7-3 彰の夢

「転校? するわけないでしょ。そもそも僕はこの人を父親だと認めてないし」


 彰は心底嫌そうな顔をして響さんを睨み付けた。響さんは分かりやすくショックを受けた顔をしたが仕方ないと思ったのか何も言わない。


「彰くんの学力を考えたら悪い話ではないでしょう。血がつながっているとはいえ、今まで接点のなかった人が急に父親風吹かせてしゃしゃり出てくるのが不快なのは分かるけれど」


 千鳥屋先輩が響さんを擁護しているような空気を出しながら容赦なく急所を突き刺した。響さんはお腹を思いっきり殴られたみたいな顔をする。リンさんがあわあわしながら響さんの背をなで、お狐様と子狐様はそんなリンさんを見てそろって顔をしかめた。


「彰くんはもっと出来る子よ。こんなところで終わっていい子じゃないわ」


 千鳥屋先輩の言葉に彰は肩をすくめた。


「たしかに現状は窮屈だよ。突出しすぎたら釘を刺される。目立ちすぎて血縁がバレたら面倒くさい。でもさ、それは羽澤と名乗っても一緒じゃない? 羽澤彰って名乗ったら、皆僕の出自を面白おかしく噂するんだ。それに羽澤の人間は僕を受け入れない。だって僕は双子の下じゃなくて、上なんだから」

「そんなことはさせ……」

「させないほどの力があったら、トキアは生きてたし、僕は羽澤から出なかった」


 響さんの言葉を遮って彰は告げた。それは響さんにとっては傷口をえぐるような言葉だ。それでも響さんは眉を寄せるだけで何も言わなかった。言い訳をする権利もないと思っている潔い態度を見て彰は困った様子で眉を寄せる。おそらく、言い訳してくれたら思いっきり罵ったのにと残念に思っている。後悔している相手に追い打ちをかけられるほど彰は悪人にはなれない。

 

「僕はもう家に振り回されるのは嫌だよ。羽澤なんて名前いらない。僕は佐藤でいい。母さんと、おまけで叔父さんと同じ名字でいい」


 彰の返答に響さんは眉を下げる。悲しげではあるが仕方ないと納得した表情を見て、この人は本当に良い人なのだと私は思った。響さんの地位があれば無理矢理彰を転校させることだって出来る。私たちの学校は羽澤家の支援で成り立っているのだから、響さんが理事長に命令することは簡単だ。

 それでも響さんは彰の気持ちを優先する。こういう自分よりも他人の気持ちを優先するところは彰の父親だと思う。本当に嫌なところばかり似る家族だ。


「わかった。ただ、困ったことがあったら何でもいって欲しい。何でも協力する」

「うん。遠慮なく使う」


 迷いなく答えた彰に対して響さんは笑みを浮かべた。そこは遠慮する所だと思うのだが、響さんとしてはどんな形であれ息子に頼られることは嬉しいことらしい。いい人すぎて心配になってきた。


「私との契約はどうするんだ?」


 話が一区切り着いたのを見計らってお狐様が響を見つめた。お狐様と子狐様がこの場にいたのは契約についての話し合いを済ませてしまうためらしい。私たちを呼んだのは後でまとめて説明するのが面倒だったからだろう。

 彰らしいと内心苦笑いしていると彰がお狐様と向き直った。


「契約だけど、響じゃなくて僕としてくれない?」

 その場にいる全員が目を見開いた。それに気づいても彰はひるまず話し続ける。


「お狐様は十歳以下の子供がこの山にたくさん訪れるようにして欲しいんだよね」


 詳しい話を聞いていなかったらしい響さんが「十歳以下?」と目を丸くして呟いている。子狐様がしょっぱい顔をした。


「その条件を達成するにはさ、このままじゃ難しいと思うんだ。小さい子を山奥の学校に通わせたいって親はいない」

「では私との契約を破棄するというのか?」


 お狐様の表情が険しくなる。心なしか着物や髪が不自然に持ち上がり、怒りのオーラが全身から噴き出した。青い顔をする周囲に反して彰は冷静だ。


「破棄はしない。ただ時間を貰いたい。数年待ってくれたら僕がこの山を整備して、子供がたくさん集まる学校を建てる」

「彰くんが?」


 思わず声をあげると私と目を合わせた彰が笑った。それは初めてみる、子供みたいな無邪気な顔。響さんとそっくりな表情に私は目を奪われる。


「そう! 僕がここに子供たちの秘密基地を作る! 僕みたいな訳ありの子でも気にせず通えて隠れられる秘密基地! 大人になるまで護ってもらえる、安心して過ごせる砦! 僕が佐藤彰として生きられる場所を僕が作る!」


 彰は幼い子供みたいに目を輝かせてそういった。

 私は学校の作り方なんて分からない。彰のいう秘密基地がどういうものなのかも分からない。それでも彰の夢は理解できた。彰は自分の居場所が欲しい。羽澤という名前に振り回されずに佐藤彰として居られる場所が欲しい。そして自分と同じような境遇の子たちも救いたい。自分だけでなく他人のことも助けたいと思っているのがなんとも彰らしい。


「僕は一生隠れて生きなきゃいけないんだって思ってた。僕が僕らしく生きるといろんな人に迷惑がかかると思ってた」

 彰は懐かしそうな顔で笑う。


「でも、ナナちゃんとカナちゃんと出会って、一緒にいろんな事件を解決して、僕らしく生きても大丈夫なのかなって思うようになった。僕がいるせいで皆が不幸になるって思うより、僕が皆を幸せにするって考えた方が楽しいって!」


 世界の秘密を見つけたみたいに彰は楽しげに語る。


「僕は僕の人生を生きてもいいんだって思えた。トキアの代わりじゃなくて、羽澤家の呪われた子じゃなくて、佐藤彰として好きなことをして、自由に生きて良いんだって」

「もちろんだよ!」


 私は思わず彰の両手をつかんでいた。驚きで見開かれる青い瞳が嬉しそうに細められるのを見ていたら、なんだか泣いてしまいそうになる。


「私、協力するから! 彰くんの夢が叶えられるように!」


 私と同じように彰の手をとった香奈は半泣きだった。彰は「なんで泣くの」と困った顔をしたがこんなことを言われて泣かずにいられるはずがない。

 私は空を見上げてトキアの姿を探した。響さんがいるからと姿をくらましているが、トキアもどこかで見ていることだろう。いや、見ていなかったら許さない。彰がやっと自分自身の人生を歩もうとし始めたこの瞬間を見ていなかったら、一生文句を言ってやる。


「ナナちゃんも協力してくれるよね?」

 いたずらっ子のように笑った彰に対して私は満面の笑みで答えた。それに対する私の答えは決まっている。


「しょうがないから、付き合ってあげるよ。彰くんは友達だから!」


 照れで多少上からになったが彰には十分伝わったようだ。千鳥屋先輩と小野先輩も「協力する」と口々に言い、助けられた恩もあるのかお狐様もすんなり彰の提案を受け入れた。

 響さんと子狐様は微笑ましそうに、リンさんは泣き出しそうな顔で彰を見つめている。

 みんな彰の未来を祝福していた。そこにはもう、家の事情で存在すら隠されていた可哀想な子供の姿はなく、未来を夢見る普通の子供が笑っていた。

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