7-3 後押し

「なんで僕が……」

「あんた、悪ぶってるだけでそれほど悪いやつじゃないでしょ。香奈の時も心配してたし」

「え?」


 香奈が目を見開いて彰を見つめる。彰は罰の悪そうな顔をした。否定すればいいのに否定しないあたり、動揺しているらしい。

 つまり事実だということだ。


「一番最初に私たちと会ったときだって心配だったから忠告に来たんでしょ。関わったら大変なことになるって」


 考えてみれば、最初の出会いからしておかしいのだ。散歩なんて言っていたが、あんなところわざわざ散歩するわけがない。

 昨日、少女に脅された香奈を助けてくれたのだって偶然とは思えない。百合先生と同じく、興味本位で近づく人間がいないよう、狐の祠の周辺を見まわっていたという方が納得がいく。

 

 私が確信を込めて彰を見返すと、彰は無言でこちらをにらんだ。正解だと言っているようなものなのだが、それに気づく余裕もないのだ。それに気づいたらだんだん愉快になってきた。 


「ムカつくこともいっぱい言われたけど、私たちにお狐様のことも、犯人を捜すヒントも教えてくれた。お狐様の娘だって、あんたがずっとお茶の相手してたから関係ない人が巻き込まれることもなかった」


 暇つぶし、気まぐれなんていってたけど、本当に興味がなかったらわざわざ面倒事にかかわるわけがない。お狐様に関して妙に詳しかったのも、もともと調べていたのなら納得がいく。

 私に対して態度がきつかったのだって、関わらずに逃げて欲しかったからかもしれない。

 私が逃げれば香奈は一人で調査を続けることはしなかっただろう。いくらオカルト好きだといっても基本は恐がり。私が側にいるという前提があるからこそ香奈は積極的に行動できるのだ。


「あんな嫌なこといわれてそんな風に考えられるなんて、能天気すぎるでしょ。将来変なのに騙されるよ」

「嫌な事いったって自覚はあるわけね」


 肩をすくめる彰に笑いながら答えると、彰は顔をしかめた。


「本当に性格悪いやつはね、自分が性格悪いって自覚ないの。あんたは私が嫌がるって知りながらいった」

「無意識よりよっぽどダメでしょ」

「傷つけるつもりだったらそうだけど、そうじゃなかったんでしょ」


 彰は無言で私をにらみつける。私は笑みを深めた。

 言動が分かりにくいから遠回りしてしまったが、分かってしまえばなんのことはない。


「あんた、とんでもない天邪鬼だったんだね」


 相変わらず彰は無言でにらみつけてくる。けれど、どんなににらまれようともう怖くない。効果がないとわかると、ふてくされたように唇を突き出す姿に吹き出しそうになる。

 最初はあんなにイラついていたというのに、不思議なものだ。


「全部バレたんだからさ、そんな悪ぶってないで尾谷先輩助けてあげてよ」

「無理」


 彰は顔をしかめてつぶやいた。先ほどまでの興味のないという対応よりは、やりたくてもできないというような辛さの滲んだ声だった。


「なんで?」

「あのバカを助けたら、だれが責任とるの? 君たち代わりにあの子に八つ裂きにされる?」


 その言葉に私と香奈はすぐに返答できなかった。返答できなかったのが答えのようなものだ。

 彰はそんな私と香奈を見てバカにはしかなった。ただ困ったような、仕方ないとでもいうような顔で苦笑する。


「皆他人のしりぬぐいなんてしたくない。僕だって嫌だ。誰かに強要するのだってごめんだ。そうなると、やった本人に責任をとってもらうしかない」

「命までとらなくても……」

「あの子だって最初は、謝ってもらえれば流すつもりだった」


 彰はそういうと少女を見つめる。

 黒い影の中心にたたずむ少女は相変わらず禍々しく、恐ろしい。だが、尾谷先輩へ止めを刺さない。恐怖を与えてからといっていたが、頬の傷以降、傷を負わせる様子もない。

 恐怖でおびえる尾谷先輩を見る姿は、どこか悲しげに見えた。


「神様って言うのは人知を超えた存在。こちらの意見なんてお構いなしな連中だっている。ただ腹が立ったから、機嫌が悪かったから。そんな理由で天災を起こすのだって珍しい話じゃない」


 そういった昔話や神話は私だって聞いたことがある。神様というものはなんて理不尽なんだと思うと同時に恐怖も覚えた。存在していないと思っていた頃ですら心の中に引っかかっていたのだから、存在していると知った今ではなおさらだ。


「あの子はそんな神様たちに比べれば優しい。理由を聞いて会話をして、それですませようとした」

「じゃあ、許してくれてもいいんじゃ……」

「無理だよ。あの子は神様だから」


 そういう彰の表情は悲しげだった。


「神というのは人の上でなければいけないんだよ。畏怖、崇拝を得られない神は人に忘れられる。忘れられた神に待っているのは死だ。それを避けるためには、人に存在を刻みこみ続けるしかない」

