2-3 手のひらの上

「すみません、小宮先輩いますか?」


 そういって三年の教室の入り口に顔を出した彰に教室内はざわついた。

 彰の容姿は何度もいうが目立つ。廊下を歩いているだけでも面白いぐらいに人の視線が集まりわざわざ見に来る人までいるくらいに目立つ。


 一年生はいい加減慣れてきていたが免疫のない三年生は初めて見た人もいるだろう。「誰あれ?」「噂の佐藤彰だよ」「ああ」という会話が聞こえてきて、本当に彰は全校生徒に名前と顔が知れ渡ってしまったのだと何とも言えない気持ちになる。


 詳しい事情は未だに聞いていないが彰が学校に来ていなかったのはこういった点もあったのかもしれない。

 百合先生がしつこいくらいに「彰を頼んだ。よく見ていてくれ」と鬼の形相で詰め寄ってきた理由を今更ながら悟る。

 詰め寄られたときは言われた内容よりも百合先生が怖すぎて承諾したが、この周囲の反応を前から見てきた百合先生は心配だろう。ストーカー被害にあっていたという告白を聞いたばかりだし、叔父としては邪見にされても譲れない一線なのだ。


 それでも彰は見た目が美少女よりなだけで男だし、笑えないくらいに強いので百合先生の心配は的がずれているというしかない。

 心配する点があるとすれば、彰の方がやりすぎないか。というものだ。


「えっと、小宮は俺だけど……」


 今話題の美少年に名指しされ、戸惑いながらも小宮先輩らしい人がおずおずと手を挙げる。

 彼の周囲には数人の男子がおり、窓の前で立ち話をしていたようだ。

 小宮先輩もそうだが一緒にいた先輩も驚いた様子で彰を見て、続いて小宮を見て、どういう接点なんだと脇を小突いている。

 小宮先輩は困った顔で「わからない」と答えているのが首を左右にふる動きで分かった。


「ちょっと話があるだけです。来ていただけますか?」


 彰がよそ行き顔の笑顔を浮かべて小首をかしげる。完璧に計算つくされた可愛く見える角度だ。「人を魅了するには技術と努力がいるんだよ」と言っていただけあって、本性を知っている私でもうっかり可愛いと思ってしまう完成度。


 そんな笑顔としぐさに本性を知らないうえ、免疫のない三年生たちはうろたえた。女子生徒は黄色い声を上げるし、男子生徒の何人かは顔を赤らめている。ご愁傷様といいたい。

 

 小宮先輩も顔を赤らめつつおずおずと近寄ってきた。

 その態度は年上だというのにどことなく小動物っぽい。身長は私と変わらないので男子の平均身長くらいか。顔立ちは香奈が言っていたとおり整っており、彰とは違って間違いなく男だと分かるものだ。

 それなのに動きと雰囲気がどことなく可愛い。これは確かにモテるだろうなと納得すると同時に可哀想に思う。

 こんな見るからに優しく純粋な人が他人の勝手な執着に振り回されていると思うと胸が痛んで仕方ない。


「……何か用かな?」


 戸惑いつつも小宮先輩は彰と、斜め後ろにいる私に向かって笑いかけた。

 黙って突っ立っているだけの私に対してもこの対応。人がいいことが分かればわかるほど私は複雑な気持ちになっていく。

 その気持ちが顔に出てしまったのか小宮先輩が戸惑った顔をした。慌てて平静を装おうとする前に彰が言葉を発する。


「祠にお願いしましたよね?」


 笑みは先ほどと変わらない柔らかで綺麗なものだ。警戒心を人に抱かせない、それでいて内心を悟らせない完璧な笑み。

 けれど私と小宮先輩にしか聞こえない小さな声でささやかれた言葉は有無を言わせない支配力がある。

 小宮先輩の顔から表情が抜け、青ざめる。


「大丈夫です。僕は先輩に味方するつもりで来たんです」


 彰は相変わらず笑みを浮かべたまま小宮先輩の腕を引いた。大した力は入っていないように見えるが小宮先輩は大きく体を震わせる。


「ここだと集中できないので、一緒に来てください」


 相変わらず拒否を言わせないプレッシャーを身にまといながら、それでも小宮先輩と私以外に悟らせることなく彰は笑う。器用であり、恐ろしい。隣で見ているだけなのに体がこわばって動けない。


 彰が小宮先輩の手を引いて歩き出す。操り人形のように小宮先輩は引かれるままに歩いていく。

 噂の美少年に三年のイケメン先輩が手を引かれて歩く様は目立ち、あっという間に周囲の視線が集まった。それを私はぼんやりと見送った。ついていくべきだと分かっているが彰のプレッシャーが残って動けない。


