5-5 再会

 公園につくと人だかりができていた。

 友里恵ちゃんについて聞き込みに来た時にあった、近所の人たちが楽し気に話している。その輪の中心にいるのは小宮先輩。その腕には白い猫がしっかりと抱きかかえられており、私は驚いた。


「ナナちゃん! 友里恵ちゃん見つかったの!」


 私に気づいた香奈が満面の笑みを浮かべて手を振る。その隣には、嬉しそうな吉森少年と、納得いかない顔をしている百合先生がいた。

 私もどちらかと言えば納得いかない側で、あんなに探した友里恵ちゃんがあっさり帰ってきた事実に思考が追いついていない。


「友里恵ちゃん見つかったって、本当に?」

「本当! 友里恵ちゃん誘拐されたわけじゃなかったんだって」


 どういうことかと驚くと、香奈の声に私たちが来たことに気づいた小宮先輩が輪から抜けて近づいてきた。

 腕には大切そうに白い猫を抱いている。小宮先輩に抱かれて怖がらないどころか、安心しきっている。写真で見た猫と同じだし、友里恵ちゃんに間違いないのだろう。


 やっと小宮先輩と友里恵ちゃんが再会できたという事実が、じわじわと浸透して私は小宮先輩に駆け寄ろうとした。良かったですね! とその手をとって叫びだしたい気持ちだった。

 けれど、寸前のところで行動には移せず、私は不自然に動きを止める。

 小宮先輩の斜め後ろに、見知らぬ女性の姿を見つけたからだ。


 その女性を見て私は再び驚いた。

 長くきれいな黒髪と、白い肌に、小柄な体系。手足は細く、スタイルがいい。顔立ちは優し気で、大人しく、絶滅したと思われた大和撫子を沸騰させる、白いワンピースを着た清楚な女性。

 小宮先輩の理想を体現したような存在がそこにいた。


「佐藤君、香月さん。心配おかけしました。無事に友里恵、見つかりました」


 そういって小宮先輩は友里恵を軽くかかげる。が、当の友里恵ちゃんは彰を見た瞬間に、シャーと歯をむき出した。

 本当にこの男、動物に心底嫌われるらしい……。


「えっと……普段はこんなことないんですけど……」

「気にしないでください。僕、動物に嫌われるんで……」


 弱々しい表情で彰が笑う。演技ではなく素で落ち込んでいる様子を見ると、可哀想に思えてきた。どれだけ完璧に見える人間にも欠点というものはあるらしい。


「友里恵ちゃん、どこにいたんですか?」

玲菜れなさんがケガした友里恵を保護してくれていたそうなんです」


 小宮先輩の言葉に隣の女性が頷いた。


「小宮先輩の知り合いですか?」

「さっき会ったんだ。一週間前に公園に来たら、偶然ケガした友里恵を見つけたらしくて。元気になるまで面倒見てくれていたんだって」


 「優しい人に見つけてもらってよかったな」と小宮先輩は笑顔で友里恵ちゃんの喉をなでる。友里恵ちゃんは目を細めて嬉しそうに喉を鳴らした。


「じゃあ、誘拐でもなんでもなく……」

「人慣れしてますし、毛並みがとてもきれいなので、きっと誰かが可愛がっている子なんだろうなと思って、元気になったら返すつもりではいたんです」


 黙って小宮先輩の後ろに立っていた玲菜さんが申し訳なさそうな顔をした。


「思いのほか時間がかかってしまって、飼い主さんに連絡取ろうにも誰だかわからなくて、とても心配させてしまったようで……」

「気にしないでください! 玲菜さんがいなかったら友里恵は死んでいたかもしれませんし、玲菜さんみたいな優しい方に面倒見てもらえて喜んでます」


 「なあ、友里恵」と友里恵ちゃんに声をかける小宮先輩は上機嫌だ。タイミングよく友里恵ちゃんも「にゃー」となく。その通りだと言っているようで、ますます小宮先輩は嬉しそうに破顔した。


「友里恵も玲菜さんに本当に懐いてるし、大事にしてもらったんだなって分かります」

「そんなことないですよ。たまたま、友里恵ちゃんの好きなものが分かって、それをあげたら懐いてくれたので、餌付けしたようなものです」


 玲菜さんは困った様子で笑った。自然と懐かれたならともかく、動物を餌で釣ったとなると複雑な気持ちになるのは私もわかる。


「でもよく、友里恵がアイスが好きだって分かりましたね」

「偶然ですよ。友里恵ちゃんが好きなアイス、私も好きなので」

「あれ、本当においしいですよね。俺も好きなんです」


 楽し気に笑う小宮先輩を見て、玲菜さんがほほ笑む。黙っていても美人だがほほ笑むとさらに絵になる。

 小宮先輩と友里恵ちゃんの話で盛り上がる姿を見るに、この人も相当な猫好きらしい。友里恵ちゃんを見つめる目も砂糖菓子を煮詰めたような甘ったるい。小宮先輩に引けを取らない溺愛っぷりだ。


「大騒ぎしたわりに、こんなオチ……」


 私は何ともいえない脱力感に襲われて、乾いた笑みを浮かべた。友里恵ちゃんが無事に見つかった事実が一番なのだが、無駄に警戒していた自分がバカみたいに思える。


「彰が不安あおるようなこと言うからだよ」


 そういえば、公園に来てからというもの彰は何も言わない。真っ先に何か反応しそうなものなのに、おかしいな。そう思った私は、やけに険しい表情で小宮先輩。いや、正確にいうと玲菜さんを見ている彰を見て、固まった。


「失礼ですが、玲菜さん。苗字は?」


 彰が固い口調で問いかける。

 猫かぶりは彰の得意分野だというのに、警戒していると隠しもしない態度と声、鋭い目つきは彰らしくなかった。


 小宮先輩は戸惑った顔で彰を見ていて、声をかけられた玲菜さんはかすかに身をこわばらせる。

 けれど、すぐに柔和な笑みを浮かべた。威嚇してくる相手に対しても笑みを絶やさない姿に、本当に優しくて心の広い人なのだと感心する。

 風に吹かれて長い綺麗な髪が揺れ、姿勢のよい立ち姿が上品に見える。同性目線から見ても本当に素敵な女性だ。


「重里です」


 そう思った気持ちは、玲菜さんの苗字を聞いた瞬間、崩れ去る。いきなり崖から突き落とされたような恐怖に背筋が凍った。


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