2-4 お狐様宗教
「お狐様は人を愛する神様です。人のためになることをしたいと望んでいらっしゃいます。ですが、残念なことにお狐様は今弱っているのです」
じっと小宮先輩を見ていた彰の目が下を向く。愁いをおびた表情は悲し気で、今にも泣き出しそうなほどに目は潤んでいる。
どこからどう見ても悲しみに沈んだ美少年の姿だ。
小宮先輩は彰の表情を見て戸惑い、彰の姿に共感するように眉を下げる。初対面で突然わけのわからない話をされているというのに、一緒になって悲しんでくれる小宮先輩は本当にいい人だ。
だからこそ余計に目立つ。完璧な演技でもって小宮先輩を丸め込もうとしている彰の邪悪さが。
「本来であれば小宮先輩の願いはお狐様によってすぐに叶えられるものなのです。ところが、お狐様に今そんな力はない。本来であれば眠りにつかなければいけないような危険な状態なのです」
そういって彰は手で顔を覆った。
泣いているように見える。実際小宮先輩は痛々しいものを見るように彰を見ている。
だが私は知っている。その手の下にあるのは涙なんかではなく、引っかかったと確信する悪い顔だ。
「それでもお狐様は自分の存在が消えようとも小宮先輩の力になりたいとおっしゃっています」
「そんな……!」
彰の演技力と雰囲気にのまれて小宮先輩は悲痛な声を上げた。
もともと純粋で信じやすい性格なのだろう。だからこそ変なやつに付きまとわれてしまったんだろうなと私は小宮先輩を見つめる。
実際今も変な奴に騙されそうになっているのだから世の中に救いはない。
「ですから、僕がお狐様に代わって小宮先輩の願いを叶えるためここに参上したのです」
今までの泣きそうな顔から一転して決意を込めた強いまなざしで彰が小宮先輩を射抜く。
「君が……?」
「はい。僕のことはご存知ですか?」
「えっと、たしかに最近まで事情があって学校に来れなかったんだよね?」
小宮先輩の言葉に彰はうなずく。
「実は僕はもともと体が弱く、受験はなんとかできたものの病院から出られなかったのです」
再び下を向いて愁いを帯びた顔をする彰に私は内心で突っ込んだ。誰かが体が弱いだ。食後に毎日軽く運動と言いながら長距離マラソン始めるやつは誰だ。片腕で腕立て伏せしてるやつはどこのどいつだ。
「せっかく受かった高校にも通えずに僕の命は尽きる。そう覚悟した時でした。お狐様が僕の夢に現れおっしゃったのです。清く美しい心を持った子供が死ぬほど辛く悲しいことはない。私の力をもって君を助けようと」
誰が清く美しい心を持った子供だと私は半眼になったが、なぜか隣にいる香奈は感動していた。
香奈さん。あれ嘘ですよ。最初から最後まででたらめですよ。知ってるよね。なんで泣いてるの。なぜハンカチを取り出すの……。
隣でハンカチで目元をぬぐう香奈、彰の語り口調に涙目になる小宮先輩。
ピュアか。ここには純粋培養のピュアしかいないのかと私が遠い目をしている間も彰の嘘話は続く。
「おかげで僕は死ぬことはなく健康な体を手に入れました。ですがお狐様はそれで力を使い果たしてしまったのです。僕なんかを助けるために……」
「そんなこといっちゃいけない。そんなこといったらお狐様は悲しむよ」
「そうだよ彰君! 彰君はとっても優しくてすごい子だよ!」
感極まって彰の肩を掴む小宮先輩。それに続いて彰の手を取る香奈。
何だろうこの図と思いながら一人冷めた目で状況を見守る私。
今すぐ祠にいって子狐様に助けを求めたい。
「小宮先輩……香奈ちゃん……ありがとう」
笑みを浮かべて目元をぬぐう彰を小宮先輩と香奈は抱きしめた。
ほんと何だこれ……。
「お狐様のおかげで僕はこうして高校に通えるようになったんです。だから僕はお狐様に恩返ししようと決めました」
ひとしきり抱き合って泣いた(ふりをした)彰は自然な形で小宮先輩と香奈から距離を置くと真剣な目で小宮先輩を見る。
