6-14 最善

「後はこちらでどうにかするから、君たちは響とリンさんと合流してくれ」

 私と彰の会話が一区切りついたのを確認して緒方さんがスーツの胸ポケットから携帯を取り出した。


「こんな中途半端なところで手を引けって? 喧嘩売られたの僕なんだけど」

 彰が不満そうな顔をするが緒方さんは真剣な顔で彰を見返した。


「双月とセンジュカは羽澤深里を始末するつもりだ。あの能力は放っておくには危険すぎる。そんな現場を君たちに見せるわけにはいかない」


 始末と言葉を濁したが要するに殺すということだ。悪逆非道に見せかけて人に優しい彰は深里とはいえ殺すという選択に怖じ気付いたようで言葉を詰まらせる。それを眺める私も殺すという物騒極まりない言葉に恐怖を感じていた。人の生き死になんて私の肩には重すぎる。

 そんな私たちの反応から気持ちを察したらしい緒方さんは柔らかい表情を浮かべた。


「君たちには十分協力してもらった。これ以上は関わらなくて良い。面倒くさいことは大人に任せて、普通の高校生として生きていけば良い」


 そういって緒方さんは彰の肩を軽く叩く。彰は納得はいかないが言いたいことは分かるという複雑極まりない顔で下を向き唇を噛みしめた。そんな彰を見ながら私は思う。緒方さんは本気で彰に普通の高校生として生きて欲しいと思っているのだろう。それは優しい眼差しや柔らかい声から想像がつく。響さんと親しいようだし、響さんの知り合い、特視の職員という両方の立場から彰の身を案じてくれていたのだろう。


 だけど、彰は本当に普通の高校生として生きられるのだろうか。そんな疑問が私の頭から離れない。緒方さんのいう普通とは何だろう。目立つことなく、集団に紛れろということだろうか。そんなことが彰に出来るとは私にはとても思えない。だって彰は黙っていても人の目を惹きつけてしまう。深里の件が解決したって、深里のような意味不明な奴がまた現れないとは断言できない。いくら隠れたって彰が羽澤家の生まれで響さんの息子であることも変わらない。

 彰にとって普通とは、幸せとはどうすれば手に入るのだろう。


「終わった空気を出しているが、まだだぞ」


 疲れの滲んだ、けれど意志のハッキリしたお狐様の声が聞こえて私たちは勢いよくそちらに顔を向けた。見れば上半身を起こしたお狐様が眉間にシワをよせながらこちらを睨み付けている。機嫌が悪いというよりは痛みに耐えているような表情を見て本調子ではないことが分かる。高そうな着物は至るところが避け、肩口には包帯代わりの彰のYシャツが巻かれていた。豪快に着物をはだけさせたことで豊満な胸や肌が見えたが色気よりも病人特有の痛々しさが目立つ。

 その体を子狐様が支えていた。話せるまでに回復したことで多少落ち着いたようだが心配の色が濃い。


「どういうことですか?」

「アイツが殺したくらいで死ぬか分からないという問題がある」


 お狐様の言葉に私たちは目をむいた。死んだら終わりじゃないのかと口に出しかけたところで死んでから第二の人生をエンジョイしている幽霊の存在を思い出す。


「羽澤の人間は生まれつき我ら側に近い。そのうえで奴は小さい頃から呪詛を溜め込んでいたと思われる。我ら側に変わってからも大量の呪詛を取り込んだはずだ」


 殺された集落の人間は深里を恨んだに違いない。しかし深里には呪詛の耐性がある。外レた結果、呪詛を取り込む力すら手に入れていたとしたら人に呪われれば呪われるほど、深里は成長してしまうとんでもない化物に変化してしまったわけだ。


「人間の体には容量がある。我ら側に変化していたとしてもアイツはまだ変化したての子供のようなもの。容量はそれほど多くないはずだ。逆にいえば成長しようにも体が邪魔をして成長を妨げられている」

「つまり、体という枷がなくなったら……」

「今以上に厄介な存在になるかもしれない」


 真剣なお狐様の眼差しに私は青ざめた。


「殺しちゃダメだって双月さんたちを止めないと!」

「だが、殺さずに見逃すわけには……!

