6-8 秘めた本音

「じゃあ、僕が羽澤響に伝えに行くからナナちゃんたちは先に学校に戻って」

「え?」

「え? じゃないでしょ。あの場に戻れる人間なんて僕しかいないでしょうが。なるべく早く皆が避難できるように叔父さんや日下先輩にも協力してもらわないといけないし」

「いや、分かるけど!」


 彰のいうことは最もである。あの戦場に飛び込める人間は彰しかいないし、避難に人員を割いた方が効率的だ。理屈は分かる。分かるけれど感情が追いつかない。


「彰は深里に殺されそうになったんだよ!? 今回だって深里は彰を殺そうとしてた! 戻ったら狙われるに決まってる!」


 深里は響さんを直接殺すよりも響さんの前で息子を殺した方が苦しむと考えるゲス野郎だ。彰が戻ったら彰を狙ってくるに決まっている。リンさんが響さんを庇いながら彰を護れるとは思えない。双月とお狐様は深里で手一杯。子狐様は無事でいるかも分からない。


「ナナちゃん。止めないで。これは僕の、いやの私怨」


 彰から表情が消える。真顔になった彰の瞳は炎のように燃えていた。それが明るい感情ではなく恨みによるものだと私には分かった。


「アイツのせいでトキアは死んだ。リンに見向きもされなかったっていう、トキアには何の関係もない理由で。そんなの俺は許せない。絶対に許さない」


 彰は拳を握りしめる。力を入れすぎて震える手を見て、殺意で燃える瞳を見て、彰が本気なのだと分かった。本気でトキアの敵を討つつもりなのだと。

 私はため息をついた。どこかでトキアは彰のことを見ているだろう。そして後悔しているのだろうか。トキアは自分の我が儘を通して死んだだけで、死んだことを全く後悔してない。それを彰に伝えなかったこと。自分の我が儘が彰をずっと苦しめていることを。


「しょうがないから私も行く」

「は?」


 私の言葉に彰だけではなく皆が目を見開いた。正気かという反応をされて苦笑する。私だってバカなことをしようとしている自覚はある。


「深里が彰のこと放っておくとは思えない。そうなると彰は響さんに学校に行って避難誘導してくれって伝えるどころじゃない。彰が大声で響さんに伝えたとして、深里が響さんを逃がしてくれるとも思えない。なら彰が深里の注意を引いている間に私がこっそり響さんに近づいてあの場から連れ出すのが最善」

「最善じゃない! 危ないだろ!」

「彰くんの方が危ないでしょうが!」


 怒鳴った彰に私は怒鳴り返す。私の剣幕に驚いたのか彰は目を見開いて固まった。


「深里の注意を引かなきゃいけない彰くんの方が絶対に危ない。でも今は彰くんに頼るほかない。だから少しでも彰くんの負担を減らせるように私が協力する。それの何が悪いの。友達が危険な時に安全地帯で待っていられるほど私は強くない!」

「友達って……」

「友達でしょ!」


 文句は言わせないとばかりに睨み付ける。今までどれほど迷惑をかけ、かけられたと思っているのか。この先、こんなに濃密な体験を一緒に出来る人間が現れるとは思えない。現れても困る。


「彰くんは他人に頼るべき! 協力を仰ぐべき! どうでもいい所では人をこき使うくせに危険だと思ったら全部一人でなんとかしようとするの悪い癖! 私たちは彰くんを助けたくてここにいる。彰くんに何かあったら何で一緒にいかなかったんだろうって後悔する。弟を助けられなかった彰くんなら分かるでしょ。私の気持ち!」


 私に一生のトラウマと後悔を残すつもりなのかと彰を睨み付ける。


「ここで深里を食い止めなきゃ皆が危ない。彰くんが犠牲になればいいって話じゃない。彰くんが深里に食べられたら最悪」


 彰は人間という枠組みだが外レ者ヒエラルキーでいえば子狐様より上だ。そんな彰を食べた深里は今以上に厄介な存在へ成長する。彰だけじゃない。あの場にいる双月、お狐様、子狐様、リンさん。誰が食べられても終わりだ。


「彰くん、協力して。私は高校生活満喫してない。まだ二年にもなってないのに廃校も嫌だし、死んじゃうなんてもっと嫌」


 私は繋いだ彰の手を握りしめた。


 本音を言えば、私は学校が嫌いだった。本当は高校にだってきたくなかった。

 中学時代、男みたいな容姿が災いして女子生徒にアイドル扱いを受け、男子生徒にやっかまれた。その結果、同性が好きなんて根も葉もない噂を立てられた。否定しても周囲は面白おかしく噂して、噂を本気にした同性から告白されるようになった。断ったら泣かれて、それを周囲はさらに面白がってはやし立て、人間関係は壊れていった。楽しかった部活も億劫になり、次第に学校に行くのも嫌になった。


