第12話

「全く、お前って奴は……」


 ダートが頭を掻きながら、なんとか体勢を立て直したセロを冷たい目で見た。


「いやいや、こんな所に石が積んであるのが悪いんすって!」

「石……かい?」

「ええ、そうっす、石が……ってどうしたっすか、回復婆?」


 クログは、杖でセロの頭を叩いた。


「イテッ! 何すんすか?」

「まったく、私は回復婆じゃなくてクログだよ、心配したこっちが損したわい」


 クログは、一際大きな溜め息をついた。


「こりゃ、やっぱりあの子達も巻き込まれたのかもね」

「……レネさんとクーさんのことですか」

「おや、知っていたのかい?」


 クログは目を丸くして彼の方を見た。


「当たり前か、いつもエストワールと一緒だったもんな」


 自らを納得させるように頷いてから、クログは杖を彼に預ける。そして、転がった石を観察するためにその場にしゃがんだ。


「ちょいとお前、どっちから石を蹴り飛ばしたんかい?」

「……どうしたんすか、いきなり急に。とりあえず蹴り飛ばしたのはこっちっすけど」

「これだから若いもんは、追録、習ってこなかったのかい」


 老婆は、呆れたように言った。


「何すかそれ、ダートさん、知ってましたか?」

「……いや、俺も覚えがねぇ」

「全く、お前らは一度は習っているはずだがね」


 クログは、落ちていた木の棒で、拳より少し大きな石の周りを囲むように地面に丸を描いた後、その石を中心とし、セロが蹴り飛ばした石二つの転がっている方向を時計の12時の方向として、ちょうど4時の方向にある小石に丸をつけた。


「ふぅ、こっちか」


 そう言うと、クログは魔導ランプを丸を付けられた石の先へと向けた。


「あの、すみません。僕も分からないのですが」

「おや、そうかい、忘れてたよ。ポーターだったね」


 彼を一瞥してから、クログは土を払いながら立ち上がる。杖を受け取ると、クログは説明を始めた。


「本来、戦士や魔導師などの戦闘職なら一通り習って来る筈なんだがね。まあ、今回はアルザに免じて一通り説明してやっかね。

 とりあえず追録、つまるところの追跡用記録法、というのは、自分の通った場所と方向、間違えやすい道では通ってはいけない道、場合によっては次の目印までの距離を自然物を用いて表すものだよ。とりあえず、この場合でいうなら……」


 クログは再び膝をつき、セロの蹴り飛ばした石二つの周りを丸で囲んでから、それらを大きめの石の上に乗せた。


「この三段積んだ石から見て、こっちの小石の方向に向かった、ということだよ。しかしまぁ、壊されることを考えたら普通はあまり使わないけどねぇ。まぁ、そうでなくてもこれを知っているとしたら、私を除いたら真面目だったあの二人しか思いつかないからねぇ」

「えっと、つまり、そのお坊っちゃまの友達とやらが二人ほど一緒ににいる、ということっすか?」

「……違うな、恐らくは」


 ダートが、頭をおさえながら続けた。


「考えてみろ、仮にお前とその二人が一緒だったとして、急に石を積み出したら、どう思うか?」

「……仕方ないんじゃないっすか、真面目なんだし」


 阿呆、と言いながらセロにチョップを食らわすダート。


「これだから、お前って奴は。急に襲われた時とかに邪魔になるだけだろ。それに、ここら辺の奴らなら狩場に行く道で迷うことなんてないし、そもそも誰かに自分の位置を知らせる必要もない。それでも置くなら、これから迷子になります、と自分から言っているようなものだ」

