6-6 悪あがき
「あぁ! リン様! お待ちしておりました! 私なんて矮小な人間の言葉を聞いて姿を見せてくださるなんて、なんて幸せなことでしょう」
深里が恋する乙女みたいな蕩けた顔しながら両手を広げリンさんを歓迎する。それに対してリンさんは本気で嫌そうである。気持ちはわかる。殺してほしいだの、だめなら殺したいだの、なんなら食べたいなどという輩と仲良くなりたいはずがない。リンさんが姿を見せたのは深里に会いに来たのでなく、私達に散々文句言われたからなのだが、深里は都合の悪いことは見ないことにするタイプらしい。
「リン!」
響さんがただリンさんの名前を呼ぶ。会えて嬉しいが他にも言いたいことが沢山あるようで表情は複雑そうだ。その反応から響さんはリンさんを好意的に見ていることが伝わってきた。ちょっと信じられない。
「響、話は色々終わってからな」
言葉を飲み込む響さんに対してリンさんは困ったように笑った。その対応は今まで見てきた中で一番優しく、本当にリンさんなのかと疑ってしまうほどだった。
だからこそ深里の顔を見るのが怖かった。それでも見ないわけにも行かず私は恐る恐る深里の方へと顔を向ける。
深里は奥歯を噛み締めていた。つり上がった眉と瞳。響さんや彰と同じ青い瞳には煮えたぎるような憎悪が浮かんでいる。それは見ただけで人を祟り殺せそうな禍々しいもので、羽澤家の人間に呪詛耐性がなかったら響さんは睨まれただけで死んでいた。そう思ってしまうほどに毒々しいものだった。
「深里、もう終わりだ。お狐はお前の誘いには乗らないし、この土地は羽澤家、響のものだ。センジュカはもう手助けはしてくれない」
そうだろという確認を込めてリンさんがセンジュカを見る。センジュカは頬に手を当てて上品に微笑んで見せた。
「深里側につくのは形勢不利ですからね。それに私は最初から危険人物である深里の監視としてついて回っていただけですから、仲間ではありませんわ」
「よくいうわ! 深里に協力すれば当主の野郎に嫌がらせ出来ると思ってたきつけたのはお前だろ!」
センジュカの清々しいまでの裏切りを聞いて双月が叫ぶ。それを聞いてもセンジュカは「ひどいですわ。私たち親しくはありませんが同僚ですのに」とわざとらしく泣きまねをして見せた。知ってはいたが最低だ。
「最初から裏切る気満々だったのね、あの人」
「クソ女じゃねえか」
私のつぶやきに対して彰が顔をしかめて舌打ちする。彰の汚い口調を聞いた響さんの表情が青ざめた。早く自分の息子になれてくれ。
「というわけで、お前の仲間はゼロ。この辺りで降参するのが賢明だと俺は思うけどな」
センジュカの性格を理解していたのかリンさんは特に驚きもせずに深里と向き直った。深里もセンジュカのことを信用していたわけではないらしく、驚いた様子もなくただ微笑んでいる。その余裕の表情に私は身構えた。現状、深里には打つ手はないはずだ。お狐様との交渉は失敗し、センジュカからの助けも望めない。深里を取り囲んでいるのは全員敵。にも関わらず、深里は穏やかな笑みを浮かべている。この状況でもまだ勝てると確信しているように。
「これは困りましたねえ。せっかくの計画が台無しです」
そういうわりには深里の表情は明るい。クスクスと機嫌良く笑う。口元を隠す姿は訳ありとは言え由緒正しいお家柄で育ったお坊ちゃまらしく品がある。だからこそ黒く染まった白目と額から生えた二本の角が不自然で気味が悪い。
「仕方ないですね。どれだけ念入りに計画を立てても失敗するときは失敗します。私よりもあなた方の方が上手だったということです。感服いたしますよ。あなた方の友情と努力には」
深里はそういうとパチパチと手を叩く。口では感服なんて言ってるが本音だとは思えない。能面のように固まった笑みと同じく言葉に全く温度がなく、重さも情も感じられない。パチパチと響く拍手がただ空虚で私は薄気味の悪さに香奈の手を強く握りしめた。
「ですが、この場合は私はどうなるのでしょう? 謝ったら帰してもらえるんでしょうか?」
口元に手を当てて首をかしげる深里に対してお狐様がうなり声を上げた。
「私を騙し、山鬼に手をかけ、この地を乗っ取ろうとした不届き者を無傷で帰すと思うか!」
「お前みたいな危険人物、放っておくほど特視は甘くねえ!」
お狐様に続いて双月が一歩前に出る。上着を勢いよく脱ぎ捨てるとノースリーブによって露出した両腕から鋭い刃が現れた。明らかに臨戦態勢な二人を見て深里はわざとらしいほどに困った顔をする。
「そうですか。ただでは帰してくれないんですね。となれば私も本気を出さなければいけません」
