2-2 一歩近づく

「それで、先輩っていうのは?」


 仕切り直しとばかりに話を戻した彰が、香奈に問いかける。

 彰の言葉で香奈はもともとの話を思い出したらしく顔を引き締めた。

 寮母さんの話で忘れかけたがストーカーとなれば早急に対処しなければいけない真剣な内容だ。


「たぶん、3年の小宮稔先輩だと思う」

「小宮稔……」


 残念ながら私は名前を言われても分からない。

 最近になって通い始めた彰も分からなかったらしく眉を寄せている。


「カッコいいって1、2年生でも有名なんだけど七海ちゃん知らない?」

「まったく」


 私の反応に香奈は苦笑した。七海ちゃんはそういうの興味ないもんね。と視線がいっているが香奈だって生きてる普通の人間には興味ないだろ。

 彰が私と香奈を残念なものを見る目で見てきた。青春真っ盛りの女子高生がそれでいいのか。と視線が訴えかけてくるが余計なお世話だ。


「僕より美形?」

「彰君が可愛い系なら先輩はカッコいい系かな」


 冗談のつもりで言ったのか普通に肯定されて彰がうろたえる。

 香奈にそういう冗談は聞かないぞ。むしろ自分が恥ずかしい想いするだけだぞ。と生暖かい目で見るとにらまれた。

 意外と可愛いところもあるようだ。


「イケメンのストーカーっていうと女の子か……まさか男ってことはないでしょ?」


 念のため確認をとると香奈は「女の子だよ」と答えた。

 とりあえずは安心だ。ストーカーってだけでも厄介なのに同性を狙うという、さらに厄介な相手だったら嫌すぎる。


「ナナちゃん油断しちゃだめだよ。男ももちろんだけど、女の子もえげつないんだから」


 どこか遠くを見ながら彰が口元を上げて笑う。表情は微笑だが目が完全に死んでいた。

 どうやら彰は男女ともに経験ありらしい。改めて同情する。


「ストーカー被害にあってたのって私たちが入学する前でしょ」


 香奈から手渡された手紙を読むとストーカーの被害にあったのは去年と書かれている。ここ最近姿はなかったからあきらめたと思っていたが、大事な子がいなくなったので不安で仕方ない。と。


