6-5 執念

「羽澤に生まれる双子の上の子は呪われている。小さい頃から聞かされ続けた話です。けれど私を含めた羽澤の人間は呪いなんて少しも信じていませんでした。リン様という人の理屈が通用しない相手が身近にいても自分の血が呪われていることを愚かにも認めていなかったのです。ですが、あの夜、双月羽澤咲月が鬼に変わる瞬間を見て私は気づきました。呪いは実在したのだと」


 そこまで一息で告げた深里は双月を見つめる。その瞳は見開かれ、正気とは思えないほどギラギラと光っていて、私は不安から香奈の手を強く握りしめた。


「リン様と魔女は羽澤家にかけられた呪いについて、わざと私たちには詳しく伝えなかったのだと気づきました。羽澤の人間が呪いについて知ることに何らかの不都合があるのだろうと。それでも当時の私は気にしませんでした。リン様が私たちに明かさないということは私たちは知る必要がないということなのだろうと受け止めたのです」


 深里は宙に向かって笑いかける。深里が見上げた方向にリンさんの姿はない。それでも深里は気にせず話し続けた。


「羽澤の秘密なんてどうでも良かった。双子の呪いもどうでも良かった。ただリン様に見てもらえさえすれば私は幸せだった」

 恍惚とも言える表情で天を見上げていた深里は突然、響さんを殺しそうな目で睨み付けた。


「けれどリン様は私をみてくださらなかった。響が生まれてから、リン様は私に対する興味を失った。だから私は諦めた。リン様は私を一番愛してはくださらないのだと。ならば、いっそ憎まれて、食べられてしまおうと思った」

「は?」


 口から声がこぼれ落ちる。深里が言った意味が理解出来ず、頭の中で噛みしめる。食べられたいと深里は言った。

 リンさんに感情と共に記憶を抜かれた彰の姿を思い出してゾッとする。あんなこと、私はされたいとは思わない。必死に逃げるだろうし、みっともなく泣くだろう。誰が自分の感情やら記憶を他人に奪われたいと思うものか。しかも相手はリンさんだ。私の懇願なんて聞いてくれるわけがない。

 そんなリンさんに深里は食べられたいと思ったのだという。まさに狂愛。私にはまるで理解できない。


「だから響の息子を狙ったのですよ。リン様は響だけでなく息子も気にかけていたようなので、息子を殺せば激怒して私のことを食べてくださるだろうと思っていました」

「頭おかしい」


 私のつぶやきに深里は笑みを浮かべた。だからどうしたと言わんばかりの表情に香奈の手を握る力が強くなる。相当な力で握っているのに香奈から痛いという言葉は出ない。香奈の体は小刻みに震えていて、痛みすら感じる余裕はなさそうだった。


「それでもリン様は私を食べてくださらなかった。怒るどころか私に興味すら持ってくださらなかった。私は落胆と同時に違和感を持ちました。私はここに来てやっと呪いについて、リン様が私たちに何を隠していたのかを知らなければいけないと気付きました。それは羽澤にいてはかなわないということも」

「それで失踪したの? トキア君を殺したことに罪悪感を持ったわけでも、バレないように逃げるためでもなく?」


 疑問の一つが解決したわけだが少しもスッキリしない。むしろ不快さが増した。眼の前の男は自分のことしか考えていない。

 私の考えを証明するように深里は首を傾げた。私が何に対して怒っているのかわからないという子供みたいな顔で。

 

「なぜ私が羽澤トキアの死に罪悪感を抱かなければいけないのですか? 私が狙ったのはアキラ双子の上でした。リン様は双子の上を気にかけていたので殺したら怒ってくださるかと。響が絶望する顔も見たかったですし。それなのにどこから話を聞いたのかトキア双子の下が勝手に飛び出してきて、上をかばって死んでしまった。まあ上も響の息子であることは変わりませんし、リン様とも親しげでしたから結果的にはちょうど良かったのですが」


 場違いすぎるほど温和な表情を浮かべた深里に鳥肌がたつ。隣で黙って話を聞いていた彰がブルブルと震える拳を握りしめ、堪えきれずに叫ぶ。


「ふざけるな! そんな理由でトキアを殺したのか! 俺の弟を!」

「そんななんて軽くおっしゃらないでください。あなたは私がどれだけリン様を好いているか、リン様に認めてもらいたいと思っていたか、響を憎んでいたか知らないでしょう? 私の気持ちを知りもしないあなたが勝手に私の憎悪を軽く見ないで下さい」

「憎んでいたのは俺たちの父親だろう!? 俺たちには関係ない! 勝手に兄弟喧嘩でも殺し合いでもすればよかっただろうが!」

 彰の怒声に深里はうっそりと笑った。


「親の罪は子供の罪でしょう?」

 その言葉に嫌悪感から胃液がせり上がる。センジュカは微笑んでいる。深里がいった通りであると。


「山鬼の集落の人間を皆殺しにしたのは?」


 吐き気をこらえながら疑問を口にした。これは聞いておかなければいけないことだ。深里は演技をやめたらしく、「どうやって調べたんでしょう」と言いながら首を傾げた。

 山鬼という言葉にお狐様と子狐様の表情が険しくなる。お狐様の目がつり上がり、返答によっては容赦しないと普段は隠れた犬歯が見えた。それでも深里の態度は余裕だった。


「羽澤家の呪いについて調べているうちに、リン様のような存在は他にもいることを知りました。その中でも接触しやすそうだったのが山鬼でした。私が羽澤の人間で、自分の生まれた家がおかしいことに気づいて逃げてきたというとずいぶん親身になって外レ者について教えてくれました」


