幕間その一 白猫カフェへようこそ

白猫カフェへようこそ①

「七海ちゃん! 大ニュース! 大ニュース!」


 そういってノックもせずに、女子寮の私の部屋に飛び込んできたのは香奈だった。親しい仲だし、ノックしなかったくらい今更気にしない。驚いたのは、香奈がいつも律儀にノックする性格だったからだ。


 驚くと同時に、嫌な予感がした。

 こんな風に香奈が我を忘れて目を輝かせる時は、ろくな目にあった記憶がない。


「……大ニュースって?」


 そう分かっていても聞いてしまう。だから私はダメなのだろう。

 最終的には受け入れちゃうから、変わらないんだよ。と呆れた顔で言った彰を思い出す。薄々、自分の態度も悪いと自覚してきただけに、思い出しただけで複雑な気持ちになった。


 そんな私には気付かず、香奈はポケットから一枚のチラシを取り出した。香奈らしく丁寧にたたまれたチラシを開き、私に向かって突き出してくる。

 ああ、今度は何だ。お化け屋敷か、怪談ショーか、ホラー特集か。こうなったら、なんでも付き合ってやると戦にでも挑むような気持で覚悟を決めると、目を輝かせた香奈はいった。


「白猫カフェができたんだって!」


 思いのほか、平和な内容に、思わず私は固まった。

 え? ホラーじゃないの? オカルト関係ないの? と、頭の中に疑問が浮かぶ。


 いや、女子高生ということを考えれば、幽霊や未確認生物よりも、猫と喫茶店の方がよっぽど似合っている。というか、正しい。やっと香奈が普通の女子高生になってくれたと歓喜する場面なのかもしれないが、幼い頃から、奇行を近くで見て来た私は戸惑いの方が大きかった。


「……まさか、その喫茶店が心霊スポットなの!?」

 たどりついた結論に、思わず叫ぶと、香奈はきょとんとした顔で私を見た。


「接客業だし、いわくつきな所で営業しないんじゃないかな?」


 もっともな発言に、私は何も言い返せずにうなずいた。

 うん。そうだよね。香奈の言う通り。でも、おかしいな。何で私の方がおかしいみたいになってるんだろう。どう考えても、今までの香奈の行動の方がおかしいのに。

 そう、ぐるぐると私が考えていると、香奈は楽し気に言った。


「このお店、この間、白猫を保護してたお兄さんたちがやってるんだって」

「えっ!?」


 衝撃の告白に、私は目を見開いてチラシを凝視した。 

 白猫カフェと可愛いロゴで、やけにファンシーなイラストが描かれたチラシ。いかにも女性向けのお店だ。可愛らしい白猫たちの写真ともに、お洒落な店内の様子と、おいしそうなメニューの写真が載っている。

 オープンと書かれた日付は数日前のもので、本当に最近、営業を始めたらしかった。


「本当に、あの時の人たちなの?」

「今日、ちらっと覗いてきたんだけど、あの時協力してくれたお兄さんがいたから間違いないよ」


 笑顔で答える香奈に対して、私は何ともいえない気持ちになった。

 あの時協力してくれたお兄さんとは、彰に脅されて、仲間を裏切らなければいけなくなった、哀れな二人のことだろうか。


 あの後、裏切りものとして制裁されるんじゃと心配していたが、一緒にお店をやっているってことは上手く和解したらしい。彰の暴れっぷりを見た後だと、逆らえなかったのも仕方ないと思われた可能性もある。私が同じ立場だったとしても、怖くて逆らえない。思い出しただけで、恐怖で身震いしてしまうレベルだった。


 自分の肩を抱いて震える私を見て、香奈が不思議そうな顔をする。香奈はあんな怖いもの知らなくていいんだよと私は若干遠い目をしながら思った。

 彰怖いは敵味方問わず、共通認識だ。


「でも、驚いた。猫たちどうするんだろうなとは思ってたけど、猫カフェ開くとはね……」

「しかも、ただの猫カフェじゃなくて野良猫保護と、里親探しもしてるんだって」


 チラシの裏面を指さしながら香奈はいう。

 香奈が指さした場所を見ると、「野良猫の保護。里親探しも行っております。猫を飼おうと思っている方も、ぜひ足を運んでみてください」と書かれていた。


「思ったより、しっかりしてる……」

「この間の事件から、そんなに時間たってないのにね」


 小宮先輩と共に、廃ビルにむかってから一か月ほど。

 日常を過ごすには長いが、お店を準備してオープンさせるには短いように思える。

 資金を集め、店舗を確保し、その間の猫の世話。あの人たちだけで出来るとは思えない。廃ビルで見た姿はどこからどう見てもチンピラ。意外と小動物が好きでこまめに世話をしていたようだが、そこをプラスとしてもガタイのいいチンピラ。