「当たり前だ! あんな危険な存在、そこら辺に放し飼いにされていたらおちおち寝れん!」


 パニクる私と緒方さんを一喝するとお狐様はふぅと息を吐き出した。それは自分自身を落ち着かせようとしているようだ。


「そこの、大鷲は顕在か?」

 お狐様の問いに緒方さんは頷いた。


「ではアイツと連絡をとって私がこれから向かう場所に奴を誘導してもらうように協力させろ」

 お狐様はそういって立ち上がると森の奥の方へと進んでいく。未だふらつく体を子狐様が真剣な顔で支えていた。


「準備に少々時間がかかるから、すぐには連れてくるなよ」


 無茶苦茶な要求に緒方さんが固まる。それから慌てて大鷲さんに向かって電話し始めた。電話の向こうから「はぁ!?」という声が聞こえたから大鷲さんも緒方さんと同じ気持ちらしい。気持ちは分かる。


 それでもやらなければいけない。このまま深里を逃すことは出来ない。となれば、何をしようとしているか分からないが、お狐様の案に乗るほか私たちに選択肢はないのだ。

 といっても、計画には不安が残る。深里を追ったのは双月とセンジュカ、トキアで今どこにいるか分からない。ここまで来たらセンジュカも人ごとではないから協力してくれるだろうし、双月とセンジュカには連絡手段がある。問題はトキアだ。トキアがいた方が心強いが、あいにく連絡手段がない。大鷲さんの遠視は万能ではないと言っていたから、一人で動き回る複数人を探すとなれば大変だろう。


 もう少し保険が欲しい。この作戦は絶対に失敗出来ない。成功率をあげるなにかが……。

 そう思ったところで私は便利な二人を思い出した。


「緒方さん、クティさんとマーゴさんと連絡とれますか!」


 私の声に緒方さんと彰がその手があったかという反応をする。クティさんは特視を理由に手を引いたが、今は特視が全面協力だ。そのうえ深里が野放しの状況はクティさんにとっても人ごとではない。むしろ能力の希少性からして今後狙われる可能性が大きい。


「だが、クティの力が深里に効くか……」

「それは問題ありません。見るのは深里の分岐じゃなくて私の分岐です」


 私の発言に緒方さんと彰はそろって目を丸くした。何をいっているんだという顔をされるが私が必死に考えた結論である。彰ほど頭がよくなくたって、私にだって考えることぐらい出来る。


「クティさんの能力って対象を見ないとダメですよね? クティさんの力が深里に有効だったとしても、そもそも深里がどこにいるか分からないんじゃ意味がない。だったら確実に見えて、深里や双月さんと接触する分岐がありそうな相手、つまり私の分岐を見れば良い」

「いや、ナナちゃんの分岐にそんな都合がいいものがあるか分からないし、そもそも危ないし!」

「このまま深里を放置したら危ないのは皆一緒。私もブラックリスト入りしたみたいだし」


 次があったら殺すという殺意を向けられたのだ、彰やお狐様を再び狙うより私の方が手軽。忘れた頃にサクッと殺されかねないので、この中で一番危険なのは実は私だったりする。だから殺される前に先手を打つ。お狐様が何をしようとしているかは分からないが、深里を殺すわけではないようだし。


「そう覚悟決めてても、分岐がなければ……」

「絶対ある」


 どうにか止めようとする彰に対して私は自信満々に腰に両手を置いた。なんでそこまでと彰が目を丸くする。緒方さんも同じような反応で私を見た。そんな二人の視線にちょっと良い気分になりながら私は告げる。


「クティさんいわく、私は常に最善を選んでいるから!」


 選択のプロがそういったのだ。私の最善は深里を捕まえ、誰も死なずに平和な日常に帰ること。そのために必要な選択肢は私の中に必ず存在する。そう私は確信を持っていた。

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