エピローグ

7-1 後片付け

 その後、すんなり事が収まったかというとそんなことはなかった。有毒ガスが発生したという大嘘のおかげで生徒と教員、集まっていた人たちは無事に避難出来たが、その後が大騒ぎ。学校は安全確認と調査のためしばらく休校になり、寮も休館。山は立ち入り禁止。寮生は帰れるものは地元に帰り、帰る目処が立たないものは響さんの計らいでホテルに泊まることになった。

 そのホテルというのがさらっと高級ホテルで、羽澤家ってほんとにすごいんだなと私は実感することとなった。


 ちなみに彰は山の麓に百合先生と暮らす家があるのでホテルは秒で断った。その時の響さんの捨てられた犬みたいな顔が忘れられない。


 その後、発生していない有毒ガスを調査するために調査隊がが派遣されることとなり、どう誤魔化すのだろうと私は焦ったが、こちらの心配をよそにあっさり調査は終了した。

 というか派遣されてきた調査隊が偽物だったのだ。特視の方々が根回し済みで、それっぽい人たちがそれっぽい装備で山に入ったが、祠の周辺に到着して行ったことは外レ者による被害状況の確認。つまり有毒ガスの調査ではなく外レ者の調査であった。私も現場に居合わせた人間として聞き取り調査をされ、よく生き残ったなと感心されたうえで「特視入らない?」と勧誘された。入るわけがない。


 そんな感じで外レ者の調査を終えた彼らは地元のマスコミにコメントを求められるといかにも専門家みたいな真面目くさった顔をし、大嘘をついて帰って行ったのである。

 社会不信になりそうだ。


 学校があり、住宅街に近い山から危険なガスが発生したというのは大事だと思うのだが不思議と地元以外には広まらなかった。不思議というか、確実に特視が根回ししている。公民館みたいなところに住んでるわりにやることが全国規模で恐ろしい。

 お世話になるのは今回が最初で最後になるといいなと私は思ったが、彰と関わる以上、今後もちょくちょくお世話になる気がした。仕方ないので諦めることにする。

 

 深里が封印された場所はお狐様、子狐様によりさらに厳重に封印が施され、どこからか持ってこられた、それっぽい大きな石が置かれた。しめ縄なんかも用意されて仰々しい雰囲気になり、事情を知らない人からすればすごい神様が祭られているみたいに見える。本当のところはサイコパス系ヤンデレが封印されているので近づくだけでも危険と、特定の人間しか近づけない迷いの術をかけたとお狐様が言っていた。初対面の印象は子狐様をいびるしショタコンだしで最悪だったが、さすが長年生きた妖狐。芸達者である。

 

 響さんはあれだけ嫌がらせされていたのに関わらず、深里が封印されたという顛末を聞くと悲しげに下を向き、深里のために花を買ってきた。あまりにもいい人過ぎて私にはまぶしく見えたが、この清らかさが深里には毒だったのだろう。お狐様にとって深里が毒だったように、深里にとっては響さんが毒だったのだ。その点は少し深里に同情する。響さんが弟として生まれなければ、あそこまで精神が歪むことはなかった……。

 いや、結局どこかで歪んだ気がするのでやはり同情しない。永遠に土の中で安らかに眠ってくれ。一生出てくんな。


 こんな感じで山で起こった出来事は淡々と処理された。センジュカが特視の方々に囲まれてお説教されたが、全く反省せずに見張りをつけられることになったり、響さんと百合先生が神妙な顔で何かを話していたり。マーゴさんの特殊空間を突き破っていたらしい火柱を結構な人数が目撃しており、日下先輩や小林先生に何があったのかと問い詰められたり。細かなエピソードは色々あったが、それもなんとか落ち着いた。

 

 事件から数日たった今、私と香奈と千鳥屋先輩は響さんが用意してくれた高校生に与えるにしては豪華すぎるホテルの一室であの日のことを報告しあいつつ、スナック菓子を食べてダラダラしている。

 高級ホテルとスナック菓子ってミスマッチすぎてなんかヤバい。背徳の味がする。


「千鳥屋先輩は帰って来いって言われなかったんですか?」


 お嬢様らしい上品な黒いネグリジェを身につけた千鳥屋先輩に私は問う。私はTシャツに短パン、香奈は可愛らしい桃色のパジャマでお疲れ様会を兼ねたパジャマパーティー開催中だ。学校が休みのため昼間から出来るのがなんとも贅沢。


「良い機会だから地元の学校に転校しろって言われたけど断ったわ」


 何でもないことのように千鳥屋先輩は言ったが、私はむせそうになった。大事に発展している。

 だが、親から転校を進められている生徒は千鳥屋先輩だけじゃない。私と香奈も事件を聞いた両親から安否確認と共に地元に戻って来ない? とお伺いを立てられた。いくら危険性はないと言っても、一度有毒ガスが発生したという噂を流してしまったのだ。噂の効力について私たちはよく知っている。落ち着くにはまだ時間がかかるだろう。


「もうちょっと上手いやり方があったのかもしれませんね」


 ポテトチップスを口に運びながら私は眉を寄せた。あのときはそれしか思いつかなかったが、もっと頭をひねれば何か思いついたかもしれない。


「あの状況では最善だと思うわよ。七海ちゃんの話を聞くところ、深里は一度逃げてるし、学校にたどり着いてたら手当たり次第に殺されていたかも」


 千鳥屋先輩の眉間に皺がより、香奈の顔が青くなる。それは最悪な事態であり、あり得た未来だ。深里が学校にたどり着き、そこに人間が残っていたら、腹いせに殺して回ったに違いない。