「去年なら忘れられてそうなのに、香奈が知るくらい話題にあがってるの」

「小宮先輩ってカッコいいってストーカーに付きまとわれる前から有名だったの。校内彼氏にしたいランキング1位とったこともあるって」


 それは一体どこ調べのランキングだ。とツッコミたいが、真剣な香奈の表情を見るに聞いていい空気ではない。

 同時に未だに小宮先輩が噂になっている理由に納得する。

 恋愛としても、世間話としても美形は男女ともに話題に上がりやすい。嫌な傾向である。


「気さくで誰にでも優しい先輩だったのに、ストーカーに会ってから人間不信。とくに女性不信気味になっちゃって、余所余所しくなったんだって…」

「優しい子なら余計にダメージ来るでしょうからね」

「優しい人ならそうだよねえ……」


 彰と違ってという言葉は出さずに私と子狐様は彰に視線を向ける。

 口には出さなかったが態度と視線でバッチリ伝わったらしく睨みつけられた。


「でも、今はストーカーにあってないんでしょ。ってなるとストーカーのせいっていうのは気のせいで別の原因があるんじゃない」

「大事な子って言うのがストーカーとは関係なく自らの意思でいなくなったってこと?」


 香奈の言葉に私はうなずく。


「そもそも、大事な子って曖昧な言い方してるけど、友達なの?」

「普通に考えれば彼女っぽいけど……」


 ストーカーにあって女性不信になっている人に彼女ができるとも思えない。

 イケメンだというのに何とも勿体ない話である。


「たぶん、彼女であってると思う」


 香奈は手紙をじっと見ながら答える。

 その返答に私と彰は顔を見合わせ、子狐様は眉を寄せた。


「女性不信なのに?」

「一時期は本当にひどかったみたい。ちょっと近づいただけでも青い顔で逃げ出すくらいで、学校に来れなかった時期もあったって」


 その状況を想像するだけで悲惨だ。もともと気さくな性格だったというのなら、よほどの精神的苦痛があったのだろう。

 彰は経験者だけあって、私以上に小宮先輩の心情を察したのだろう。いつになく顔をゆがめている。


「それがある日、落ち着いたんだって。精神的な支えができたって小宮先輩笑うようになって、特定の女の子の名前をよく言うようになったって」

「それは彼女っぽいね……」


 彰は腕を組み、納得した様子で頷いた。

 確定とは言わないが、ほぼ間違いないだろう。

 ストーカー被害になって精神的に疲弊しているところを支えてくれる女性。それが赤の他人だったら驚きだ。小宮先輩の片思い説は残るが。


「あれ? ちょっとまって。その彼女ができたのって、ストーカー被害にあってる間?」


 私が焦りながら聞くと香奈はあっさりうなずいた。

 彰も私の思考に気づいたらしく、目を見開いて、それから何かを考えるように口元に手を当てる。


「それってまずくない?」


 執着している相手に、自分が見ている間に彼女ができる。

 それをストーカーまでする人間が黙って見ていられるのだろうか。


「うーん……そこがおかしな話なんだけど……」


 香奈は言葉を濁す。香奈自身、聞いた話の内容に対して納得いかない部分があるらしい。


「小宮先輩に彼女ができたって噂が広まってから、ストーカー被害が収まったんだって」

「はあ?」


 彰が素っ頓狂な声を上げる。私は声を上げることもできずに口をポカンと開けて固まった。

 何だそれ。どういうことだ。


「なんで収まるの。普通怒るとこじゃない。私の恋人に手を出すな。泥棒猫! って泥沼化するところじゃない!?」


 彰がいうと、実際そんなことがあったのだろうかと妙に勘繰ってしまうが、言いたいことは分かる。

 普通、ストーカーまでしている相手に彼女ができたから身を引こう。とはならないだろう。


「だから、未だに話題に上がるんだと思う。消化不良で終わっちゃっていうか。分からないから不気味って言うか」


 香奈は細い自分の体を抱いて身震いした。


「飽きたんじゃないですか。執着なんて意外とあっさり消えるものですよ」


 いつの間にかお茶を飲んでいた子狐様がのんびりした口調で言う。

 長年生きてきた子狐様のいうことには実感が伴っている。昔は大事にされていたというのに、今は見向きもされない現状を思ってのことかもしれないと思うと胸が痛んだ。


「ストーカーなんてする相手に、論理的な行動を期待するのがおかしいのかもしれないけど……」


 子狐様の言葉を聞きつつも彰は納得いかない様子だ。

 腕を組んで空をにらみつけるように考える姿に、私も思考を整理する。


 小宮先輩はストーカーにあっていた。

 それで女性不信にまで陥ったが、支えてくれる女性に会ったことで何とか回復。それをみたストーカーは自分の行いを悔やみ姿を消した。


