第13話

 クログの障壁に、ゆっくりと穴が開いていく。水を入れた桶の側面に穴が空いた時のように、赤い炎が彼の脇へと溢れ出した。

 彼はその穴に狙いを定め、素早く引き金を引く。炎がかからないように銃を滑らせながらも、彼は銃を撃ち続けた。

 銃を撃つたび、痛みに苦しむバーンウルフの鳴き声が響く。同時に、穴を通る炎が少し弱まった。その隙間を見つけては弾幕を張るように撃ち込む。そして、障壁の向こう側が見えるようになってから、炎を吹き付ける最後の二匹に照準を合わせた。


「……これで最後か」


 全身に数発の弾を撃ち込まれ、二匹も倒れ込んだ。

 銃を構えたまま、周りを見回す。残りのバーンウルフは、ダートとセロが相手をしていた。


「……囲まれたら終わり、の意味がやっと分かりました」


 銃をしまいつつ、彼は、息を切らしながらその場にしゃがみ込んだ。


「……大丈夫かい?」

「できれば回復魔法を、ここで倒れるわけにはいかないので」

「……無茶はするんじゃないよ」

「無茶じゃありませんよ、L-154なら魔力消費も少ないし、打ちっ放しにも体が耐えられる。そう判断しただけです」

「……どうかね」


 クログは、彼の隣にしゃがみ込み、回復魔法を使い始めた。


「最近の若いもんは、命を軽く捉えがちだからね。疲れたら回復魔法で何とかなる。いよいよ危なくなったら蘇生魔法でどうにかすればいい。……全く、困ったもんだよ」

「……すみません」

「いいんだよ、分かれば。それに、あいつらも昔はそうだったからねぇ」


 クログは、ダートとセロの方を見た。


「いや、昔から変わってないのかもしれないねぇ。帰ったらまた説教してやろうかしら」

「……程々にしてあげてください」


 彼は、L-231を抱えるようにして、持ち手を握った。


「もう大丈夫です」

「……そうかい?」

「もともと魔力が少ないので一度にそんなに入れられないので。それに、回復魔法を温存しておきたいので」

「……そうかい」


 体を起こした彼は、穴に銃を通すようにして、銃を構え直した。


「それじゃあ、続きといきますか」


 彼は、手前にいるバーンウルフを撃ち抜いた。そして、次の獲物に狙いを定めようとした瞬間、


 空に白い光が灯った。


 その光は、太陽のように辺りを照らした後、ゆっくりと消えていった。彼は、引き金から指を外して、辺りを見回した。


「……見つかったんだね」

「ええと、今のは?」

「光属性魔法のシグナルライトだよ、いわゆる信号灯。この場合は、あの馬鹿が見つかったということだね。光の方向からすると、予想通り、といったところだね」


 クログは、杖を握り直し、バーンウルフの群れの向こう側に伸びる小道をじっと見つめた。


「私が合図したら、走るよ。いいね!」

「あの二人は?」

「勝手についてくるさ。そういう話になっていただろう?」

「……そうでしたっけ?」


 クログは、何も答えなかった。それだけ、ダートらの咄嗟の判断能力を信用していたということか。


「んじゃあ、行くよ!」


 クログが魔法障壁を消したと同時に、彼とクログは身体強化魔法を使って走り出した。それを見たダートとセロが、剣の魔法石に刻まれた魔法を起動しながら、それを群れの中心目がけて振り回した。

 魔力を通されて光輝く剣の刃の部分から衝撃波が発生し、それを避けるために周辺のバーンウルフは動きを止める。その隙を見て、ダートとセロは、合流点に向かって走り出した。