「確かに、言われてみればそうっすね」


 セロは、顎に手を当てながら頷いた。


「だとするとだ。迷子になった可能性を除いたとして、後に残るのは、目的地が狩場以外だった場合だ」

「なるほど、狩場以外……。えっ? 何言ってんすかダートさん、もしかして、頭おかしくなったとか?」

「なってねーわ、アホ」


 からかい文句を冗談で返すように、ダートは言った。


「……人を目的地扱いするのは不自然な気がしますけどね」

「やっぱりか」


 彼の苦笑いが、ダートにもうつった。


「そういうことかい、やっとわかったよ。こういうことだろ」


 クログは、一呼吸置いてからまとめた。


「あの二人が、エストワールを探しに行った。その時に何箇所か狩場を回ることになるので、自分たちのことも探してもらえるようにサインを残した。こういうことか?」

「そういうことだ」


 それを聞いて、セロも納得したように頷いた。


「とすると、その二人はエストワール坊っちゃまとやらは他の二人とは一緒にいない、というわけっすか?」

「そうなるな、とりあえずは」

「それじゃあ、今のところは関係ないっすね、依頼的には」

「まあな。んじゃ、こいつは無視すっか」

「そうっすね」


 ダートとセロは、そのまま歩き出した。しかし、他の二人が付いてきていないのに気がついて立ち止まった。


「どうした、行くぞ」


 彼は、ダートの声に反応しながらも、目線は道に積み重ねられた石の方を向いていた。


「……そんなに気になるのか?」

「はい、何となく」


 彼は、自分のランプを小石の指し示す方に掲げた。


「何となく、二人とも、エストワールがどこに向かおうとしていたのか分かっていたような気がして。ほら、三人で前もって狩場を決めていたとか」

「……それで?」

「何かあった時に三人同時に探してもらえるように、これを置いたと考えるのは不自然ですか?」

「……確かに」


 ダートは、納得したように頷いた。


「でも、こっちに行き過ぎると、うちらのパーティの捜索範囲が手薄になるっすよね? それに、エストワールが見つからなかった時に問題が……」

「そうだな」


 ダートはしばらく考え込んでから、頷いた。


「わかった。俺たちの捜索範囲からは逸れるが、行こう」

「……いいんですか?」

恐るおそる見上げてくる彼を見てから、ダートは頷いた。

「ああ。見捨てるのは、流石に嫌だしな」


 ダートは、語尾をすぼめながら、彼の魔導ランプの照らす先へ顔を向けた。


「何か言ったっすか?」


 ダートの顔を覗き込むようにセロが入り込んだ。


「いや……そ、それより、あっちにはでっかい巣があっからよ、終わったら奢ってやる」

「誤魔化したっすね」


 まぁ、いいっすけど、とセロは小さく呟いた。



─────────────────



「……ここか」

 レネとクーの残した、と思われる目印をたどりつつ、同時に後で目印の誤認による事故が起こらないように発見した目印を破壊しながら。彼らがたどり着いたのは、バーンウルフのねぐらだった。森の開けたところに、二十数匹が横たわっている。その周りを、警戒心の強そうな数匹がうろつき回っていた。


「どうっすか、ダートさん」


 茂みの中からセロが辛うじて聞こえるような小さな声で聞いた。


「……そうだな、結構多いな」

「まあ、そうっすね。仕方ないっすね」

「……ただ、上位種がいないとこからすると、ハズレの可能性もあるな」

「とりあえず、目視で確認できなかったら、パスってことでいいんじゃないっすか」

「ただ、如何せん広いからな。迂回するにも苦労しそう、といったとこだな」

「ちなみに、ここ以外で候補はあるのですか?」


 彼は、クログに水筒を渡しながら聞いた。


「この奥に、もっと大きな群れがある。上位種もいたからな、そこかもしれない」

「それでは、方針としては突っ切る、ということですか?」

「……それには数が多すぎる。そうだな、数を減らさないと」


 ダートは、剣を抜いて盾を構え直した。


「了解っす」


 セロも剣を抜いて構える。この状況でも、どこか楽しんでいるようだった。


「先に行くから、セロは状況を見て突っ込め。それとクログとアルザはとりあえず自衛しろ。できればでいいが、いつでも向こう側に走れるように茂みの中からは出ておけ」

「了解です」

「……気をつけなよ」

「わーってるっす。まーた小言は勘弁っすよ」


 セロが、ふざけた様子で答えた。


「んじゃ、行くか」


 茂みの中から飛び出したダートは、剣に仕込まれた身体強化魔法を使って一気に加速した。


「ウォール!」


 叫ぶと同時に、掲げられた盾を中心にして全身が光りだす。その全ての勢いを、見張りのバーンウルフ二体にぶつけた。

 ダートの盾と衝突した勢いに耐えきれず、二体のバーンウルフは弾き飛ばされる。二体とも、体の一部があらぬ方向に曲がったまま倒れていくのには目もくれず、続けて襲いかかってきた他の一体を切り捨てた。


