白猫カフェへようこそ③
「何で、そんなことに……?」
「そこに立ってるのが、猫たちをどうしたらいいかって僕の幼馴染に相談したらしいんだよ」
「幼馴染?」
「ナナちゃんもカナちゃんも、僕が名刺渡したの見てたでしょ?」
香奈が「ああ」と声をあげる。私もあの時の名刺の謎が分かって、一瞬納得しかけたが、そうなると彰の幼馴染っていったい何者なんだという妙な謎ができてしまう。
「で、幼馴染が僕にどうしたらいいかって相談してきたの。数十匹まとめて飼うのは難しいけど、猫同士が仲良くなったのに引き離すのは可哀想だ。何かいい案はないかって。だから僕は、猫カフェ開いたら? って提案したわけ」
彰はそこまでいうと、立ったままのリーダーを手招きする。
リーダーは若干、嫌そうな顔をしつつも大人しく彰の隣に立った。
「紹介するね。白猫カフェの店長です」
「店長を務めさせていただいています、
そういうとリーダーあらため、宮後さんは腰を折った綺麗なお辞儀をする。
私と香奈は慌てて立ち上がり、同じく頭を下げた。
彰はその様子をニヤニヤ笑いながら見ている。
何だお前は、本当に偉そうだな。いや、オーナーというなら、実際偉いのか……。でも、高校生で店のオーナーっていったい……。
「きっかけは分かったけど、何で彰がオーナーに?」
「発案者が僕なんだから、僕がなるのが当然じゃない? 内装とか、メニューとか、経営に関してとか、僕が口出さなかったら開店まではいかなかったと思うよ」
彰はそういいながら紅茶を口に運ぶ。
隣に立っている宮後さんが否定せず、何とも言えない顔で彰を見ているから事実のようだ。
内装、メニュー、経営に口出しして開店まで持っていく高校生って何だ。普通の高校生から逸脱しすぎだろ。でも、彰だからって言われると自然な気がする。そう思ってしまった私は額をおさえた。
だいぶ、彰に毒されてきている。
「でも、資金はどこから出したの? さすがに彰君だってお店開店させるほどのお金は持ってないでしょ」
これで、実はどこぞのボンボンだとか言われたらどうしようと。私は恐る恐る聞く。家庭の事情が複雑だって話は聞いているし、ポテンシャルの高さからいってありえない話ではないが、設定盛りすぎにも程がある。
「さすがにそこは、幼馴染に出してもらった」
「……あんたの幼馴染、何者よ……」
どこの世界にポンっと開店資金を出してくれる幼馴染がいるのか。
いや、今目の前にいる彰にはいるから今の状況ができあがっているのだが。
常識とはいったい何だろう。
「まー色々とあってねー。それなりにお金持ってるんだよ。でもって、僕のいうことなら喜んで聞くから」
彰はさらりと言うが、かなりの問題発言だ。実際、隣に立っている宮後さんの顔は引きつっている。香奈は「仲いいんだね」と的外れの感想を述べていた。そのまま純粋に育ってくれ……。
「……分かりたくないけど、分かった……」
頭を押さえつつ、大きなため息をつくと彰が楽し気な笑みを浮かべた。
こちらが嫌そうな反応をすればするほど、楽し気に笑うとは性格が悪すぎやしないだろうか。それも今更か。
抗議もこめて、さらに大きなため息をつくが、彰は鼻歌を歌いだす始末。宮後さんからは同情の視線を向けられた。視線を向けると、大きく頷かれる。彰に振り回されているもの同士、妙な親近感を得てしまった。
「そんなわけだから、ナナちゃんとカナちゃんも宣伝よろしくー。売上貢献してくれたら、特別メニュー用意してあげるよ」
「任せて!」
香奈は両手を握り締めて、キラキラとした笑顔を浮かべた。純粋に応援しているようだ。彰というどす黒い存在を見た後だと目に優しい。
そう思っているのは私だけではないようで、宮後さんも孫でも見るかのような顔で香奈を見つめていた。分かります。癒されますよねえ。
「……すぐ潰れちゃ目覚め悪いしねえ」
そういうと彰は目を細めて、意地の悪い顔でこちらを見てくる。
協力するつもりだけど、素直に協力するというのは気恥ずかしいという私の内心を正確に理解しているらしい。何でこいつ、こんなに洞察力があるんだろう。性格悪いのに。いや、性格悪いからか?
