白猫カフェへようこそ②

 放課後が近づくにつれて、そわそわと落ち着きなくなった香奈に比べて、彰は今日もマイペースだった。


 「カフェについて何か知ってるの?」という私と香奈の問いかけを「行けば分かるよ」と笑顔で流し、後は何を聞いても答えなかった。いつも通りの秘密主義。そこまでもったいぶらなくてもと私は呆れていたが、香奈は純粋に楽しみらしい。

 放課後になるとすぐに、私と彰の手を掴んで元気よく教室を飛び出した。

 

 あまりの勢いに、私も彰も驚いたが、一度目標を見定めるとそれしか見えない香奈は気付いていない。

 鼻歌まで歌いだしそうなほど上機嫌に手を引く香奈を見ると文句もいえず、私と彰は顔を見合わせて苦笑することになった。


「ここが、白猫カフェ」


 そういって彰が案内したのは、商店街から少し外れた場所。

 私の目の前にあるのはこじんまりとした、いかにもという感じのお店。

 レンガ造りのお洒落な外装。植え込みは綺麗に揃えられ、観葉植物やアンティーク調の小物が置かれている。


 店の前に置かれたボードには、チョークで「営業中」とかわいらしい丸文字でかかれている。しかも猫のイラスト付き。


 どこから、どう見てもお洒落なカフェである。

 あの日、廃ビルで彰がボコボコにしていたチンピラたちとは、あまりにもかけ離れている。


「……本当に、ここ?」


 私が半信半疑で聞くと、香奈は笑顔で、彰はニヤニヤしながらうなずいた。香奈はともかく、彰は私の内心を正確に理解しているに違いない。じゃなければ、あんな愉快な笑みを浮かべるはずもない。


「ねえ、香奈。本当にここに、廃ビルにいた人たちがいたの?」

「いたよ。この間外で掃除しているときに会ってね、あの時はお世話になりましたって挨拶したら、いえ、こちらこそ。ってすごい頭下げられたの。真面目な人なんだね」


 香奈はニコニコしながらいったが、おそらくは香奈の背後にいるであろう彰が怖くての行動だろう。やはり、トラウマになっているらしい。


「それで、彰。どういうことなのか、いい加減説明してくれない?」


 店の前まできたというのに、相変わらずニヤニヤ笑ってこちらのやり取りを見ている彰をにらみつける。


「まーまー、まずは中に入ってから……って言いたいところだけど、僕は裏口から入るから、カナちゃんとナナちゃんは正面から入って。事前に連絡はしておいたから」

「事前に連絡って……、あんたいったい」


 最後まで言い終る前に、彰は建物の隙間にある小道へと入っていく。おそらく、その奥に裏口があるのだろう。

 連絡を取っていたこと。何の迷いもなく裏口へと向かったことから考えて、彰はこの店と何らかの関係があるのは確かだ。

 相変わらず、思考も行動も読めない。


「いこっか、七海ちゃん」

「……行くしかないよね……」


 ここで帰ったらバカみたいだし、彰に後で何を言われるか分かったものじゃない。私はふぅっと息を吐き出すと、気合を入れて店の扉を押した。


 アンティークのドアを開くとチリリンという軽やかな鈴の音がした。中も外装と同じくお洒落な雰囲気で、さりげなく流れる音楽も耳に心地よい。高校生が来るには場違いな、高いコーヒーでも出てきそうな雰囲気に私はひるんで


「ヘイ、ラッシャイ!」


 次に響いた、店の雰囲気と全く一致しない挨拶に固まった。

 隣で香奈も大きな目をさらに見開いて、硬直している。


「兄貴、それじゃダメだっていったじゃないっすか。いらっしゃいませ、お嬢様っすよ」

「猫カフェなんだから、ふつうにお客様でいいだろ」

「いやいや、猫カフェってことを意識して、語尾にゃんの方が」

「誰得なんだよ」


 全くだ。そんなサービス、誰も得しない。

 何しろ目の前で話しているのは、可愛い女の子でも、美人のお姉さんでもなく、目つきの悪く柄の悪そうな男たち。それだけでも十分にマイナスなのに、ガタイもいい。いかにもケンカ慣れしてますよという妙な迫力まで持ち合わせている。

 何も知らずに入ったら、即刻、開けたドアを閉めるだろう。


 そんな場違いな男が、複数人出迎えただけでも衝撃なのに、全員「白猫カフェ」と可愛いロゴの入ったピンクのエプロンを身に着けている。エプロンだけは文句なしに可愛い。丸文字のロゴと、猫のシルエット。肉球がアクセントで入って、袖口にはフリルまでついている。