 響さんを護るように立っていた緒方さんと双月の表情が険しくなる。双月に至っては今にも飛びかかりそうだ。この二人にとっても山鬼は親しい存在だったらしい。


「外レ者には階級があり、その中でも羽澤を呪った魔女と牛耳る悪魔は上位に位置する。そんなところで生まれてずいぶん怖い思いをしただろうと労ってくれましたよ。とても良い方でした。私に新しい道を示してくださった」

「新しい、道?」


 嫌な予感がする。いや、深里がやったことを考えれば予感どころの話ではない。だからこそ私は聞きたくないと強く思う。私が思い浮かべたものと深里が口にする言葉が別であってほしいと強く、強く、望んだ。

 そんな私の考えをあざ笑うように深里は笑みを浮かべる。


「リン様が私を見てくださらないのは私が人間だから。その辺の石ころと変わらないから。ならば目に止まる存在になればいい。無視が出来ない存在に。リン様を脅かす存在に」


 深里がまとう空気が変わる。どこに隠していたのかわからないほど禍々しい空気が深里を包む。センジュカは楽しげに笑っているが、他の面々は一応に顔をしかめ、お狐様と子狐様にいたっては同じ空気すら吸いたくないといった様子で口元を着物の裾で覆った。

 周囲の反応など意にも止めず深里は笑みを浮かべる。その額から大きな二本の角が生え、白目の部分が黒く染まる。


「リン様の手で殺してください! できないなら私が貴方様を殺しましょう! そして一つになりましょう! これですべて解決致します!」

「いや、どこが!?」

「頭おかしいにもほどがあるでしょ!!」


 両手を広げて満足気に笑う深里に対して私と彰は悲鳴混じりの罵声を上げた。

 相手してもらえないなら殺してもらうか殺しちゃえ。ついでに死体を食べたら一心同体だね♡ってどんなヤンデレだ。誰だ、こんなにおかしくなるまで放っておいた奴!


「リンこの野郎! 高みの見物決め込んでないで責任取れ!! お前のせいだろ!!」


 思わず宙に向かって叫ぶと周囲から信じられないという顔をされた。センジュカは愉快そうに「その調子ですわ!」と囃し立てているが私からすればお前も殴りたい。


「ここまで酷いとは見損ないました! いや、出会ったときからろくでもないなと思ってましたけど!」


 私に続いて小野先輩が叫ぶと、千鳥屋先輩が同意する。しまいには香奈までもが「無責任だと思います!」といい始めた。リンさんは香奈には強くでられないので大ダメージが入っているだろう。ざまあみろ。


「こんの無責任、クソクズ野郎! 隠れてねぇで出てこい!」


 その後、可愛い顔には似合わない罵詈雑言を口にした彰を見て響さんがショックを受けた顔をした。眼の前に置かれたオヤツを没収された柴犬みたいな。

 彰とトキアはお母さん似の女顔なので、写真で見た可憐そうな奥さんと重ねていたならショックは大きいだろう。やっと会えた実の息子がすっかりグレていたなんて。いや、グレた原因は半分くらい家のせいだけど。もう半分は彰の生まれ持った性格だ。

 響さんの肩を緒方さんと双月が微妙な顔で叩いている。思ったよりも仲良さそう。


 リンさんに対する大ブーイングにお狐様と深里は固まっていた。同じく予想外の行動に固まっていた深里の表情も険しくなるが知ったことか。お前の推しはどう考えても邪神。信仰は自由だが他人に迷惑かけた時点でアウトだ。リンさん共々深く反省してほしい。


 私達の文句に耐えられなくなったのか、ガサガサという音がして頭上から黒い塊がふってきた。日下先輩の時もそうだったが、高いところにいないと落ち着かない病気なのか。煙とバカというやつか。


「お前らなあ、人のこと散々に言いすぎだろ!!」


 深里と彰の間に入るように降り立ったリンさんは顔だけ振り返ってこちらに文句を言った。香奈は良い子なので気まずそうに目をそらしたが、私達は半眼でリンさんを睨みつける。言われるようなことをするのが悪い。


「ここまで来て深里じゃなくて私達に真っ先に声かけるあたりが本当にクソだと思います」


 私の言葉にリンさんは顔をしかめ、億劫そうに深里と向き直った。いかにも面倒くさいと隠しもしない態度は自分がされたら脈なしすぎて心が折れる。それをされ続けてもリンさんに執着し続けた深里の愛が深いのか、意地になっているのかは分からない。

 ただリンさんと目があった深里はとても嬉しそうだった。


 その重すぎる愛情がトキアと重なって、私はなんとも言えない気持ちになった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る