 なんとか通えていたのは香奈がいたから。私が学校に行かなきゃ香奈が一人になってしまう。私がいないと香奈は何もできない。そんな、今にして思えば勝手な願望でギリギリ自分を保っていた。香奈を理由にしないと心が折れてしまうほど私は疲れ切っていた。


 香奈が私をオカルトスポットに連れ出したのは、部活をやめて引きこもりがちになった私を心配してくれていたからだ。当時の私は香奈の気遣いを察せられる余裕もなく、香奈に付き合ってあげる優しい自分によっていた。

 本当は香奈が私を助けてくれていたのに、自分の方が正しくて真っ当だと香奈を心の中で見下していた。出会った頃の彰が私に対してきつかったのは正しい。私は最低最悪だった。


 そんな私にとって香奈が遠くの学校に行こうと誘ってくれたのは救いだった。消えない噂から逃げ出したかった。香奈以外、私を知らない場所に行きたかった。今度こそ平和に、皆から浮くことなく、目立つこともなく学校生活を無事に終えたかった。


 それなのに現状は平凡とはほど遠い。事件に巻き込まれて、危ない目に合って、死にかけて、今は多くの人の命を背負うことになっている。目立ちたくなかったのに彰のせいで嫌でも目立つし、変な先輩やら先生、果てには外レ者まで知り合いになってしまった。


 私の思い描いていた学校生活とは全く違う。

 それでも私はこの学校に来て良かったと思っている。彰と出会えて良かったと思っている。


「私は彰くんと香奈と三人で卒業したい。彰くんがいない卒業式なんて絶対つまんない。だから、私が出来ることをする。絶対に死んだりしない。危なくなったらすぐ逃げる。深里は私に興味ないだろうから見逃してくれるよ」


 自信満々に胸を張ると彰は眉を下げて笑う。


「頼りになるのか、ならないのか、わかんないな」

「私は脇役。主役は彰くんでしょ」


 今なら分かる。私は彰に文句を言いながら、彰の存在に安心していた。彰の隣にいれば私は目立たない。周囲の視線は彰に集まるから、私は彰の影に隠れる脇役の一人でいられる。それが私は嬉しかった。

 変だ。おかしいって言いながら、そのおかしさに私はすがっていた。面倒くさい、巻き込まれたくないって騒ぎながら香奈とも彰とも距離を置かなかった本当の理由は自分が目立ちたくなかったからだ。

 本当の私は彰に性格が悪いなんていえないほどに身勝手で臆病だ。


「他力本願~」

「いや深里相手は無理だから。私なんか瞬殺される」


 私の言葉に彰が笑う。先ほどまでの死地に赴くような悲壮な顔じゃなくて肩の力が抜けた顔で。

 私の事情なんて彰は知らない。言うつもりもない。彰だって興味ないだろう。今の私たちの関係に中学時代なんて何の関係もないのだから。


「じゃあ、私たちちょっと祠へ行ってきます」


 あえて軽い調子で、何でもないような顔をして香奈たちに告げる。今にも不安で泣き出しそうな顔をした香奈はそれでも不安を押し殺して頷いてくれた。


「卒業写真、三人で取ろうね!」

「その前に私たちが卒業するからちゃんと見送ってね」

「第二ボタンは花音の予約だけど、他のボタンなら空いてるぞ」

「いや、いらないです」


 小野先輩のボケだか本気だか分からない言葉に彰と私はそろって首を左右に振った。そんな私たちを見て小野先輩と千鳥屋先輩が困った顔をする。心配だけど止められない。そう分かっている顔だ。


「避難誘導は私たちに任せて」

「はい」

「お願いします!」


 私たちは手を離すと三人に背を向けて走り出す。背後から香奈の「気をつけてね! 絶対帰ってきてね!」という涙混じりの声が聞こえた。振り返ったら決意が鈍ってしまいそうだから私はただ前を向いて足に力を込める。


「絶対に帰ろう」


 前を走る彰の言葉に私は「もちろん」と返した。

 ここで勝てなきゃ、死んでも死にきれない。私は今度こそ青春を謳歌するって決めてるんだ。

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