 少し距離があいたところで彰がこちらを振り返って、私にしかわからない程度に顔をしかめた。「何してんの。早くついてきなよ」と唇が動く。

 素の彰のしぐさを見てやっと動かなかった身体から緊張が抜けたのを感じた。


「何アイツ怖すぎ……」


 これ以上放っておくと不機嫌になるので私は慌てて彰と小宮先輩の後を追う。

 私が動き出したのを見ると彰は視線を前へと戻した。小宮先輩は相変わらず意思を感じない足取りでふらふらと彰に引っ張られている。見ていて危なっかしい。


 きっと小宮先輩の頭の中は不安と緊張と戸惑いで周りを見る余裕も、状況を判断する思考も残っていない。

 そうなるようにわざとプレッシャーをかけて意味ありげなことを言ったのだろうかと私は顔をしかめた。


 彰ならあり得る。

 どこまで策士なんだ、あの男は。


 底が知れない自称幼馴染を見て私は額をおさえる。

 オカルトに暴走する難点はあっても本当の幼馴染の方が何百倍もマシだと屋上で待っている香奈が恋しくなった。


 屋上に行くと鍵はすでに開いていた。

 彰が香奈に渡して、先に鍵を開けて待っていてくれと頼んだのだ。

 小宮先輩は屋上の鍵が開いていることに戸惑ったが彰はそれを無視してドアを開け屋上へと足を踏み入れる。私はそのあとに続いて入り、だれも入ってこないようにドアの鍵を閉めた。


 鍵がかかる音を聞いて小宮先輩が震え、逃げ場がなくなったという絶望を浮かべる。申し訳なく思ったが誰かに話を聞かれるリスクをなくすためだと許してほしい。


「彰君、七海ちゃん」


 先に待機していた香奈が駆け寄ってくる。

 一人で待っていて不安だったのかもしれない。小宮先輩を見ると成功したんだと嬉しそうに笑った。


 小宮先輩は底知れない彰と、女にしては大きく初対面では威圧感があるといわれる私に挟まれていたせいか香奈を見るとほっとした顔をした。

 どことなく小動物みたいな雰囲気が香奈と小宮先輩は似ているし、同じ空気を持つ仲間を見て安心したのかもしれない。


「この度は突然こんなところに連れ出して申し訳ありません。僕の名前は佐藤彰。一年生です」


 彰は改めて小宮先輩に向き直ると丁寧に自己紹介をして頭を下げた。

 先ほどの威圧とは打って変わった態度に小宮先輩は目を白黒させる。

 私と香奈も普段の彰とはかけ離れた丁寧な口調と綺麗なお辞儀に戸惑った。お前そんなキャラじゃないだろ。と突っ込みたいが言える空気じゃない。


「こちらは僕の友達の香月七海ちゃんと坂下香奈ちゃん。今回の件で協力してくれる頼れる仲間です」


 頼れるのところだけ力強く発音する彰。嫌味なのか「協力すんなら頼れるって言えるくらい仕事しろよ」っていう脅しなのか、どっちだ。


「えっと、俺は三年の小宮稔だけど……って知ってるよね」


 困った様子で小宮先輩はそういうと頬をかく。

 私たちがうなずくと、そうだよねえ。と言いながらも腑に落ちてなさそうで視線が四方八方に泳いでいる。

 本当ならすぐさま彰がいった祠の件を聞きたいだろうが、聞いていいものな悩んでいるようだ。お願いの内容が内容なので仕方ない。


「不安に思うのはわかります。小宮先輩にとっては緊急事態だということも重々承知しています」


 彰はいきなり小宮先輩へと距離を詰めると先輩の両手をとり握り締める。

 それから距離を限りなく縮めて顔を覗きこんだ。びくっと体を震わせた小宮先輩は後ずさる。それでも逃がさずに追う。


 戸惑いと恐怖と照れと様々な感情が入り混じった顔で小宮先輩は彰を見ていた。

 これは正常な判断能力を奪うためにわざとだなと私は呆れた。

 だんだん彰の行動の意味が分かってきた自分が嫌だ。


「それでも信じてください。僕らはお狐様に頼まれてやってきた使者なのです」


 その言葉に小宮先輩は目を丸くした。

 もっというなら私と香奈も目を丸くした。それ言っちゃうの。誤魔化すところじゃなくて堂々と言っちゃうのというのが私と香奈の気持ちである。

 彰は私と香奈すら置き去りにして畳みかける。


「お狐様に願い事をしましたね?」

 小宮先輩は素直にうなずいた。すっかり彰の空気に飲まれて誤魔化すという考えもないようだ。


「申し訳ないですが願い事の内容は読ませていただきました」

「なんで……」


 小宮先輩の表情が曇る。知られたくはない内容だろう。身近な人に相談できず、藁にも縋る思いで噂に頼ったのだとしたら余計に。

 もしかして騙されたのか。馬鹿にされるのかと小宮先輩が思うのも仕方ないことだ。


「勘違いしないでください。あくまで僕は読んだのはお狐様の意思に従ったためです」

「お狐様の意思?」


 彰が真剣な表情でいうと小宮先輩はポカンと口をあけた。

 ついでにいうと私と香奈も同じ顔だった。いやまあ、間違ってはいない。願い事を叶えて信仰者を増やすのはお狐様の意思だ。そうなると願い事の手紙を読むのも拡大解釈すればお狐様の意思ではある。

 間違っていない。間違ってはいないがなんか釈然としない。


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