6-9 戦況不利

 祠の前に近づけば近づくほど音が大きくなる。怒声に刃物がぶつかる音に獣のうなり声。しまいには木が倒れる振動と、驚いた鳥たちが逃げる鳴き声や羽音まで聞こえてきて状況は悪化の一途をたどっていると見て良い。

 危険に気づいて学校にいる生徒が逃げてくれればいいが、音が気になってよってきてしまう可能性もある。早いところ響さんを連れだして避難させなければ犠牲者が出かねない。


「ナナちゃん、姿勢低くして」


 先を進んでいた彰が小声でそういって手招きする。言われたとおりできるだけ姿勢を低くして彰の隣まで移動すると茂みの隙間から祠の様子を見ることが出来た。葉のせいで見えにくいが文句を言っている場合でもない。


 深里を取り囲むようにしてお狐様、子狐様、双月、センジュカが立っている。お狐様と子狐様が呼び出したであろう影の獣たちもうなり声を上げながら深里の周辺をぐるぐると回っていた。すぐに飛びかからないのは斧を警戒してのことだろう。

 響さんのことは緒方さんとリンさんが庇っているが位置が悪い。今の場所から響さんの元まで行くには深里に気づかれないままぐるりと迂回しなければいけない。


 さらに様子をうかがうとお狐様、双月がかなり疲れていることが分かった。お狐様は高そうな着物がボロボロになっているし、双月に至っては片腕から血が流れている。子狐様は目立った外傷はないが肩で息をしていた。センジュカは険しい顔で深里を睨み付けているものの怪我はなく体力にも余裕がありそうだ。サポートに徹しているのかもしれない。

 

「折られたみたいだね」


 彰が顔をしかめて呟いた。彰の視線をたどれば双月の腕から生えた刃先が地面に突き刺さっている。斧でたたき折られたのだと察してゾッとする。あれは双月の体から生えたもの。つまりは体の一部だ。たたき折られて平気でいられるとは思えない。

 双月はそれでも気丈に深里を睨み付けている。一方深里の方は対した外傷もなく余裕の表情だ。


「リンのクソ野郎。なにしてんだ」

「たぶん……、響さんを護るので精一杯なんだよ」


 離れていてもリンさんの表情が険しいのが分かった。なんとか響さんを逃がそうとしているのだろうが、響さんが立っている付近の木は何かが突き刺さったようにえぐれている。何かと濁してみたが間違いなく斧だろう。


「あの斧、折れたりしないのかな」

「双月と同じ原理で出てくるなら折られてもすぐに復活するんじゃない」


 彰が忌々しげに呟いた。本当にチート能力である。能力の持ち主である山鬼も強かったのだろう。性格が優しいという美点が災いして深里みたいな血の涙もないゲス野郎に殺されてしまったと考えると怒りで血管が沸騰しそうだ。


「双月は体から生やすタイプだからダメージが直接体にいっちゃうみたいだけど、斧は召喚武器みたいなものみたいだから、本人の体力を削っていく方向で攻めるしかないのかも」

「マーゴさんの幽霊とかだったら簡単だったのに!」


 マーゴさんが食べられれば良かったと思っているのではない。あくまで能力の話である。幽霊相手にはチートだとしても人間には効かないマーゴさんの能力であれば深里を抑えつけるのは簡単だった。小枝みたいに大きな斧を振り回される現状じゃ近づくだけでも命がけだ。


「双月! 双月なら勝てる!」


 緒方さんが声を張る。エールを送るにしても必死な叫び声に双月のこわばっていた表情が少し緩んだ。血に濡れた腕を拭うといつの間にか血も止まっている。


「信頼した相手に名前を呼ばれるとパワーアップですか。厄介ですね」


 深里は斧を地面に突き立てたまま困った様子で眉を寄せる。嘘つけ。全然余裕じゃないかと言いたいところだが、深里の言葉が気になる。外レ者の能力は千差万別だと大鷲さんに聞いていたが名前を呼ばれるとパワーアップとはまた特殊だ。普通の人間らしい緒方さんが双月と一緒に現れたのは戦力強化の為だったらしい。