 彼とクログよりも足の速い二人は、すぐに彼とクログを追い抜いて小道に入る。


「チッ、こっちにもいたか」


 小道の向こう側から走って来るバーンウルフを認めたダートは、セロと目配せし、走りながら隙間がなくなるように盾を並べ、再び加速した。


「「ウォール!」」


 二人を包み込むように、体が光りだす。息の合った二人は、正面から向かって来るバーンウルフを次々に跳ね飛ばした。

 後方から追いついたバーンウルフが、彼らを襲う。彼は、それに銃弾を撃ち込んだ後、ダートらに跳ね飛ばされてもまだ生きていたバーンウルフにトドメを刺した。


「前方はどうだい?」


 後方からこれ以上襲われないようにと、魔法障壁を展開したクログが大声で叫ぶ。


「まだだ、キリがない」

「……仕方がないね、後方からやってくるのは私が片付けるか」


 魔法障壁を消したクログは、小道を戻り、倒し切れてないバーンウルフの方に杖を傾けた。


「ライトニングアロー!」


 杖を中心に、二十本もの光属性魔法による矢が生成され、空中に浮遊する。そしてそれら全てが、バーンウルフの方に向かって放たれた。


「ふぅ、やれやれ」


 後方から追いかけてくる群れが全滅したのを確認すると、クログはパーティの元に駆け戻り、ダートとセロの前に魔法障壁を張った。


 ダートらは、安堵の溜め息をつきながら盾の持ち手を握り直す。


「んで、どうするっすか、ダートさん?」

「突っ込むしかないな、とりあえずは。……まぁ、合流するパーティがどこにあるかにもよるがな」

「考えれば、そうっすね」

「というより、同士討ちが怖いですね。ほら、相手が魔法を使っているところに飛び込んだりしたら……」

「まぁ、そりゃあな。誰が偵察に行ければいいが」


 ダートは、周りを軽く見渡してから、パーティ全員を見回した。そして顎に手を当てながら彼をじっと見て、大きく頷いた。


「お前なら行けそうだな。小さいし」

「……今、チビって言いましたね、言いましたよね?」

「……落ち着け、まぁ落ち着け」


 早口になりながら責める彼をなだめてから、ダートは近くの木の枝を指差した。


「木に登れば行けそうだよな」

「……確かに」


 彼は身体強化の魔法を強めにかけてから、ずっと高くの枝めがけて飛び上がった。そして太い枝の一本に手をかけ、体を引きずるようにしてその枝にまたがった。


「……可愛げのない奴め」


 ダートは、自分よりもずっと高いところの枝に軽々と登ってみせる彼を見て、苦笑いしながら呟いた。


「それじゃあ行ってきます、後で回復魔法お願いします!」


 彼はちょうど頭の高さにある枝に手を掛けて立ち上がった。


「待ちな」


 クログは赤い魔法石をポケットから取り出し、紐付きの袋に入れて彼の方へ投げた。


「おっと」


 彼は前かがみになりながらそれを受け取った。


「その中には信号灯シグナルライトの魔法が打ち込まれた魔法石が入っている。もしザールらがいたら、魔法を起動して、直ぐにそいつを上に投げな。それを見たら、直ぐうちらは全力で突撃するから、安全な場所で待ってな。んで、いなかったら帰ってこい。いいね?」


 頷いた彼は、全速力で木の上を走り去って行った。


「直ぐに投げるんだよ!」


 クログは、消えていく彼の背中に叫んだ。



─────────────────



「……予想以上にっ、きついかも……っと」


 彼は、木と木の間を飛び越えるようにして枝を渡った。

 時折枝から足を滑らせそうになり、その度に目線は自然と下へ向く。その度に彼は、下を走るバーンウルフに向かって落下するという、背筋が凍りそうな恐怖を感じていた。


「下は無い、下は無い……」


 彼は自分に言い聞かせるように、同じ言葉を繰り返していた。


「……うわっ!」


 枝を踏み外しかけた彼は、慌てて体を捻るようにして枝を掴んだ。そして、腕に身体強化の魔法を集中させ、体を引きずり上げた。


「……危なかった」


 枝にしがみつきながら、息を切らした彼は辺りを見回した。その時、ロウソクの炎を暗い部屋の端から見たような、ぼんやりとした光が見えた。


「……行ってみよう」


 幹に手を掛けてふらふらと立ち上がった彼は、枝を蹴って走り出した。

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