「子狐様のファインプレーに助けられました。足向けて寝られない」


 子狐様がいる祠の方角に向かって私は手を合わせた。今もお狐様と一緒に特視の面々と今後の対策を練っていると思われる。封印というのはかけたら終わりではなく定期的なチェックが必要ということで、お狐様と子狐様が寝ている間に忘れられた事も含めて念入りに、何十、何百と続く体制を整えるのだと聞いた。


「子狐様が深里が迷うように術をかけてくれたんだよね」


 さっきまで青い顔をしていた香奈の表情が明るい。最近は控えめであったがオカルト好きは健在だ。私もこういった特殊能力に関しては興味がある。お狐様と子狐様は他の外レ者に比べて出来ることが多い。元が妖狐であり神に祭られたというのが大きいのだろうか。


「お狐様が封印の準備をしている間に逃げられたら困ると思って、あの時森にいた人間が出られないようにしたんだって」


 山はお狐様たちの領域だ。祠の周辺は特に。お狐様と子狐様、両方を敵に回した時点で深里は詰みだったようだ。

 大鷲さん、クティさんが合流してからは遠視の力と選択を見る力の両方で深里の位置、次の行動を読むことが出来たし、思いのほかこちらの戦力は強かった。


「子狐様とお狐様には改めてお礼にいかなくてはいけないわね。お狐様もいなり寿司好きなのかしら?」

「着物も喜ぶかも。お狐様の着物ボロボロになっちゃったし」


 事件後に会った時、お狐様は別の着物に着替えていたが一段グレードが下がったように見えた。着ていた赤色の着物がお気に入りであったことはわざわざ聞かなくても分かる。神様だし子狐様のお茶のようにどこからか仕入れてくるのかもしれないが、助けていただいた事だし貢ぎ物として納めるのもありだろう。

 千鳥屋先輩の目がキラリと光る。さすが呉服屋の娘である。着物に関しては千鳥屋先輩に任せておけば問題ないだろう。


「それにしても、深里と鬼ごっこなんて、聞いた時には肝が冷えたわ」


 話が一段落ついた所で千鳥屋先輩がため息交じりにそう言った。無言で香奈が私の腕を握りしめてくる。視線を向けなくても突き刺さる圧で千鳥屋先輩に同意しているのが伝わってきた。私は冷や汗を流しながらボソボソと話す。


「いやでも、あのときはそれしか思いつかなくて……」

「成功したからいいものの、成功しなかったらどうするつもりだったの。クティさんの能力で成功するって分かってたにしても一か八かすぎるわ」


 千鳥屋先輩は珍しくお説教モードだし香奈は私の腕をつかんで放さない。いつになく不機嫌というか剣呑な視線は香奈が本気で怒っていることを伝えてくる。それが心配からの行動だと分かっているので私は甘んじて受け入れた。

 一度でも転んだり、少しでも足を緩めたら死ぬぞとクティさんに念を押されていたことを黙っておこう。口にだしたらしばらくどころか一生許してもらえなさそうだ。


「七海ちゃんのおかげで誰も死ぬことなく、解決したのよね。ありがとう」


 香奈からの突き刺さる視線に耐えていると、急に千鳥屋先輩が柔らかい声を出す。驚いて顔を向ければ声と同じく柔らかな顔で笑っていた。元が整っているだけあって威力がすごい。普段は結っている髪をおろし、オッドアイがさらされているのも含めて神々しい。美形の圧には彰で慣れたと思っていたがまだまだだったようだ。


「でも、無茶はやめてね」

「……私ももうこりごりです」


 最後に念押しとばかりに笑顔で微笑まれて私は両手を上にあげた。私だって二回目は勘弁願いたい。今回だってギリギリだったのだ。次、無事に自分が生き残れるかなんて分からない。九死に一生を得る経験なんて一度で十分だ。


 話が一段落しまったりした空気が流れる。山を護るべく駆け回ったのだ。学校が始まるまでの間のんびりしたところで罰は当たるまい。そう思った私はふかふかのベッドにダイブし、昼間から惰眠をむさぼることにした。深里と即死鬼ごっこをした後は体が限界で死んだように眠ったが数日たった今も完全回復とは言いがたい。千鳥屋先輩と香奈も知っているので私が昼間からゴロゴロしていても止めはしないだろう。


 だが、このまま寝てしまおうとする私を止めるものがいた。便利故にプライベートな時間まで浸食しがちな携帯電話である。メールを告げる音に私は眉をよせ、無視してやろうかと思ったが緊急の連絡だと困る。仕方なしに携帯を取りにベッドを降りた私とはテーブルの上に置きっぱなしになっていた携帯を開いた。


「彰からだ」


 私のつぶやきに香奈と千鳥屋先輩の視線が集まる。深里の封印後、疲労で動けなくなっていた私とは違い信じられない体力で後始末に奮闘していたのが彰だ。無視するには心が痛むし、響さんとの関係やお狐様との契約がどうなったのかも気になる。

 メール画面を開いた私にシンプルな文面が飛び込んでくる。彰らしすぎて笑ってしまう。だからこそ日常に帰ってきたと実感して私は安堵した。

 興味津々でこちらを見ている香奈と千鳥屋先輩にメール画面を見せながら私は笑う。


「狐の祠に集合だって」

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