深里がそういって目尻をつり上げる。何かが深里の両手に集まるような気配がし、気づけば深里の両手に巨大な斧が握られていた。深里の身長よりも大きなそれは深里の中性的な容姿には似合わず、借りてきたような違和感がある。
「そ……それは、山鬼の!」
斧を見た双月が震える声で叫ぶ。歯をむき出しにしていたお狐様や警戒仕切っていた子狐様、響さんを庇う態勢だった緒方さんも唖然と深里が抱えた斧を見つめていた。その反応から私は悟る。あの斧は深里に殺された山鬼が持っていたものなのだと。
「外レ者は異能を得ると聞きました。異能を得るから外レ者なのか、生き残るために進化した結果なのかは分からないと山鬼はいっておりましたが、私が得た異能というのは見ての通り」
深里はそこで言葉を句切ると優雅に微笑み、巨大な斧を軽々と振り回して地面に突き立てた。
「食べた外レ者の異能を手に入れるという異能みたいです」
無邪気とも言える笑みで告げられた言葉にその場にいる全員が硬直した。
「なにそのチート能力」
「悪趣味にもほどがあるでしょ」
私のつぶやきに続いて彰が舌打ちする。お狐様が食べられていたら結界や、影を操る能力などを得たのだろうか。リンさんなら感情を食べる力、クティさんが食べられたら最悪だ。今のところ深里の興味がリンさんにしか向いていないのが幸いした。
「おい、クソババア。深里の能力知ってたのか」
双月の鋭い声にセンジュカは首を左右に振った。先ほどまでの余裕の表情が消えている。これはまずいと気づいたようだ。
「知りませんでしたわ。異能に関しては全く口に出さなかったのでまだ自覚していないと思っていたのですが」
「あなたが私を利用したように私だってあなたを利用していました。信頼しない相手に自分の手の内すべてをさらすはずがないでしょう」
場違いなほどの晴れやかな笑みを浮かべる深里を見てセンジュカが舌打ちする。こんなヤバい異能を習得していると気づいていたらセンジュカの対応も違ったのだろう。
「羽澤家の人間は呪詛耐性がありますから私の能力では対抗できません。双月。根性で息の根止めなさい!」
「状況を悪化させた分際で偉そうにいうな!」
双月が額に青筋を浮かべながら叫び深里と向き直る。双月の言うとおりだがセンジュカが対抗出来ないとなればこの場にいる戦力は双月とお狐様、子狐様、リンさん。そして彰だけだ。どこかで見ているトキアの能力は知らないが、おそらくセンジュカと近いもの。となるとトキアも戦力外。
「深里、本気で俺を殺す気か」
リンさんの問いかけに深里は頬を染めて答えた。
「リン様に関しましては迷っております。半殺しで連れ帰るのも素敵ですよね」
うっとりと幸せそうに微笑む姿に鳥肌が立つ。さすがのリンさんもゾッとしたらしく珍しく表情が引きつっていた。
「リン様、
深里はそういうと地面に突き刺した斧を持ち上げて、私たちの方へと向けた。香奈が引きつった悲鳴をあげて、私にしがみついてくる。背後では小野先輩が千鳥屋先輩を護るように動いた気配がした。私たちを庇うように前に出た彰を見て深里は楽しげに目を細める。
「ただの人間だった私はあなたに食べられることしか出来ませんでしたが、今ならあなたのように人間を追い詰めることも出来ますし、強くなればあなたのことを食べることも出来ます。なんて素晴らしい。人間の器はあまりにも小さく不自由だと外レた今なら分かります」
深里は片手で軽々と斧を振る。ブンッという音と共に生み出された風圧が顔を叩く。空気すらも一緒に切り裂いたような切り筋に私の額から冷や汗が流れた。
「御膳祭の犠牲者は二十人ほどでしたが、今回はもっと多くの御膳が用意出来そうですね」
「逃げろ!!」
叫ぶと同時に双月が深里に斬りかかる。巨大な斧を扱っているとは思えない俊敏な動きで切っ先を受け止めた深里。双月は立て続けに攻撃を仕掛け、激しい斬り合いが始まる。お狐様の足下から影の獣が飛び出し深里に向かって飛びかかった。それを深里は巨大な斧をぶん回し、双月ごと吹っ飛ばす。
木の幹にたたきつけられて胃の空気を吐き出す双月と悲鳴のような声を上げて消え去る影の獣。舌打ちするお狐様、双月に駆け寄る緒方さんに睨まれても深里は涼しい顔で仁王立ちしていた。
私が初めて人ならざる者を見たのは子狐様。それに応戦したのは彰だ。その時の子狐様は尾谷先輩相手に手加減していたし、彰も子狐様を殺そうなんて思っていなかった。でも今回は違う。
震える私の手を彰がつかんだ。その顔は険しい。
ここから先は話し合いではない。本気の殺し合いだ。
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