「……強いですね、あれ」

「まぁ、ダートさんっすから」


 異変に気付いた他のバーンウルフが身を起こそうとするのを邪魔するかのごとく、セロが群れの中へと飛び込む。そして、起きたばかりのバーンウルフらに状況を把握させる隙も与えずに、それらを盾で弾き飛ばし、喉元に剣を突き刺した。


「んじゃ、やるかねぇ」


 クログが、杖を前に突き出した。


「戦士の間じゃ、ウォールと言ったらあの魔法らしいが、うちら医術師の間じゃ、ウォールと言ったらこれを指すんだよっ!」


 杖の先の魔法石が光りだす。同時に、透明で分厚い、彼の背ほどある壁が現れた。


「これなら、いざとなったらこれを消して走ればいい」


 彼は、恐るおそるその壁に触り、撫でるように手を滑らせる。試しに軽く叩いてみると、頑丈な石壁を叩いたかのような手応えがした。


「随分と魔力消費の大きそうな魔法ですね」

「まあね。知り合いの中でもこのレベルで使えるのはうちくらいかね。……まぁ、よく使う回復魔法以外は同時に使えなくなるが」


 そう言って、クログは少しだけ頰を緩め、そして壁の一部に手を当てた。


「これくらいかな」


 手を離したところには、小さな穴が空いていた。


「高さは合わないかもしれないが、銃を撃つのには支障はないだろう。使いな、あいつらだけじゃ不安だ」


 彼は頭を下げてから、L-231を構えた。腕を中心にして体全体を支えるように身体強化魔法を使いながら、穴を覗き込むようにして二人のいる方に目をやる。盾を構える二人から少し離れたところで、火を吐こうとするのが一匹──。


 彼は、引き金を引き込んだ。


 頭部を撃ち抜かれバランスを崩したその個体は、体を支えることもできずに倒れていく。奥にいた二人の男は、銃声に驚いて一瞬動きを止めたが、すぐに狩りに戻っていった。

 彼は間髪も入れずに次の獲物を見つけて、弾を撃ち込む。セロの脇腹を狙おうとしていた二匹が、彼の弾丸によって吹き飛ばされた。そのまま体を引くようにして、今度はダートの戦っているところの奥の一匹に照門を合わせ……


「伏せなっ!」


クログの叫び声に合わせて、彼は後ろの方に傾いていた体の力を抜いた。支えるものが無くなった体は、背中から地面へと倒れていく。その彼の鼻先を、真っ赤な空気が走った。

 気がついた時には、魔法障壁の隙間を抜けた炎が、彼の目の前を通り過ぎていた。


「……危なかった」


 仰向けに倒れ込んだ彼は、クログによって閉じられていく障壁の穴を見ながら呟いた。


「遠くから狙い撃ちする人がいて、硬くて破れそうにない障壁に守られている。とりあえず障壁を壊すのは無理だとして、穴の方に炎を吐き続ければそいつに届く。意外と頭使うんですね、相手も」

「そりゃ、生きるか死ぬかだからね」


 埃を払いながら立ち上がった彼は、炎で赤く染まった障壁に手を触れた。


「……もう一度開けることはできますか?」

「穴をかい?」

「ええ、ずっとこのままというのも嫌なので」


 彼は、左からL-154を取り出して構えた。


「……やれやれ」


 クログは、先程の穴と同じ高さに杖の先を持ってきた。


「んじゃ、いくよ!」

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