第14話

 森の開けたところに出た彼は、枝葉の隙間から覗くようにして、戦っている音が聞こえてくる方に目を凝らした。


「あれか、恐らくは」


 バーンウルフの大群と戦っているパーティを見つけた彼は、その周りへと目線を移す。


「あれは何だ……?」


 すると、数匹のバーンウルフが何かを取り囲むように集まっている場所があった。


「双眼鏡とかがあれば……」


 そう言いつつも、彼はクログに言われていた通り、シグナルライトの用意を始める。ショルダーバッグにしまってあった、魔法石の入っている袋を取り出すと──。


「あれ?」


 取り出した袋の中に、魔法石とは明らかに違った、細長い棒状の物が入っていることに気がついた彼は、袋の中からそれを取り出した。


「……単眼鏡」


 こんな偶然も、と呟きながら、彼はその単眼鏡を目に当てた。

 手前のリングをゆっくりと捻る。ぼんやりとした景色は、瞬間、クーの顔に変わった。その苦しげな表情から、少しだけ視点を下げる。突き出すように持ったクーの杖の先が、強く光っていた。


「……危ないっ!」


 クーを睨みつけていたバーンウルフのうちの一匹が、炎を吐きつけた。その炎は、クーらに降り注ぐ──、ことはなく、杖の前を這うようにして上へと上がった。


「……えっ?」


 その脇から飛び出したバーンウルフも、見えない何かに


「……魔法障壁だ」


 驚きながら視点をずらすと、今度は、ザール・エストワールの脇で魔法を使っている少女が見えた。


「もしかして……レネ?」


 となると、今使っているのは回復魔法。考えうる最悪の事態は、レネが回復魔法で無理矢理クーの魔力を補填し、それを元に魔法障壁を維持している、ということだ。もし、この予想が当たっていれば──


「もうすぐ、共倒れ……」


 彼は、袋の中から魔法石を取り出し、手で握るようにして魔力を込める。すると、魔法石が赤色に光り出した。


「……届けっ!」


 身体強化の魔法を腕に集中させ、彼は魔法石を放り投げ上げた。


 瞬間、赤色の光が曇天を照らす。


 それを見届けた彼は、右側のホルスターに収められた魔法銃L-231へと手を伸ばした。

 魔力が大量に込められた魔法石が投げられたことで、彼の存在に気がついたバーンウルフらが寄ってくる。彼は、その一匹を撃ち抜いた。

 仲間の死に怯みながらも、異常を感じ取った数匹のバーンウルフが寄ってくる。それらに一匹づつ照門を合わせて、発砲した。


「届かないか、この距離じゃ」


 奥で取り囲んでいるバーンウルフのうちの一匹の方に銃を向けてから、諦めたように彼は呟いた。


「行くっきゃない、ってとこか」


 彼は、ショルダーバッグの蓋を確認してから木の上から飛び降りた。走りながら銃をL-154へと持ち替え、牽制するように銃を撃った。

 弾が当たらなかったバーンウルフが、彼を殺そうと走り出す。彼は、駄目押しと言わんばかりに障壁の前のバーンウルフ目掛けて撃った後、ダートらの方へ引き返した。


「引き離せればっ……!」


 身体強化の魔法を限界まで掛けた彼は、素早くザールらの方から離れる。それに合わせて、三人を囲んでいた他のバーンウルフが彼の後ろを追いかけてきた。


 しかし、耳を裂くような大きな吠え声が鳴り響いた後、彼を追おうとしていたバーンウルフらは、走るのを止めた。


 彼は、吠え声の方を見た。

 遠くからでもわかる、大きな牙。恐らく接近すれば爪も確認できただろう。間違いなく、上位種であった。


 再び、大きな吠え声が響いた。


 彼を追いかけていたバーンウルフは、群れの主の元へ駆け戻っていく。声の主は、三人を排除する機会を手放そうとはしなかった。


「……させるか!」


 彼は、持っていたL-154を構え直し、彼から近い方から順に撃ち抜く。そして、他のバーンウルフを射程距離に入れるように走り出した。彼に追いかけられたバーンウルフは、彼を周りから囲むように広がっていく。


