6-10 隠し球

「揃いも揃って、全く情けないよね! いい大人がさ!」


 彰が必要以上に大きな声を出して茂みから飛び出した。それだけで深里の意識が彰に向き、隙を伺っていた双月と子狐様の操る影の犬が深里に飛びかかる。今までは斧でなぎ払っていた深里が不意を突かれたのか影に噛みつかれ、鬱陶しそうに斧で切り伏せる。ギャンと悲鳴をあげて消えた影も一時撤退と距離を置いた双月も無視してギラギラした目を彰に向けた。


「そういう貴方は飛んで火に入るというやつですね。探す手間が省けて大変嬉しいです」


 予想はしていたが、ここにいる面子を片付けたら彰を探すつもりであったらしい。戦況不利のままだったら大惨事になるところだった。

 私は冷や汗を流しながら四つん這いになり、音を立てないようにそろそろと移動する。膝に石やら木が当たって痛いが文句を言っている場合でもない。こういうとき女子高生の装備はあまりにも心許ない。普段であればもうちょっと人目を気にするがここは森の中。見ていたとしてもトキアくらいだし、トキアは私のスカートの中身なんて一切興味ないだろうから無問題。今は女子力よりも生存力ということで彰が目立ってくれている間にさっさと距離を詰めようと思う。


 チラリと様子をうかがうと響さんとリンさんは「なんで戻ってきた」という顔をしていた。久しぶりの再会である響さんはともかくリンさんは彰の性格知ってるでしょ。人の命がかかってる状況で自分だけ逃げるなんて彰には無理。というわけで、リンさんは頑張って彰を護ってくれ。私は響さんと戦術的撤退するから。


「彰、何で戻ってきたんだ! 逃げなさい!」


 彰の元へ駆け寄ろうとする響さんを緒方さんが抑えている。緒方さんも彰に対して響さんと同じ非難の目を向けた。緒方さんは彰が人間離れしているというか、人間と外レ者の中間に立っていることを知っているだろうにそれでも不安なのか。

 いや、だからこそ不安なのかもしれない。どちらにもよらない中途半端な状態というのは逆に言えばどちらにも転ぶ。彰が深里のように外レてしまうこともありえるのだ。

 ゆっくり移動しながら考える。彰が人ではなくなる可能性。十分にありえるのだが、深里みたいにはならないだろうという謎の安心感がある。深里みたいになるくらいなら自分の舌かんで死ぬ奴だ。


「大人がふがいないから戻ってきてやったんだろうが! 逃げろとか見当違いなことを言う前に感謝しろ!」


 移動しているため姿は見えないが声だけで彰が胸を張っているのが想像出来た。一瞬、周囲が静まり返ったのを見るに全員唖然としているのだろう。気持ちは分かる。見た目とのギャップ激しいよね。

 そろりと木々の隙間から様子をうかがうと、予想通り自信満々な顔をしてふんぞり返る彰の姿。こういうときの彰は無敵だと私は知っている。ここ最近大人しかっただけに安心する。そのまま是非とも深里をぶん殴って欲しい。


「ガキのくせによく吠える」

「お前こそ、大人のくせに余裕ないね」


 バチバチと深里と彰の間に火花が散る。一歩も引かない彰にお狐様と双月が唖然としているし響さんはポカンと口を開けていた。まだ我が子に愛妻フィルターかけているらしい。奥さんの面影は見た目だけなので早く現実を受け入れてくれ。


「俺強いムーブしてるけどさ、誰にも致命傷与えられてないじゃん。センジュカとか見てよ、余裕だよ? そんな大きな斧振り回してるのにさあ、実はなまくらなの?」


 人をバカにした笑みを浮かべて鼻で笑う彰に深里の表情が消えた。分かる。あれは腹立つ。彰のムカつく言動を近くで見てきた私には深里の気持ちはよぉーく分かる。彰がわざと深里を煽ってるのも分かるが、効果絶大過ぎて大丈夫かと不安になってきた。怒りが攻撃力に変わるタイプだったら終わりじゃない?


