第一章 デュッケルク

第1話

 世界が1つの魔方陣なら、僕はその一文字に過ぎない。もしかしたら、文字ですらなく、ただのひとつの点に過ぎないかもしれない。

 それでも、自分はこの世界にいる意味があると言うことができるのだろうか──。


 少年、アルザは、疲れた目で空を見上げる。

 寄りかかった木から広がる濃緑色のうりょくしょくの空は、一際小さな彼を覆うように広がっていた。


「もう、次の街へいかないと……」


 溜め息をつくようにそっと呟くと、疲れた様子で立ち上がる。

 彼にとっては少し大きめのコートの端が、ふわり、と揺れて、彼の膝の少し上までを隠した。


 彼は、ポーターとして旅をしている。ポーターと言っても、別にホテルで働いているわけではない。言い換えるなら、「運び屋」という言葉が適切だろう。

 この世界において旅をする上で、最も恐れられるのは魔獣である。ポーターの仕事は、敵意を持つ魔獣から荷物を守り、送り届けるのが仕事だ。

 そしてまた、荷物を届けるという仕事上、盗賊から身を守る必要が出てくる。

 そのような状況で自衛手段なく移動できるはずなどなく──、


『ウグァァァァァァア!』

「……バーンウルフか」



──彼は、右側のホルスターから魔法銃を引き抜いた。


「ガード!」


叫ぶと同時に半透明のシールドが彼の目の前を覆い、バーンウルフの炎を防ぐ。そして──、


「ブースト!」


 身体強化の魔法をかけ、彼は一気に加速した。

 シールドの防御範囲を飛び出した彼は、バーンウルフの視界から外れるように回り込み、森の中に息を潜める。魔法銃を両手で握るように構えた彼は、バーンウルフの姿を照門の中に押し込む。

 そして、獲物を探そうと辺りを見渡すバーンウルフが彼の方を振り向いた瞬間を狙い、彼は引金を押し込んだ。


 彼の銃から放たれた火属性弾は、木々の隙間を縫うようにして抜け、そしてバーンウルフの額辺りに命中した。人間で言う眉間を撃ち抜かれたバーンウルフは、苦しみのあまり地の裂けるような雄叫びを上げ、そして絶命した。

 それを見届けて、彼は倒れるように座り込んだ。


「はぁ、はぁ……、一体にしては、魔力を使い過ぎてる……、次の街についたら、少し休憩を取らないと……ッ」


 バーンウルフの死骸を回収すると、匂いを嗅ぎつけた魔獣が襲ってくるのを恐れた彼は休憩なしに次の国、デュッケルクに向かって歩き始めた。



─────────────────



「あの……、もう一度言っていただいてもいいでしょうか?」


 デュッケルクに着き、少し休憩を取ってから。魔獣の引き渡しのため、彼は冒険者ギルドに足を運んでいた。


「はい、バーンウルフの換金をお願いしたいのですが」

「ええと、あなた、ポーターですよね?」


 受付にいた職員が、驚いた様子で彼を問い質す。彼は、やれやれといった様子で苦い顔をした。


「……僕以外にもこのような方はいらっしゃると思うのですが」

「いや、相当なレアケースですよ、普通逃げますって。たまに狩って来る人がいますが、ましてあなたのような小さい子…」


 小さい子、という言葉が聞こえた途端、彼は頬を膨らませて受付の人を睨みつける。職員は慌てて言い直そうとするも、遅かった。


「ポーターになって二か月くらいしかないことは認めます。確かに初心者であることは認めますが、チビではありません、訂正してください!」


 彼は、つま先立ちして腕を受付のカウンターに乗せながら、目の前の職員を怒鳴りつける。


「……それとも、僕みたいなポーターが換金に来ることが問題なのでしょうかっ!」


 受付の人は、まくし立てるように言う彼の目を見てから、諦めたように深い溜め息をついた。


「わかりました。それでそのバーンウルフはどこですか?」


 彼は、満足した様子で頷いて、ショルダーバッグを指差す。


「はぁ、そういえばポーターでしたね……」


 受付の職員は、呆れたような声で言うと、諦めたように苦笑いした。


「それでは、裏へご案内します」


 彼は、職員に続いてカウンターの裏へと入っていく。

 周りにいた冒険者らは、職員に同情するような目でその様子を見守っていた。

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