「となると、先にそちらの方から殺した方が早いでしょうか」

「いいぞ。こちらに背を向けるがいい。その体、私の影たちで八つ裂きにしてくれる」


 緒方さんに意識を向けた深里に対してお狐様が好戦的に笑う。子狐様も戦闘の意思をみせ、二人の頭から狐の耳、お尻から狐の尾が飛び出す。子狐様は五本だったがお狐様は九本。子狐様よりも大きく、艶のある尾がゆらゆらと揺れる。それと同時にお狐様を囲むように青白い炎がともり、影の犬たちがうなり声をあげた。


「攻撃が多彩でいいですね。斧を振り回すか投げるしか能がない私としては羨ましい」

「人の力を奪っておいて何をいう! 山鬼はお前のような俗物とは違う器の大きな男だった! 寝込みでも襲ったのだろう! 恥をしれ!」

「か弱い者が自分よりも強い存在に立ち向かうために手段は選んでいられない。あなただってそうでしょう。手段を選べないから羽澤と契約したのでしょう。自分だけならともかく、中途半端に人の血が混ざった娘を残して死ぬわけにはいきませんからね」


 お狐様の怒声を軽く受け流して深里は笑う。深里の発言に子狐様は目を見開いた。お狐様は忌々しげに舌打ちするものの否定はしない。その反応からみて、お狐様は子狐様のために羽澤と契約したという私の想像は当たっていたことになる。

 となるとお狐様、かなりわかりにくい。護られる立場の子狐様が驚いた顔でお狐様を凝視しているのが証拠だ。お狐様の子狐様を護ろうとする想いは一切伝わっていない。いや、伝える気がなかったのか。


 私が知っている強い外レ者は一人で生きている。組織に所属はしていてもそこが家だとは思っていない。居場所がなくなったとしても次の場所で生きていけるだけの強さとしたたかさを持っている。お狐様はそんな強さを子狐様に求めたのだろう。自分が死んだとしても生きていけるように。


「山鬼が死んだのは寝込みを襲われたからではありません。彼は村の人間を庇ったのです。村の人間を護るために自ら犠牲になったのです」


 深里はそういうと山鬼が持っていた斧をなでる。当時を思い出すように目を細めるがその思い出はあまりにも惨くグロテスクな惨劇に違いない。それを懐かしい思い出でも語るように話す姿がおぞましい。


「敗因は自分よりも弱いものを護ったから。あなた方もそうです。そこの娘も、ただ護られるだけの響も、名前を呼ぶだけしか能がない人間も、全員足手まとい。だから数で有利なはずのあなた方は私を殺せない。私の斧がか弱い存在に向かうことが怖くて本気で戦えない」


 深里はそういいながら斧を振り上げる。その切っ先は子狐様に向かっていた。怖じ気付きそうになった子狐様は牙をむき、深里の攻撃を受け止めるか、受け流すために姿勢を低くする。それよりも先にお狐様が庇うように子狐様の前に出た。


「ほらね」


 その行動を予想していたように深里の投げた斧がお狐様の体に突き刺さる。なんとか影の手で受け止め勢いを殺したが、体から血が噴き出した。影の犬たちが深里に襲いかかるものの明らかに勢いが衰えている。深里は笑みを浮かべたまま影たちをなぎ払う。


「母上様!」


 子狐様が悲鳴をあげながらお狐様に駆け寄る。お狐様の着ていた赤い着物の色が濃くなる。血を吸っているのだと気づいて私は青ざめた。お狐様を支える子狐様の表情も真っ青だが、お狐様は膝をつくことなく深里を睨み付けていた。


「足手まといな娘などさっさと捨ててしまえば良いものを。リン様も何も出来ない響なんて放り投げて私と一緒に生きましょう。二人一緒ならきっと何でも出来ますよ」

 

 血に染まるお狐様に興味はないようで、深里はリンさんに向かって微笑みかけた。投げた斧はいつのまにか深里の手に戻っている。彰が言っていた通りいくら投げても回収は簡単な仕様らしい。最悪だ。