「そのための尾谷先輩は生贄なの?」


 彰はうなずいた。


「祠を壊したことを謝るということは、そこに祭られていた存在を認めることだ。あのバカに自覚がなかったとしても、謝ったという事実だけで、神としての最低限の立場は保たれる。だけど、謝罪するどころか存在すら否定されてしまったらそうはいかない。信仰によってつくられた祠は壊されたうえに、忘れ去られて何十年、下手したら何百年経過してる。力も弱ってる今、仕方ないと流せる余裕はあの子にない。失った信仰を手っ取り早く回復させるには、恐怖を与えるのが一番だ」


 人は良いことよりも悪い事の方が覚えている。

 親切な人はすぐに忘れてしまうが、恐怖を与えた人は覚えている。肩がぶつかっただけでも相手が怖い顔をしていたら忘れない。その一瞬だけで、その後一切の関わりがなかったとしても、ふとした瞬間思い出すこともある。

 それくらい良い印象と悪い印象では、記憶に残る度合いが違う。


「あの子は精一杯譲歩したんだよ。人が好きな神様だからね」


 そういって悲し気に彰は少女を見つめる。

 尾谷先輩をにらみつける少女には純粋な怒り以上に、信じていたものに裏切られた悲しみが含まれているように見えた。

 

 昨日の夕方、そして昼に話した姿を思い出す。知らないことに驚いたり、お茶を褒められて喜んだり。その姿は私達と変わらない、普通の女の子に見えた。


「だったら、余計にダメでしょ。こんなの」


 私は拳を握り締める。

 人が好きな神様ならば、人に嫌われたら悲しいはずだ。いくら力を取り戻さなければ死んでしまうとしても、嫌われたまま生きることに愛されることを知っている神様が耐えられるとは思えない。


「あんたならどうにかできるでしょ」

 私は彰を見つめた。


「さっきも言ったでしょ。僕にはどうしようもできないって。神様としてあの子は罰を与えなきゃいけない。そうしないと人の記憶に残らない」

「そんなことない! 私と香奈はあの子が神様だって知ってる」


 私は握り締めた香奈の手に力をこめる。香奈は私の意図を察したのだろう、私の手を握り返しながら大きくうなずいた。


「知ってる! 忘れない! 話したことも、狐火だって、あの黒い影だって。お茶が好きなことだって」

「神様は信仰心があればいいんでしょ。なら、私と香奈がいる。それだけで足りないっていうなら、私たちがもっとあの子の事広めればいいんでしょ」


 勢いだ。

 後の事なんてなにも考えてない。今の感情だけで私は話している。後悔すると冷静な部分がささやく。それでも私は決意を込めて彰を見つめた。


「……本気?」


 彰は驚いた顔で私たちを見つめていた。私と香奈は迷いなくうなずく。図らずしもそのタイミングは同じだったらしく、彰はおかしそうに笑いだす。


「君たちバカでしょ。散々振り回されて、殺されかけて。さっきだって巻き込まれそうになってたのに」

「私はずっと昔から神様とか妖怪とか幽霊とか、そういったものに会ってみたかった。だから祠の神様に会えてうれしかったの」


 香奈は目を輝かせる。先ほどまで感じていた恐怖は一切ない。純粋な想いが私にまで伝わってきて苦笑する。

 さっきは確かに怖がっていたというのに、オカルト方面に関しての変わり身の早さは呆れてしまう。


「君はいいわけ? 不本意だって態度隠してなかったけど。後でやっぱりなしとか言っても無理だよ。相手は弱っても神様。君の一生不幸にするくらいの力は、十分残ってるからね」

「こうなったら仕方ない。関わっちゃったのに中途半端にするの目覚め悪いし」

「君、ほんと損な性格だね……」


 私が肩をすくめると彰は心底呆れた顔をした。呆れていたがどことなく嬉しそうに見えた。やっと手を出せる口実が見つかったとでも言わんばかりの様子を見ると、一番損な性格なのは彰だ。


「あんたこそ、ここまで私たちに言わせて、実は止められないとかってオチやめてよね」


 ここまで来て無理なんて言われたら八方塞がりだ。大見えきった自分が恥ずかしくなる。

 しかし、彰は笑った。

 出会ってから初めて見る満面の笑みだった。


「僕を誰だと思ってるの。佐藤彰だよ」


 胸を張って名乗りを上げると彰はすぐに駆け出した。

 今から神様の怒りを鎮めに行くというのに足取りは軽く、むしろ面倒なしがらみがなくなって嬉しそうに見える。


「これでやっと解決だ」

「そうだね!」


 香奈が笑顔で私を見上げる。私はそれに笑い返しながら、走り去る彰の背を見送った。


 これで私たちが手を出せることは、本当になにもなくなった。

 後は彰がどうにかできることを見守ることしかできない。それでも、彰ならなんとかしてくれるだろうという妙な確信があった。

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