「お狐様に代わって、お狐様のもとに届いた願い事を叶えることが僕の恩返しです」
「君が……!?」
そんなことできるのか。と小宮先輩の表情が告げている。彰はうなずいた。
「お狐様には子狐様という子供がいます。その子狐様に僕は力を借りているのです。子狐様は直接現世に姿を現すことはできませんが僕を器にして現れることができます。それによって僕は子狐様の力の一部を使うことができるのです」
ここにきてお狐様だけでなく子狐様の話題を出す彰。
今のところ子狐様と呼ばれる存在は知られていない。それを広めるためだろう。
計画的過ぎて怖い。
「もちろん常にとはいきませんから、ほとんどは僕とそこにいる七海ちゃん、香奈ちゃんで協力してということになりますがいざという時は子狐様が助けてくださいます」
名前を出されて私は慌てて身を引き締める。よくもまあそこまで嘘がつけるものだという、うんざりした表情を小宮先輩に見られるわけにはいかない。それによって彰の嘘がばれたら後で何を言われるかわかったものじゃない。
小宮先輩が確認するように私と香奈を見る。
香奈は彰の話で感極まっているのでいつもよりも凛々しい表情だし、私は表情筋に力を入れて真剣に見えるように頑張った。
表情作るのって難しい。彰はすごいんだなと少しだけ感心した。
「安心してください。僕らと子狐様がいれば小宮先輩の悩みなんてあっという間に解決します」
「……本当に?」
不安げに彰を見る小宮先輩。彰は再び小宮先輩の両手をそっとつかみ綺麗に笑みを浮かべた。教室で小宮先輩に見せたものよりも柔らかで自然なほほ笑みに小宮先輩、私と香奈ですら一瞬目を奪われる。
「お狐様がいらっしゃったのです。貴方は救われます」
その言葉に小宮先輩は顔を歪める。泣いてもいいのだと許されたような、どうしようもない暗闇の中希望を見たような、弱々しくも安堵した姿に私は胸が痛くなる。
ずっと一人で悩み、不安を押し隠して生きてきたのだとその表情が語っていた。
いくらストーカー被害がなくなったとはいえ安心できる形で解決したわけではない。もしかしたらまた、気付かないだけでまだいるのでは。そういった不安が消えず、けれどそれを表に出すこともできずに我慢し続けていたのだ。
ついには泣き出した小宮先輩の背を彰がやさしく撫でた。
その姿は美術館に飾られた絵のように綺麗で美しく、私は息をのむのも忘れて見とれた。
小宮先輩を穏やかな顔で見ていた彰が私の方へと視線を向ける。
思わずビクリと肩をふる合わせた私を見て一瞬おかしそうに目を細め、声は出さずに小さな唇を動かしてこういった。
作戦成功。と。
その瞬間に私が思ったことは言葉にしがたい。
叫びださなかったことを褒めてほしいくらいだ。
代わりには私はその場に崩れ落ちて右手で顔を覆い、左手で屋上の床を殴りつけた。コンクリートは痛かったが、それすら気にならないくらいの衝動があった。
「気持ちはわかるよ七海ちゃん。感動しちゃうよね」
香奈が私の背をなでながら涙声で言う。
いや、違う香奈。これは感動ではない。もっと別の言葉にしがたい感情だ!
怒ればいいのか、悲しめばいいのか、憐れめばいいのか、それとももっと別の感情か。分からないままに彰を見ればニヤニヤ笑いながら私を見ていた。
私の奇行を完全に面白がっている。この性悪!
そう叫んですべてを台無しにしてやってもよかったのだが、そう出来なかったのは彰を怒らせると後が怖いのももちろん、彰が小宮先輩の背を慰めるようになで続けていたからだ。
小ばかにしたような顔でこちらを見ているのに泣き続ける小宮先輩の背をなでる手はとても優しくて私はさらに何とも言えない気持ちなる。
お前は全く何なんだと私は憤りを込めて舌打ちした。
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