 深里に顔を向けられた緒方さんと響さんの表情がこわばる。緒方さんは探るようにリンさんの反応を見た。


「今のお前なら世界征服ぐらいできそうだな」


 響さんを庇ったままリンさんは口角をあげて笑う。その表情に深里は一瞬期待を見せたが、それを打ち砕くようにリンさんは大きく口を開けて笑う。


「だが、全く魅力を感じない! 昔の俺だったら暇つぶしに組んだかもしれないけどな、今の俺はやることがある。世界征服したいなら一人で勝手にやれ!」

「やることというのは響に関することで?」


 リンさんに対して深里は初めて冷ややかな顔を向ける。容姿が整っているだけあってとてつもなく怖かったがリンさんは鼻で笑った。


「なんでお前に教えなきゃいけねえんだ。教えたらお前、俺の目的ぶっ壊そうとするだろ」

「そうですね。あなたが私と一緒に来てくれない理由を一つ一つ潰していきたいところなんですが、あいにくあなたの思考は私には計りかねる。山鬼もセンジュカもすべてを教えてはくれなかった。なんで羽澤の人間が外レやすくなったのか、リン様はどうして我が一族の血を残すことに尽力したのか。それについては言葉を濁した」


 深里がセンジュカを睨み付ける。誰よりも汚れやすい白を着ているというのに一人涼しい顔をして立っているセンジュカは頬に手を当てると純粋向くな乙女のような顔をして首をかしげる。センジュカの性格を知らない相手だったら効果があっただろうが深里に効くわけがない。それが分かっていてあえて煽っているのだろうか。あり得る。


「世の中、知らなくて良いことがありますからね。自分がただの予備パーツだなんて知りたくはないでしょう」

「思いっきりいってんじゃねえか!」


 双月が突っ込む。ボロボロだがまだ体力は残っているらしい。突っ込みに回さずに体力温存してもらいたいところだが、突っ込まずには居られなかったのかもしれない。

 漫才のようなやり取りに深里の表情が歪む。バカにされたと思ったのか斧を双月の方へと向けた。


「あなた方はここまで来ても私に隠そうとする。死ぬ寸前まで追い詰めて吐かせるしかないですね」

「ハッ。それでも山鬼は吐かなかったんだろ。俺たちだって吐かねえよ!」


 双月の挑発的な口調に深里は眉をつり上げ、巨大な斧を持っているとは思えないスピードで双月に肉薄した。双月はとっさに刃を出し、深里の攻撃をいなして距離をとる。力比べでは分が悪いようだ。


 再び始まった斬り合いにセンジュカも加わり、緒方さんの応援が加わった。子狐様もお狐様を抱えながら影を操って深里に飛びかからせる。


「お前らは、そこまでして何を隠す!」


 深里の怒気に誰も答えない。その理由を私は知っている。

 隣で戦闘を見守る彰を見つめた。真剣な表情で戦闘を見つめる彰の眉間には深い皺がよっている。それが戦況を見てのものなのか、深里と同じ疑問を抱いているからなのか、心の読めない私には分からない。

 ただ、世の中知らない方がいいことがあるのは事実。センジュカですら口にしなかったのだ。真実を知った深里が、そしてそれを聞いた彰がどういった行動に出るのかは誰も分からない。


 とりあえず、深里がトキアの存在を知らないことは分かった。トキアもどこかで様子を見ているだろうから、私と同じことに気づいただろう。といってもトキアが出てくるうことで戦況が変わるとも思えない。トキアはおそらく戦闘向きの能力じゃない。

 となると……。


「僕が深里の注意を引くから、ナナちゃんは深里にバレないように響に近づいて」

「そうなるよね」


 彰が強いことは知っている。けれど深里にどこまで通じるかは分からない。子狐様のように圧倒できることを祈っているが、やってみなければ分からない。正直にいえば心配だ。だけど今は止められる状況じゃない。


「私、死ぬ気で頑張って響さん連れ帰るから、彰くんは無事帰ってきてね」


 拳を突き出すと彰は少し目を見開いてからニヤリと笑う。拳を軽く合わせた私たちはお互いのやるべき事をするために動き出した。

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