 ……なんて、綺麗な話だったら誰も苦労しない。


「でも、小宮先輩の大事な人がいなくなっちゃったんだよね」

「それなんだよねえ……」


 手紙をにらみつけて彰が低い声を出す。

 いつも教室で女子にも負けない高い声を出している男と同一人物とは思えない。そんな声出せたんだと私は密かに感動するが、茶化す場面でもないだろう。


「その後のストーカーの接触はないの?」

「ないみたいだよ。小宮先輩も周りもしばらくは警戒してたみたいだけど、時間たつにつれて薄れてきて。最近だと、そういうことがあった。っていう昔の話になってたから」


 過去の話にまで風化したタイミングで再びというのは偶然なのだろうか。


「……完全に油断するの待ってたみたいだよね」


 ポツリとつぶやかれた彰の言葉に鳥肌がたった。香奈も青い顔をしているのを見ると私と同じ結論に至ったのだろう。

 ストーカーは諦めたのではなく、小宮先輩と彼女が油断する機会を虎視眈々と狙っていたのではないかという最悪な想像。


「考えすぎでは」


 そう子狐様はいうがその声も頼りない。心の底からそう思っていないのが伝わって、それが余計に不安をあおる。


「考えすぎならいいけどさ……」


 彰はそういってもう一度手紙をにらみつける。


「……もし手紙に書かれていることが小宮先輩の考えすぎで、彼女が自らの意思で小宮先輩の前から姿を消したとしたらそれでいいよ。小宮先輩の失恋慰めて、それで終わり」


 彰はそこで言葉を区切って私たちの顔をぐるりと見まわした。

 真剣な表情に私は緊張して、ごくりと唾を飲み込む。


「でも、これがストーカーの計画的犯行だとしたら相手は頭脳犯だ。しかも長期戦を仕掛けてくるような執念深くて厄介な奴」


 さっきから背筋がぞわぞわして仕方ない。子狐様が最適な温度を保っていてくれていると彰はいっていたのにやけに空気が冷たくて肌がピリピリと粟立つ感覚。


「この事件、相当根深いかも」


 彰にからかいの色はない。真剣であり、ふざけることを一切許さないという空気に私の背筋が自然と伸びる。


「君たちも軽い気持ちで関わるならやめた方がいい。相手は何をしてくるかわからない」


 それは経験者だからこその忠告であり、本気で私たちを心配する言葉だった。

 こういうところがあるから佐藤彰という人間は分からない。他人なんて興味ないって態度を見せる癖に誰よりも他人のために必死になったり、気遣ったりする。


 私は笑った。その笑みを見て彰の眉が吊りあがる。

 場違いな笑みにバカにされたとでも思ったのかもしれない。


「今更でしょ。私たちがもともと言い出したんだよ。子狐様を助けるって」


 その言葉に黙って聞いていた子狐様が驚いた顔をした。

 その反応を見てそういえば私たちの意思を直接子狐様に言ったことはなかったなと思い出す。子狐様は前の事件にかかわってしまったから、私たちが彰に無理やり付き合わされていると思っていたのかもしれない。


「そうだね。私たちが彰君に頼んだんだ。子狐様を助けてって」


 本当なのかと子狐様の視線が彰に問いかける。

 彰は答えずにため息をついた。


「アホだよねえ。面倒事に自分から突っ込んでくるんだから」


 バカすぎて見てられないんだけど。と言いながらも私たちの言葉を否定しない彰を見て私たちは笑い、そんな私たちを見て子狐様は嬉しそうにほほ笑んだ。

 子供ようでもあり長い年月を経た大人の女性のようでもある。子狐様でしかできない笑みを見て私は良かったなと思う。


 あの時彰に頼んでよかったと初めて心の底から思った。

 この心優しい神様を見捨てなくてよかったと過去の自分を誇らしく思えた。


「一度面倒事に首突っ込んだら2回目も3回目も似たようなもん」

「その思考回路はどうかと思うよ。そのうち本気で怪我するか最悪死んじゃうから」

「そうなる前に彰が助けてくれるでしょ」


 ニヤリと笑って言うと彰は虚をつかれた顔をした。

 その後、眉間に深い深いを皺をつくって口元を引き結ぶ。彰らしからぬ何とも不細工な表情に余裕のなさを感じて私は良い気分だ。


「今度危ない目にあったら見捨ててやる……」


 だから吐き捨てられた言葉にも余裕の態度で笑みを返せたのだが


「本気で見捨てるからね」


 次の瞬間に絶対零度の冷たさで吐き捨てられたのは流石に慌てた。

 本気で見捨てられたら私が自力で生きのびられる気がしない。


「仲良しだよねえ」


 そう微笑まし気に笑う香奈に仲良くない。と言い返せなかったのは彰の機嫌を取るのに必死だったからだ。けして、そう思われるのも悪い気がしないと思ってしまったからではない。

 絶対にない。

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