしろ何文字か削ったり、変えてみたりして、いわゆる魔法学者は新たな魔法を作ったりするんですよ。まぁ、実際に魔法学者に会ったことはないので、そこら辺は人から聞いた話ですけどね」

「ってことは、場合によっては一文字変えただけでより優れた魔法が出来る、なんてことも……」

「ありますよ、稀ですが」


 口を開けたまま魔法書を覗き込んでいるセロを一瞥してから、彼は魔法銃を手にとって作業を再開した。


「ってことは、アルザも魔法作りとかやるんすか?」

「基本ないですね、気の遠くなるような重労働になるので」

「ふうん、そうっすか。あっ、そう言えば、魔法銃の改造につい──」


 セロが言いかけたところで、ダートが二人を呼んだ。


「おい、お前ら。もうそろそろ夕飯作るぞ!」


 二人の話に早々に着いていくのをやめ、薪集めに行っていたダートが大量の木を抱えながら二人の方へ向かって歩いて来る。二人揃って返事をした後で、彼は魔法書を一冊ずつ丁寧に入れ始めた。


「……手伝い、いるっすか?」

「いえ、大丈夫です。改造の話は後にしましょうか」

「了解っす」


 セロは、ダートの方に走っていった。



─────────────────



「それにしても、焼肉って合理的ですね」

「焼くだけだしな」


 焼肉だけの夕食は、狩った獲物の下処理とそれを焼くことくらいしか用意と呼べるようなことがなく。従って彼らは殆ど苦労もなく肉料理を頬張っていた。


「普段は野菜とかは食べないのですか?」

「まぁ、場合にもよるわな。基本は面倒だからパスだ」

「いちいち食べれる野草かを考えるのも面倒っすからね」

「なるほど」


 口に頬張った肉を飲み込んでから、彼は返事した。


「そういうアルザはどうしてるんすか?」

「出来るだけ食べてますよ」

「偉いっすね」

「だよな」


 少し食べ始めたところで、彼は溜め息を一つ。

 そして、はたと手が止まった。


「どうしたんすか、具合でも悪いっすか? もしかして味付けが悪かったとか? ……まぁ、今回はダートさんの担当だからしょうがないっすね」

「おい、今なんか言ったか」

「何も言ってないっすよー」


 セロは、下手くそな口笛を吹きながら答えた。


「んで、どうなんすか」


 セロに肩を突かれた彼は、周りをキョロキョロと見回してから、何でもありません、とだけ答えた。


「まぁ、とにかくいっぱい食え。昼は何だかんだで検問所の辺りで食わなきゃいけなくなったが、今は奢りだ、食べ放題だ」

「やけに混んでましたもんね、あそこ」

「まぁ、今日は天気が良くて助かったっすよ、雨の中並ばされたりしたら最悪だったっすもん」

「本当だな」

「ですね」

「まぁ、とにかくだ、いっぱい食え。じゃないと大きくなれないぞ」

「今、チビって言いましたよね、心の中で」


 頬を膨らませながら、彼はダートの方を睨んだ。それを見たダートは、やれやれ、といった風に笑った。


「まぁ、とりあえず食え。元気なんだったら」


 彼は、その一言で途端に無表情になった。

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