「まずいっ!」


 彼は、銃を撃つ対象を両脇から囲い込もうとするバーンウルフに変える。そして、ザール達から遠ざかるように走り出した。

 その時、彼の体が一瞬だけふらりとよろめいた。


「……限界か」


 今まで魔法で軽減してきた全ての反動が体を襲う。重いだけの疲労感が、全身を痛めつけてくる。息も上がり切り、それを無理矢理支えるだけの体力も魔力も、彼には残っていなかった。


「これまでか……」


 彼は、捻り出したような声で呟いた。


「アルザ、どこだ、アルザ!」


 遠くからダートの声が聞こえる。声を出す力の出せない彼は、魔法銃を上に向けて二発ほど撃った。


「ダートさん、そこ! 小さいからわかりにくいと思うっすが、あの中にいるっす!」

「了解、突っ込むぞ!」


 ダートとセロが、彼を囲もうとしているバーンウルフの中に突っ込む。二人の盾に守られたクログが、ファイアボールの魔法を周囲のバーンウルフに向けて放った。

 彼を発見したダートは、荒っぽくそれを担いだ。そして、クログの出した火の玉を回避するために列の崩れたバーンウルフの隙間を走り抜けた。


「あそこに寝かせるぞ、急げ!」

「了解っす!」



─────────────────



「私の言うことを聞いてなかったのかい!」


 木に寄りかかるように座らせられた彼に、クログは怒鳴りつけた。


「うちは戦ってこい、なんて言ったかい?」


 彼は、力なく首を振った。


「そうだろう、全く、こんなところで……」


 彼は、クログを無視してザールの方を指差した。


「行って……、早く…。多分……もう、持た…ない」

「聞いてたのかい、うちの話を!」

「いい……から…、早く……」


 彼は、L-231を握った。


「じゃなきゃ……魔力が尽きるまで……、撃つ」


 困り顔をしたクログは、少しして頷いた。


「わかった。それじゃあ、ここから動かないこと。それと帰ったら説教だから。いいね?」


 彼は頷いた。

 それを見ると、クログは顔を引き締める、そして、ザールの方へと走り出した。


─────────────────



 ダートとセロは、着実にバーンウルフの数を減らしていた。それに合わせてゆっくりとではあるが、ザールらの方へと近づいていた。


「このままいけば行けそうっすね」

「だといいがな」


 ダートは剣に刺さったままのバーンウルフを蹴り飛ばしながら、周囲を一瞥した。


「ちょっと待て、あっちから上位種が来てないか?」

セロが、ダートの声に合わせて辺りを見回す。

「……間違いないっすね」

「とりあえず片付けるぞ」

「了解っす」


 周辺のバーンウルフを蹴散らしながら、彼らは上位種の方に向かった。


「俺が引きつける!」


 ダートは、速度を落としつつ上位種に盾ごと体当たりする。瞬間、盾に大きな反動を感じた。


「クソッ、でけぇなッ!」


 ダートは、剣を盾越しに突き立てる。しかし、炎を吐く体勢に入ったのを見て、直ぐに飛び退いた。

 その間に上位種に近づいたセロが、脇腹目掛けて突き刺そうとする。しかし、上位種はすんでのところで剣をよけ、逆にその剣を踏みつけた。


「うわぁっ!」


 セロは剣を手離して慌てて下がり、盾を構えて炎をやり過ごした。


「こりゃ、マジできついぞ……」


 ダートは、頭や首の辺りを狙って剣を振る。しかしそれらは全て上位種の爪に弾かれていた。


「クソッ、相手が悪い……」


 歯ぎしりしながら、上位種を睨みつける。その額には、冷たい汗が流れていた。


「待たせたねっ!」


 その時、上位種目掛けて何本もの光の矢が飛んできた。それらは上位種に刺さり、上位種は奇声を上げながら苦しみ悶え出した。


「とりあえず、今はコイツを片付けるよ!」

「……当然だ!」


 守りが薄くなった上位種目掛けて、ダートは剣を振り下ろす。

 回避行動を取った上位種目がけて盾を投げ捨て、それも回避しようとよろついた隙に上位種からセロの剣を奪い返したダートは、セロの剣で鋭い爪を防ぎ、自分の剣で上位種の胴体を突き刺した。


