第15話

 周辺のバーンウルフが全て片付き、その場に居合わせた人は皆、ザールらの周りに集まってきた。


「レネ! しっかりしろ、レネ!」


 ザールは、返事もしないレネの体を一生懸命に揺する。


「何をぼうっと突っ立っている、蘇生だ、蘇生!」

「……無理、だよ」


 クログが、声を震わせながら言った。


「無理……だと? よくもそんなことが俺の前で、ザール家の血…」

「無理だと言ってんだろ!」


 クログは体を震わせながら、出せるだけの声を絞り出した。


「えっ……?」


 クログの鋭い目つきから逃れるように、ザールはその場にいたもう一人の医術師の方を見やる。しかし、その医術師も、申し訳なさそうに首を振った。


「嘘……、だろ? なぁ。嘘だよな、からかってんだろ、俺のことを。言えよ、今すぐに。どうして誰も嘘だと言わない? そんなに俺をからかって面白いか? なぁ。答えろよ。答えろっつってんだろ!」


 周りにいた冒険者は、皆、ザールから目を逸らした。誰も、何も言えなかった。


 ザールは、レネの脇に跪いた。ザールの頬を、涙が伝う。


「蘇生魔法が使える四条件。一つ、死んだ直後、若しくは死に瀕している最中であること」


 クログが、裁かれる罪人に法の条文をを読み上げるかのように暗唱する。


「一つ、病気、老衰による死亡でないこと。一つ、体の大半が失われていないこと。……そして、一つ。脳、心臓がともに破壊されていないこと。

 残念だが、無理だよ」


 クログは、レネの胸の辺りが、文字通り引き裂かれていることを再確認してから、首を振った。


「クソッ、どいつもコイツも! …………あぁ、そうだよ。そうだったんだ。全てはアイツが悪いんだ。」


 ザールは、頭を抱えながら周りを見回した。


「おい、チビポーター! 出て来い、お前が全て悪いんだ、お前が素直に俺に着いて来ていればよかったんだ。そうだろう? そうじゃねぇのか? おい、出て来いよ! 隠れてないで、出て来いよ!」


「……あのさぁ」

「何だよ、口答えすんのか?」


 ザールを無視ながら、ダートは肩車されていた彼を下ろした。


「……まぁ、いいや。話したいんだろ?コイツと」


 彼は、地面に吸い付きそうな体を無理矢理支えながら、亡霊のような生気のない目を、ザールに向ける。


「ほら、言いたいことがあるならいいな、コイツも聞いてやるって言ってんだし」


 ザールは彼の胸倉を掴んだ。

 ザールに体ごと持ち上げられた彼の手足が、人形のように力なくぶらりと揺れる。そして彼を睨みつけ、拳を振り上げた。


「……殴るんかい?」


 クログが、ザールを問い詰める。

 ザールも、負けじとクログを睨み返した。


「……やめときな。そいつはレネとクーの回復を優先する為に、自身の回復を頑なに拒み続けている。そこで殴ったら、本当に死ぬよ。その子は」


 ザールは、再び彼の顔を覗き込む。ザールに向けられた目は、生きることを諦めた病人のような、まさに力ない目であった。


「クソッ……!」


 ザールは、彼を掴む手を離す。

 彼は地面へと落下して、そのまま倒れ込んだ。


「どうすりゃいいんだ、俺は! チクショォオ!」


 その叫び声は、曇天によく響いた。



─────────────────



 小さな少年が一人、窓の外の雨を疲れ果てたような顔で眺めている。彼は、アグネスの宿の食堂の、森に出かけた時と同じ席に座っていた。

 エストワールを救出した礼として、ザール家が奢る形で無料開放された食堂の一つであるここでは、陽気な冒険者らによる飲み会が始まっていた。そんな賑やかな食堂の端の方の席で、彼は縮こまるようにして座っていた。


「……アルザ、ここいいか?」


 アルザはダートとセロの方へ顔を向け、小さく頷く。それを見た二人は彼の長机の反対側に腰掛けた。


「……お疲れっす」


 セロは、彼の前にジュースを置く。


「……頼んでませんよ?」

「いや、あそこでこれを持っていけって、給仕をやっている女の人に言われたんすよ。と、言うより。いつのまにあんな可愛いのと知り合っていたんすね。ちょっと紹介してくれても……」

「ポーターギルドのギルド長代理です、会いたいならご勝手に」


 彼は、頬杖をつき直す。そんな彼を見ながら、ダートはグラスにがれた酒をすすった。


「そういえばクログが謝ってたぜ、特に何も考えずに怒ってすまなかった、お前の判断は間違ってなかった、ってな」

「……気にしてない、と伝えてください」


 気だるそうに答える彼を見て、ダートは別の話に切り替えた。


「しっかしよぅ、大変だったなぁ、お前も。あの後、レネの荷物を運ぶことになったんだろう?まぁ、本人はザールが運んでいたから、そういう意味では楽だったのかもしれないけど」

「……今その話します?ダートさん」

「駄目か」


 窓の方を向いたままの彼を見ながら、ダートは頭を掻いた。


「ところでさ、あー、いつここを出るのか?」

「……明日」

「えっ?」

「明日です!」


 彼は、ダートを赤く腫れた目で見つめる。そして溜め息をついてからまた窓の向こうへと意識を戻した。


「俺らも明日出発する予定なんだが、一緒に行くか?」

「……場所にもよります」

「ええと、巨人の……あー、何て名前だっけ?」

「アプダスレアのことですか?」


 彼はショルダーバッグから取り出した地図を広げた。


「ここから北西方向に山を登ったところ……、次の目的地としては最適ですね」

「んじゃ、一緒に来るか?」

「……依頼が入れば、になりますけどね」


 一応ポーターなので、と言いながら彼は自分のショルダーバッグを掲げてみせた。


「明日の朝、ギルドに寄ってからでいいですか? 色々とやることがあるので」

「……俺は別に構わん。いいよな、セロも」

「いいっすよ、別に」

「んじゃ、決まりだな。明日、ここの前で」


 話すことが無くなり、途端に居たたまれない気待ちになった彼らは、窓の外を見た。


「よかったっすね、こんな土砂降りの中歩きたく無いっすよ」


「月が出てれば」


「えっ?」

「……何でもないです」


 溜め息ひとつついた彼は、セロの持って来たジュースに手を伸ばした。

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