「あ……でも、一つ聞きたいんだけど」
まとまりかけた空気の中、ふと私は店に入ってすぐに感じた疑問を思い出した。
「なんで、店員の制服エプロンなの」
わざわざ片手をあげて、真剣な表情で問いかける。
間抜けな質問だと思うことなかれ。私にとっては重要な問いかけだ。だって、お店の雰囲気と店員が合わな過ぎる。コラ画像じゃないかと疑いたくなるレベルだ。
「ああ、あれね……」
彰は一瞬遠い目をした。
「本当はさ、ちゃんとした制服用意する予定だったんだよ。でもさ、皆ことごとく似合わなかったんだ……」
宮後さんが思いっきり顔をそむけた。
「なにを着せても、チンピライメージが消えなくてさ……」
そういって深々と息を吐き出す彰は、いつになく疲れ切った顔をしていた。
そんなにひどかったのか……。
「だから、いっそのことシュールさを売りにしようかと」
「そこで、そうなるのが彰君だよね……」
良くも悪くも、佐藤彰という人間は常識の外にいるらしい。
***
せっかく来たんだしと、カフェのメニューを試食させてもらい、紅茶をごちそうになり、猫と戯れ。予想外に楽しく過ごしてしまって、帰るころには外は夕暮れだった。
すっかり猫の魅力に取りつかれてしまった香奈は、今度また来ようと興奮気味で、宮後さんもほかの従業員たちも嬉しそうにしていた。
「まさか、あのチンピラたちがああなるとは……」
廃ビルに乗り込んだときは、想像もしなかった結末だ。当の本人たちですら予想もしていなかっただろう。
猫たちを世話したのだって、お金のため。
こんなにのめり込むなんて思ってもいなかったと、宮後さんは語っていた。
宮後さん以外の他の従業員もそうなのだろう。皆、猫たちを見る目がとても優しかった。
「彰君は、ああなるって分かってて、名刺渡したの?」
「あるかもなーとは思ってた」
隣を歩く彰はあっさり答えた。
私も、宮後さんですら想像しなかったことを、彰は想像していたらしい。
やはり、こいつの頭は私とは造りが違うようだ。
「だって、お金のためとはいえ、あそこまで大事にする必要ないでしょ。野良猫だよ? 適当に世話して、用済みになったら逃がせばいい。後で聞いたけど、重里はね、準備金多めに渡してたらしいけど、殺さないように。としか言わずに丸投げしたんだって」
「えっじゃあ、あれって……」
私は廃ビルでみた猫用グッズの数々を思い出す。あれは支給されたものではなく、宮後さんたちが自分たちで用意したものだったのか。
「ゲージもさ、用意はしてたらしいけど、小さいやつ。あんな大きくてくつろげるようなものじゃなかったって、現場の写真見て、重里びっくりしてたよ」
いつの間に、現場の写真見せる機会をもってたんだと、突っ込みたいところはあるが今はいい。
いや、後でもいいけど。どうせ、ろくでもない話だろうし。
「その話聞いてさ、連絡くるなら猫のことだろうなと思ってたんだよね。あんなに大事にしてたら、もう手放せないだろうなって。大の男がさー笑っちゃわない?」
彰はそういうが、その顔は楽し気だった。こちらを小ばかにする、嫌味ったらしい顔ではなく、純粋できれいな笑顔だ。
「猫って、人の人生変えちゃう力持ってるだよ。すごいよね」
小宮先輩も友里恵ちゃんに会って救われた。宮後さんたちも猫を世話したことで、人生が変わった。重里玲菜も、友里恵ちゃんがいたからこそ小宮先輩と恋人同士になれた。
そう考えると、確かに猫はすごいのかもしれない。
いや、猫っていうより……。
「何かを愛するって力がすごいのかもしれない」
私は足元を見てポツリとつぶやいた。
夕焼けが差し込んで、私たちが歩く道に長い影が伸びている。
少し先を歩く香奈の足が、楽し気にステップを踏んでいるのが見える。鼻歌まで聞こえてくるから、本当に今の香奈はご機嫌だ。
「何かを愛する力ねえ……、ナナちゃん恥ずかしいこというね」
彰は私の顔をしたからのぞき込むと、にんまり笑った。言われて、自分の発言を振り返った私は、とたんに顔が熱くなる。自然と口から出た言葉だが、冷静になると恥ずかしい。
「ちが! そういうのじゃ、なくて!」
「いいって、照れなくて。いいねえ、愛の力!」
彰は心底楽しそうに、愛という言葉を連呼する。
私を徹底的にからかうつもりらしい。いつものことだが性格悪い!
