第10話

「上位種だと?お前、今何言ってんのかわかってんのか?」


 その場の冒険者の怒りの矛先が、一気に彼の方へ向いた。彼は部屋を時計回りに見回してから、午前中に話をした職員を見つけて、小さく頷いた。彼と目があったその職員は、躊躇ためらいながら言った。


「はい、確かに本日ザール・エストワール様は上位種も含めたバーンウルフの討伐依頼を受けに参りました。しかし、人数が足りなかったため受けずに帰られました」


 幾人かの冒険者らが、昼のことを思い出して顔をしかめた。


「ということは、北東か、西かといったところだな」

「……最悪っすね」


 再び、場の空気が沈んだ。最悪だ。遣いの男に詰め寄っていた二人組が言わなくても、おそらく誰かが同じことを言っていただろう。


「ちょっと待ってくれ、なんでこんなチビっ子が混ざってるんだ?」


 突然、彼の近くにいた冒険者の男が声を上げた。


「それに、コイツ、ポーターだぞ、冒険者の言うことなら納得できるけどよ」

「はぁ?ポーターだと!」

「ふざけんな、お荷物風情の言うことなんか聞けっかよ!」


 冒険者らは、口を揃えるように彼を怒鳴り飛ばした。それまでに溜まっていたものを投げつけるようだった。彼はただ、それが収まるのを待つしかなかった。

 怒りを露わにする冒険者らの中を、中年くらいの、鎧を身につけた戦士の男が掻き分けて出てくる。彼の前まで来ると、わざとらしく、優しそうな笑みを浮かべた。


「ここは。冒険者らの場所なんだ、君が来るような場所じゃない、いいね?」

「……僕も仕事ですので」

「そうかい、そうかい。それで今、君のもたらした情報は、全てを悪い方へと向かわしている。わかるかい?」

「嘘はついていませんよ」


 彼は、職員の方を向いた。先程答えた職員は彼に頷き返した。目の前の戦士の男は、わざとらしく大きな溜め息をついてみせた。


「とにかく、ここは君の来る場所じゃない。良い子は帰って寝てなさい。今まで君の言ったことは噂の様なものだった。いいね?」


 彼は、部屋の中を再び見回した。目を伏せた人もいれば、眉間にしわを寄せたままの人もいた。どちらにせよ、彼に味方する人はいなそうだった。


「さあ、どうするんだい?」


 その一言で、彼の意識は目の前の男へと戻る。男は、使い込まれたバトルアックスを握っていた。

 ゴクリ、と唾を飲む。


「……僕も、頑固なようなので」


 そして彼は、再び男を見上げた。


「確かに、その様だね」


 彼を鼻で笑ってから、男はバトルアックスを振り上げた。


「……じゃあな、坊主!」


 彼は、ガード、と呟いてから、右に向かって飛び出す。

 振り下ろされたバトルアックスは、透明な障壁に甲高い音を立てながらぶつかり、その自重を利用して障壁を砕いた。

 しかし、左に傾いていた障壁により僅かに軌道がそれたバトルアックスは、彼の立っていたところの左脇に深く突き刺さる。それを一瞥して、彼は左腕で体を起こしながら反対の手で、左側のホルスターから魔法銃を引き抜いた。