「自分の立場をわきまえていないようですね。あなたはただの人間。無力な子供。なまくらな斧でも殺すのは十分だって分からないほど愚か者だとは思いませんでした」


 斧を構える深里に響さんが悲鳴染みた声で彰の名を呼ぶ。しかし彰は余裕の表情。それに苛立ったのか深里が彰に向かって距離を詰めた。先ほどとは明らかに違う本気の動き。深里が蹴った地面がえぐれ、あっという間に彰の元にたどり着く。一瞬、嫌な情景が浮かんで私は目を閉じそうになったが耐えた。ここで彰を信じずに何を信じるというのか。


「は?」


 信じられないという気の抜けた声をだしたのは深里だった。

 彰は深里が振りかぶった斧の柄をつかんでいる。刃先はさすがに危なくてつかめなかったのだろうが、相変わらずのでたらめ怪力だ。彰のことをよく知らないメンバーは目を丸くして固まっていたがリンさんと子狐様は苦笑。リンさんの場合はどこか悲しそうでもある。


「お前は人間のはずだろ?」

「あんただって羽澤の人間だから知ってるでしょ」


 彰はそのまま斧の柄を振り回す。斧と共に吹っ飛ばされそうになった深里は慌てて距離を取り、警戒した様子で彰の動向を見守った。斧の柄を握りつぶした彰は好戦的に笑う。


「双子の上は、だんだん人じゃなくなる呪いにかかってる。僕は呪われたでもあり、人間から変化したでもある」


 現状の彰はトキアにとって理想といえる。リンさんという人外に弄ばれたトキアはリンさんに負けない力を欲した。人間のままじゃ勝てないということを悟ったから、人の道から外れることを選んだ。


 意図的ではないにせよ彰にも強さを求めていたのだと思う。自分のように苦しまないように。人の身では立ち向かえない強者にねじ伏せられないように。人のためではなく、自分自身が生きるために立ち向かって欲しいという気持ちがあったに違いない。

 それは彰の望んだものではなかった。それでもトキアは与えたかったのだ。自分の生を諦めて死んでしまう兄が生き残る術を。それが呪いになってしまったとしても、生きている姿をトキアは見たかったのだ。

 身勝手な押しつけだ。だがそれが、今の彰を助けている。彰が他人を救うための力となっている。世の中どう転ぶか、本当に分からない。


「ほら、呆けてないで手伝って! 数ではこっちが有利なんだから、協力して完膚なきまでにボコボコのズタボロにして、二度と立ち上がれないように精神をへし折ってやらなくちゃ!」

「こわっ」


 双月が引いた顔をするが彰は気にもとめず、腕をぶんぶんと振り回した。ノリ的には体育の前の準備運動である。


「決めた。まずはお前からだ。ねじ伏せて頭から食ってやる!」

「出来るものならやってみなよ。高校生のガキに勝てない雑魚が」


 さすが彰、めちゃくちゃ挑発する。深里の顔が真顔なことからかなり苛立っているのが伝わってくる。今までだったら何か言い返しただろうに、無言で斧を彰に向かって横薙ぎする。彰はそれを軽々よけた。彰はパワータイプのわりに身軽なので深里からすればイラつくだろう。


「あらあら、小さな子供相手にピンチですわね。


 センジュカがそういった途端、深里の体が不自然に傾いた。それを見逃さずに彰が懐に入り込み、容赦なく腹をぶん殴る。遠目から見ても分かる重たい一撃に思わず私は自分のお腹をおさえた。


「クソババア! 呪詛使えるなら最初からやれ!」

 吹っ飛ばされた深里を見て双月が叫ぶ。センジュカは頬に手を当てながら優雅に微笑んだ。


「最初に言ったでしょう、呪詛耐性が高くて効かないと。苛立ったことでガードが緩んだので効いたのですよ。連発は出来ませんわ」


 態勢を立て直した深里が忌々しげにセンジュカを睨む。センジュカはそんな深里に対して余裕の表情でひらひらと手を振った。神経を逆なでしてるとしか思えない。


「何をした」

 深里の低い声に対してもセンジュカは余裕の表情を浮かべる。


「何もしておりませんわ。ただあなたの足がもつれて倒れたらいいなあと思って口にしただけです。そうしたら運悪く、その通りになってしまっただけですわ」


 センジュカはにこにこ笑っているが偶然なわけがない。センジュカによる能力によるものだろう。センジュカが口に出した通りに体が動くということで合っているのだろうか。なんだそのチート能力。センジュカが深里を見限ってこちら側についてくれて良かったと心底思う。


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