第4話

「しかし、1階が全て食堂だったのですか、初めて来るときは少しびっくりしますね」


 彼は、出された水を口に含んでから周りを見回した。


「そうだね、初めて来る人は大抵あそこでどうしていいか分からずにぐるぐる回っていたりするものね。たいていは食べ物の匂いにつられてこっちに来るんだけど……」

「それ以外は?」

「2階に上がってから、客室しかないのを見てすぐに降りて来る」


 彼は、頷いてから少し考えて、怪訝けげんな顔をした。


「それでは、宿の受付はどちらに?」

「そこのカウンターでやってるよ、料理の会計と一緒にね。今は母さんは厨房にいるから、手が空いたときにでも話をしておくよ」


 彼は、コップを片手に再び奥の方を見やった。酔っぱらい達の会話は、入った時よりも盛り上がりを増していた。


 注文を済ませてから椅子でくつろぐと、長旅のせいからか途端に眠気が襲ってくる。流石に悪いのでは、とエーデの方を見やると、彼が睡魔と戦う様子を楽しそうに眺めていた。

 不服そうに彼が頬を膨らますと、厨房の方から叫び声か聞こえた。


「エーデ、出来たわよ、早く持っていきなさい」

「あっ、いま行く!」


 エーデは、厨房へと走っていった。それを見届けて、彼は眠い目を擦りながら壁で揺らめく松明の炎を眺めていた。これは火属性魔法かな、とでも考えながら。



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 空席もなくなるほど客が入り、例の酒飲みらも勝手に歌い出した頃に、エーデは、二人分の料理を持って戻ってきた。


「後はなんとかなるって、母さんが言ってた」

「お疲れ様です。いつもお手伝いをしているのですか?」


 そう言うと、彼はスプーンを手に取り、汁物を口に運ぶ。


「まあね。働かないものには食わせない、って母さんがうるさいから」


 エーデは、苦笑いしながらグラスに酒を注ぐ。そして、グイッと一気に飲み干した。



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「しかし、大変ですね、こことギルドを掛け持ち、というのは」


 食事も進み、エーデの酒が2杯目に突入したところで。彼は気になっていた話題に話を振ってみた。


「仕方ないよ。そうするしかなかったんだもん」


 赤く腫れた目で、エーデは呟く。


「3週間前までは、私のじいちゃんがギルドの方をやっていたんだけどね、バーンウルフにやられちゃってね」


 彼の、コップを掴もうとした手が止まった。


「……はぁ。まあ幸い死にはしなかったけどね。今は医術師に付き添われながら療養中。酷い火傷をしたらしくてね。本人曰く、若い頃は大剣を持って旅をするポーターだったらしいんだけど、あの一件があってからかなり弱っちゃって」

「それで今、ギルドマスターの仕事を引き継いだ、と」

「正確には代理。いつでも戻って来れるようにって」


 エーデは、彼をじっと見つめた。

「だから、絶対群れの中に飛び込むようなことはしちゃダメだよ。お姉さんとの約束」


 言い切って、溜め息をついてからエーデは机に突っ伏して、寝てしまった。

 彼は、寝息が聞こえるほどに静かになった店内を見回す。そして、再び彼はコップに手を伸ばした。



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「……うちの子がすまないねぇ」

「いえ、お気になさらず」


 客のいなくなった食堂で、彼はカウンター越しにエーデの母と話をしていた。


「お祖父じいさん、いや、エーデさんにとってのお祖父さんだから……」

「うちの父のことかい?」


 頭を抱えて悩む彼を見て、エーデの母は彼は何を訊きたいのか理解した様子で言った。


「ええと、バーンウルフに火傷を負わされた、というのは…」

「ああ、父のことだね。エーデから聞いたのかい?」


 彼は頷いて、話の続きを待った。


「城壁の外の方に行ったときにやられちまったらしくてね、たまたま通りかかった冒険者に助けてもらったから、手遅れにはならなかったけど。まあ、全身に火傷を負っちまったからね、今も医術師が付きっきりでやってるよ」

「回復魔法を、ですか?」

「いや、相当危ない状態らしくてね、もうすぐ1週間が経とうというのに、いまだに蘇生魔法だよ。あれも大変らしいねぇ、1時間くらい使うと大抵ぶっ倒れているものねぇ」

「そうですね、僕も5分ちょっとしか使えませんね」


 まぁ、数年前にやらされた時のことですけどね、と彼は苦笑いしながら付け足した。


「それにしても、最近はバーンウルフが多いから、気を付けるんだよ」


 そう言って、エーデの母は天井を見上げる。区切りをつけるように一つ溜め息をつくと、彼をカウンター越しに見下ろした。


「そんで、お前さんはここに泊まるんだっけか?」

「はい、一応2泊3日を予定しています」

「名前は?」

「アルザ、と言います」

「ほう、若いのに立派に受け答えするもんだね」

「……慣れ、でしょうか」

「うちの娘が褒めていたよ、しっかりしたちびっ子が来たって」


 チビで結構、と言いながら彼は口を尖らせる彼を見て、エーデの母は腹を抱えて笑いだした。


「ああ、すまない、すまない。あいつにもよく言って聞かせるから。まぁ私からしてみたら、あいつもお前さんもただのちびっ子だ。まだまだ経験を積んで大きくなるよ」


 そう言って、エーデの母は、裏から鍵を取り出して彼に渡した。


「2階の二番目の部屋だよ、悪くはない部屋のはずだから」


 彼は、鍵を受け取ると、会釈して食堂の出口の扉を開けた。


「そういや名乗ってなかったね、アグネス、だよ」


 彼は扉を小さな背中で押さえながら軽く一礼する。そして、食堂を後にした。



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 鍵を差して傾けて、ガチャリと音がしてから戻して、ゆっくりと引き戻す。扉をゆっくりと押した彼は、内装も気にせずベットの方へ向かった。

 ショルダーバッグをベットの側の椅子に置き、コートを背もたれに掛けて、ガンベルトをベットの上に置いてから、彼はベットに腰かけた。


「今日は何だかんだでこの銃にお世話になったな」


 そう言いながら、彼は右側につけていた銃を手に取った。魔法石が起動していないことを確認した彼は、銃口を覗き込み、手慣れた手つきで手入れを始めた。

 銃口内部の汚れを、銃身内部に張り巡らされた魔法陣を傷つけないように取り除く。


「煤が溜まると、暴発してしまうんだっけ」


 中を見終わった彼は周りを一通り拭いてから、その銃を戻して、もう一つの銃を取り出した。


「今回は使わずに済んだね、っと」


 中を覗き込み、少しだけ中を拭いてから、先程と同じ様に周りの汚れを取り、ホルスターに戻す。ガンベルトを外して枕元の小さな机に置いた彼は、靴を脱ぎ捨ててベットに飛び込んだ。


──今日も一日色々あったな。


 呟くと、彼は枕元にあるライトをを制御する魔法石に手を伸ばした。

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