「……一応聞きます、続けますか?」


 立ち上がった彼は、男に銃口を向けたまま、銃に左手を重ねた。

 床に深く突き刺さったバトルアックスの柄を引き抜こうとしていた男の額に、ジワリと汗が流れる。その場は、春の夜の冷え込み以上に凍りついていった。


「はい、そこまでだ」


 職員の制服を着た男が、二人の方へと向かって来た。彼は安堵の溜め息をつきながら、銃をしまった。


「ギルド内は戦闘禁止。わかってるか、テメーら。ギルド長権限で出入り禁止にするぞ、次やったら」


 まあ今回は許すが、非常時だし、と呟きながら、ギルド長と名乗る男が頭を掻きながら二人の間に入った。


「まあ、今回は事情が事情だからな、無理矢理ポーターも呼んでいるわけだ。わかったか、オッサン」


 ギルド長は、床に突き刺さったバトルアックスを軽々と引き抜きながら、持ち主の方を向いた。


「まぁ、これでさっさとパーティ分けしようと思うのだが、両者これ以上言いたいことは?」


 彼に戦いを挑んだ男は、首を横に振ってから、ギルド長から差し出されたバトルアックスに手を伸ばした。


「お前はどうなんだ」


 ギルド長は、彼の方を見下ろした。


「いえ、特には」


 彼が首を振るのを見て、ギルド長は全体に聞こえるように声を張り上げた。


「よし、じゃあパーティ分けするか。とりあえず組みたい人同士で組んで、それから4人になるように調整しよう、ダートとセロは手伝え。それと、ポーターであるお前には組んでほしい人がいるから残れ」


 ギルド長に指名された二人組の男が、嫌そうな返事をしながらその場を仕切り始る。それに従って、ギルド長に指さされた彼を除いた冒険者ら全員がパーティを組むために動き始めた。それを見届けた遣いの人は、やり終えたような顔をしながらギルド会館を出て行った。



─────────────────



 どんよりと、垂れ下がったような雲が空を覆う。

 昨日の今くらいなら、西にある山に日が沈んだ後の、ほのかに橙色に染まった空が見えていただろう。しかし、今日はいつ雨が降ってもおかしくないような重苦しい曇り空だった。


「こいつらのお守り付きかよ、ついてねぇな、今日は」

「全くっすね」


 盾をやる気のなさそうに構え、大剣を持ち、固そうな鎧を身につけた二人組の戦士の男らが、軽口を叩くように言ってから、諦めたように苦笑いをした。

 そして、後ろをついて来ている、一人の背の小さな少年、アルザとその隣の医術師の老婆の方へと目をやった。


「まさか、パーティ分けに時間がかかってたら、結局自分たちが残ってしまうとは。ついてないっすね、ダートさん」

「残り物には福があるとはいうが、まさか回復ばあと、あのちびっ子だとは」

「悪かったわね、残り物で。それに、私にはクログっていうちゃんとした名前があるんだよ、わかったかい、この若造が」

「はい、はい。わかりましたよ、回復婆」


 何となくではあるが、クログが他の皆から避けられているということは、彼も感じていた。

 ギルド長に残るよう言われた後、彼は、年配であるクログの荷物持ちとして、クログと組むように言われた。その指示に従って、彼はパーティ分けが終わるまでの間、クログと共にいた。

 だからこそ、彼は他の冒険者らからの、厄介者を見るような目線を強く感じたのだ。もちろん、そこには彼に向けられていたものもあっただろう。しかし、弱い者扱いされている時のそれとは、幾分か違かった。というより、腫れ物を扱うような態度という方が近かったように彼には感じた。

 彼がクログに持った第一印象をそのまま言うならば、頑固そうな婆さん、といったところだ。まだクログとは軽い挨拶くらいしかしていないため、その印象が正しいかどうかは断言できなかったが、それでも「面倒臭そう」という印象は少なからず当たっていそうだった。


 木々の間をくぐり抜けるようにして進む彼らを、アルザと医術師のクログの持つ、光属性魔法を利用した魔導ランプが照らす。彼らの影は、凹凸の大きい地面を歩くのに従い伸び縮みした。


「それと、遅れるなよ、ポーターさんよ」


 二人組の男のうち、ダートと呼ばれた、背の低い方(といっても彼ほどではないが)の男が彼に言った。


「一応悪路には慣れているつもりなので、大丈夫ですよ」

「大丈夫、って言っているけど、どこまで大丈夫なんだか」


 もう一人の男(ギルド長の話から判断するに、セロという名前なのだろう)が軽口を叩くように言った。


「自分の身は自分で守る、くらいは」

「へーぇ。ま、極力当てにしない方針でいこうか」

「そうっすね、こんなちびっ子がまともに戦えるわけ……」


「下がって!」


 叫ぶや否や、彼は身体強化の魔法を使って二人の男の前の方に飛び出した。右側のホルスターから引き抜いた魔法銃を構えつつ、ダートの前に右から回り込んだ彼は、奥の茂みにの中に向けて三発放った。

 彼の撃った弾は、セロの真ん前スレスレを通って、茂みの方へ入っていった。

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