「あーそうだ、愛と言えばさ」
突然、彰が歩みをとめて振り返った。その動きに合わせて、長い髪が私の目の前を通り過ぎる。
「小宮先輩と重里玲菜、白猫カフェ来たよ」
「え?」
「小宮先輩何も知らずに、猫カフェって情報だけで来たみたいで、扉あけてびっくりね。小宮先輩、えぇーって叫ぶし、宮後さんと重里玲菜はお互いに気まずそうだし、僕は笑いすぎて怒られた」
「なにその状況……」
思い出したらまたおかしくなってきたのか、彰がお腹を押さえて笑い出す。たしかにこんな風に笑い続けられたら、文句の一つも言いたくなるだろう。
「小宮先輩の天然っぷりもすごいよねえ。意外と重里玲菜の方が苦労したりして」
学校での小宮先輩の様子を思い出して、私は苦笑した。重里と付き合いだしても、友里恵、友里恵とうるさかったために、二股!? と大騒ぎになったのも記憶に新しい。
「あと、吉森少年もきた」
「はあ?」
「義達が、寂しそうだから遊ばせにきたってさ。猫をつれて遊びにくるサービスは考えてなかったんだけどね、面白いし検討してもいいかもね」
吉森少年はあの後、親をどうにか説得して義達を飼えるようになったと百合先生から聞いてはいた。野良猫として生きるよりは飼い猫の方が安全だし、餌にも困らないから義達としても良い結果なのかもしれない。
でも、なんとなく腑に落ちない。
ほんとにあの少年は、ちゃっかりいいポジションを持っていく。
「心配しなくても、案外、世界は上手く回っていくものなのかもね」
私が吉森少年のことを考えていると、彰が妙に静かな声でつぶやいた。
声は落ち着いているが、表情をみると楽しそうだ。人をからかうときに見せる、意地の悪い顔ではなく、本当に純粋に楽しんでいるとわかる明るい表情。
そんな彰を見て、私はやっと大丈夫だと安心できた。小宮先輩も、重里も、宮後さんも白猫カフェも。ついでに吉森少年と義達も。きっと、私が心配する必要なんて最初からなかったのだろう。
「無駄に心配して損した感じだ……」
「ほんとねー。今度、吉森に奢らせよう」
「それは理不尽じゃ……」
私の言葉に彰はまた笑い、そんな彰を見て私もつられて笑う。先を歩いていた香奈が振り返り、不思議そうな顔でこちらを見る。何だか楽しくなってしまった私は勢いで香奈に抱き着いて、それを見た彰も、おそらくノリで香奈に抱き着いた。
いきなりの事に、うろたえる香奈を見て、私はさらに笑い、彰も笑う。
夕暮れの街に、響き渡る笑い声。
今のどうしようもなく楽しい気分が、町中に広がったら、みんな幸せになるかもしれない。そんなバカなことを思った。
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