「……終わりだな」


 剣を引き抜き、血を払う。

 上位種のバーンウルフは、その場に倒れ込んだ。

 そして大きな遠吠えを上げた後、ダートを睨みつけながら、やがて全身の力を抜くようにして死んでいった。

 上位種は、最期まで、ダートから目をそらすことはなかった。


「お前が人だったら、共に酒が飲めただろうな」


 強敵の死を、寂しそうに嘆いた。



「ダートさん、あれ!」


 ダートは、セロの指差す先を見た。先程まで別のパーティと戦っていたはずのバーンウルフ三匹が、横列を組んだようにして、ダートらの方めがけて走り寄って来た。


「チッ、まだ帰れねぇか」

「そっちもそうっすけど、あそこ、ザールがバーンウルフの方に!」

「なにっ!」


 ダートはセロの剣を盾に持ち替え走り出した。セロは捨てるように落としたその剣を拾って、クログとダートの後を追った。


「クログさん、撃てないっすか?」

「うっさい、後ちょっとだよ!」


 クログは、杖を構えながらバーンウルフとの距離を測り、三匹を確実に狩れる間合いに入る瞬間を見極めていた。

 一方、レネとクーがザールを引き止めようと走る中、ザールはバーンウルフと接敵しようとしていた。


 突然、銃声が響く。三匹のうち、ダートらの方から見て右側のバーンウルフが頭から血を流して倒れた。

 再び、銃声が聞こえる。その隣のバーンウルフが前足を引きずった。


「これって……」

「あの馬鹿っ!」


 クログが、彼の横たわっている木の方を睨む。しかし、すぐに杖の方へと目線を戻した。


「ただ、一匹だけなら……いける!」


 クログの杖の先の魔法石が輝き出した。


「死にたくない奴は下がってな。……ライトニングアロー!」


 杖の周りにできた光の全てが、一匹の方を向いて飛び出す。ダートが飛び退いた隙間を通り、それらは無傷だった一匹に突き刺さった。


「ダート、あの一匹は俺らに任せろ!」


 奥で戦っていたパーティが、ダートに向けて大声で知らせた。


「おうよ!」


 盾を持ち上げて答えると、ダートはクログの放った矢が突き刺さったままのバーンウルフの方へと走っていった。


「んじゃあ、俺らはザールらの保護っすね」

「そうだね」


 二人は、ザールらの方へ駆け寄る。魔力が尽きかけて座り込んでいるレネとクーの手前にいたザールは、剣を地面に打ち付けて、二人を睨みつけてきた。


「……どいつもコイツも」


 呟きのような、しかし怒りのこもった小さな声が聞こえた。


「舐めやがって!」


 ザールは、二人の方へ走り出した。握りしめた剣の魔法石が強い光を放つ。


「やばいっ!」


 魔力の注がれた武器は、時として魔獣以上の脅威となる。それを認識していたセロは、大慌てでクログを守るように盾を構えた。


「確か魔法障壁は打撃系に弱いっすよね?」

「そうだね、少しなら耐えられるが」

「だから、一旦離れて欲しいっす、俺だけなら避けられるので」


 クログは頷いてから、セロから距離をとった。

 ザールとセロとの距離が、少しずつ縮まる。


「引きつけてから、よける。ひきつけてから……」


 クログの逃げる時間を確保しつつにザールの初撃を避け、かつザールに傷を負わせずに次に備えるには、それしかなかった。

 強く歯を噛み締めながら、その時を待つ。


「待って、エスト、危ない!」


 レネの叫び声を無視して走るザール。セロは僅かだけ視線を逸らして……


「ゲッ、上位種かよ!」


 クログが逃げた方とは反対側の茂みから、バーンウルフの上位種が二人の方へと駆けていた。


「ストップ、ストップ!帰ったら決着をつけてやるから、とりあえず今は……」

「うるさい!」


 セロの忠告さえも聞かず、ザールは剣を振り上げた。


「……タイミングが悪いっす」


 セロは、イメージ通りに左、つまりクログとザールの間に入るように重心を傾け、ザールの攻撃をいなす。必然的に、セロに斬りかかろうとしたザールの背中は上位種の方へ向いた。

 上位種はザール目掛けて飛び上がる。ザールに刺さるよう突き出した爪は、牙のように鋭く尖っていた。


「危ない!」


 レネが、ザールを庇うように間に入る。同時に、銃声が響いた。


 彼の撃った弾は上位種の胴体を貫いた。

 しかし、その巨体の軌道を逸らすことは出来ず、爪はレネの胸に深く突き刺さった。

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