 女の子が着たらとても可愛いだろう。

 女の子が着たら。


「だから、複数人で出迎えるのやめろって言ってんだろ……お客様逃げたらどうすんだ」


 一際ガタイのいい男が奥からひょっこり顔をだし、あきれた顔で集まっていた男たちに散れと手を振る。

 正直、助かった。


 男たちに悪意はなかったらしく、不満げに、それぞれ持ち場へと歩き出した。

 去り際、笑顔で「ごゆっくり」と頭を下げたあたり、接客だという意識はあるらしい。


 だとしてもおかしい。

 やっぱり、どう考えてもおかしい。


 男たちがいなくなった方向を見れば、一人はテーブルを拭き、一人は猫のゲージを掃除し、一人は何か帳簿らしきものを付けている。

 全員、真面目に仕事をしている。

 それだけに、ピンクのフリル付きエプロンが浮いてしかたない。


「シュールすぎるでしょ……!」

「ですよねえ……」


 思わずもれたつぶやきに、奥から出てきた男が神妙な顔で頷いた。

 一応、自覚はあるらしい。自覚があるなら、何でこうなったと問いたい。

 そう思って、真正面から男の顔を見た私は、既視感を覚えた。


 この顔……この佇まい、どこかで見たような……。

 と、記憶を探り出して、廃ビルにて彰に足げにされ、百合先生に脅され、散々な目にあったリーダーらしき男だと脳の検索が結論を出した。


 思い出した瞬間、何とも言えない気持ちになって、とっさに同情の視線を向けてしまう。私の反応で、私が思い出したことを理解したらしい。男は微妙な顔で私に引きつった笑みを返した。

 

 何ともいえない気まずい沈黙。

 再会には違いないのだが、お互い望んでいないうえに、出来ればお互いに忘れたい記憶を共有してしまっている。

 さて、どうしたものかと困っていると、隣で硬直していた香奈が、いつの間にか復活していた。


「皆、あの時の猫なんですか?」


 私の背後に隠れつつ、猫たちが気になるのかチラチラと店の奥を見ている。

 店の奥には猫たちと触れ合うためのスペースがあり、そこでは白猫たちが思い思いに過ごしてた。寝ているものもいれば、遊んでいるものもいる。猫同士でじゃれている子に、仕事をしている男たちを物珍し気に眺めている子。

 共通点はみな、廃ビルにいたとき以上にリラックスしていることだ。


「ああ、皆あの時の猫だよ」


 リーダーの男は穏やかな顔でそういって、目を細めた。

 優しいその目を見ると、嫌々でも、場の流れでもなく、本当に猫のためにこの店を開いたのだと伝わってきた。


「それで、あの……どうして……」

「もー、いつまで、そこに突っ立てるの」


 リーダーが出てきた奥の扉から、彰がひょっこり顔を覗かした。

 その途端、先ほどまでリラックスしていた猫たちが一斉にシャーと唸り声をあげ始める。寝ていた猫ですら飛び起きて、毛を逆立て、牙をむきだす。その光景を見て、私は廃ビルでのことを思い出し、本当に彰は小動物に嫌われるのだなと再確認した。


 同時に、彰が入口から入らなかった理由を悟った。

 たしかに、裏口でなければ大惨事だろう。

 ちょっと顔をだしただけで、この大ブーイングでは。


 リーダーは慣れているのか苦笑し、ほかの男たちも似たような反応で彰と猫たちを見ている。いつもの事なのだろう。

 ということは、いつもの事になるくらいには彰は顔を出しているのか。


「……さっさと来てよ」


 猫に威嚇されたのがショックだったのか、いつもより低い声で彰はそういうと、店の奥へと引っ込んだ。

 私がリーダーをうかがうと、リーダーは私と香奈を奥へと促す。話が通っているというのは本当らしい。


 扉の奥は、従業員用の休憩スペースらしく、ロッカーと大きめなテーブル、いくつかのイスが置かれていた。

 リーダーが自然な動作でイスを引いてくれたので、私はおずおずと席に着く。男の人にイスを引かれて座るなんて経験は初めてだ。

 香奈も緊張気味に、ぎこちなく頭を下げていた。


「紅茶でいい?」


 彰がさらに奥から、四人分のティーカップを持って現れた。リーダーが何も言わないところを見ると、当然のように紅茶をいれてくるのも自然なことになっているらしい。

 いったい、どういうことだ。


 私はわけが分からず、リーダーと彰の顔を何度も見比べる。

 香奈も戸惑った様子で、視線が落ち着かなく動いていた。


「んじゃあ、あらためて、白猫カフェへようこそ」


 全員分のカップを置くと、彰はどっかりとイスに腰を下ろし、芝居がかった動作で両手を広げた。


「ようこそって……まるであんたの店みたいな言い方して……」

 それは、あんまりに失礼じゃないか。そう思って口を挟むと、彰はニヤリと笑った。


「みたいなじゃなくて、正真正銘、僕がオーナーです」

「はあ!?」


 思わず叫び、勢いのまま立ち上がる。そのままロッカーに寄りかかって立っているリーダーに視線を向けると、困った顔で頷かれた。


「本当に?」

 香奈が目を丸くして彰を凝視している。


「ほんと、ほんと。まー僕まだ未成年なんで、名義は幼馴染だけど、企画、発案、運営は僕でーす」


 「すごいでしょ」とウィンクしながら彰は紅茶を口に運んだ。

 妙にそのしぐさが様になって、ロッカーに囲まれた休憩室では浮いている。それでも、彰は堂々としたもので、「さすが僕。紅茶入れるのもうまい」と自画自賛していた。

 ここまでくると、ナルシストと表現していいのかすら分からなくなってくる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る