 カフェをオープンさせる人脈もコネも持っているとは思えない。


「……重里さんが協力したのかな?」


 先ほどまで笑顔だった香奈が、神妙な顔でチラシを見つめている。

 重里という名に私も思わず眉を寄せた。


 あの事件から一か月がたったが、未だに何とも言えない気持ちになる。小宮先輩とはあの後も、挨拶したり、時間があれば世間話をする関係が続いている。相変わらず友里恵ちゃんを溺愛しているようで、会話の四割が友里恵ちゃん。残り六割が重里さんになっている。


 真実を知らない小宮先輩は、本当に楽しそうに友里恵ちゃんと重里さんの話をする。それを聞いて私と香奈は、小宮先輩が気付かないうちは放っておこうという結論に落ち着いた。

 何かあったときは助けようと決意だけはしたものの、小宮先輩の惚気っぷりを見るに無用の心配かもしれない。


 野良猫だった友里恵ちゃんは重里さんが飼いはじめ、小宮先輩は時間があれば重里さんの家に足を運んでいるらしい。「通い夫だね」と彰は笑っていた。

 彰の中では完全に終わった出来事になっているらしく、私たちと違って気楽な反応だ。代わりといっては何だが、百合先生は口に出さないものの、未だに納得いっていないようだ。


「小宮先輩が頼めば、喜んでするだろうけど……」


 私はチラシをのぞき込みながら、眉を寄せた。小宮先輩が第一の重里さんなら、どんな無理難題でも成し遂げるだろう。だが、小宮先輩がそんなことをお願いするだろうか。

 

 小宮先輩は友里恵ちゃんとの再会。運命の人(だと本人は思っている)との出会いで、完全にほかの猫のことは忘れているようだった。私も衝撃的事実に、落ち着くまですっかり記憶から飛んでいた。


 そういえばと思い出してから香奈と一緒に、廃ビルへと向かったが、すでにもぬけの殻。中にあった猫用のゲージも、猫用の遊び道具のきれいさっぱりなくなり、もしかして夢だった? と自分の記憶を不安に思ったほどだ。


「小宮先輩が頼んだんじゃないとすると、お兄さんが準備したのかな……?」

「そんな経済力あるように見えた?」


 私の言葉に香奈があいまいな顔をした。見ず知らずの人だろうと、人を悪くいえない香奈は良い子だ。


「そういえば、彰君が名刺渡してたよね」

「ああ……」


 香奈の言葉で、あの時の事を思い出す。

 一か月前の記憶なのでうろ覚えだが、たしかに彰はリーダーらしき男に名刺を渡していた。

 

「治療費だすとか、いってたような?」

「言われてみると、言ってたような気も……?」


 行動は覚えているが、なんと声をかけていたかは、あやふやだ。私の場合、彰が公園で真相を語ったときの方が記憶に刻みこまれていて、他の記憶は靄はかかったようにぼんやりしている。

 ほかにもいろいろと、衝撃的なことはあった気がするんだけど……。

 どちらかといえば、公園よりも前の記憶の方を覚えていたかった。彰が捕まえた被害者二人を脅すシーン以外で。


「彰君に聞いたら、何かしってるのかな?」


 香奈は目に輝きを取り戻し、わくわくした顔で私を見た。

 このまま考えていても分からないし、彰が知っていそうというのは同意見だ。私は携帯を取り出して彰にメールを送る。


『最近できた白猫カフェって知ってる?』


 というシンプルなメールを送信し返事を待っている間に話題は明日の小テストの話にうつった。彰の返信に気づいたのは、それから数時間後。

 返信には「気になるなら、明日の放課後いこっか」と、これまたシンプルな返事がかえってきていた。

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