6-4 隠れた本音

「終わった?」


 香奈との儀式が終わり、遅れて茂みに入ると、彰がうんざりした顔でこちらを見ていた。

 彰と離れるのも不自然だが隣に座りたくもないので、一人分の距離をあけてしゃがむ。視線を前に向けると立っている香奈の姿がハッキリ見えた。

 

 彰も香奈のフォローをするためによく見える場所を選んだのだろうか。それとも単純に面白そうだからよく見える場所にしたのか。

 後者の意味合いが大きそうだが、少しでも前者が含まれているといいと思いながら、私は香奈の様子を見守る。


「緊張してるねえ」


 呆れたような、困ったような口調で彰は香奈を見ながらつぶやいた。


「人見知りだから」

「それにしては、僕らにはぐいぐい来た気がするけど」

「なぜだか分からないけど、オカルトに関することは除外されるんだよ」

「……おかしな子だね」


 お前に言われたくない。と文句をいいたいところだが、彰がいうことも最もなので私は口をつぐんだ。

 香奈が人とずれているのは、幼馴染の私が一番知っている。だからこそ放っておけないのだ。私がいなければ香奈は完全に孤立してしまうだろうから。


「変だって思いながらも一緒にいるんだから、君も同じくらい変なのかもね」

「うるさいな。仕方ないでしょ。隣同士で年も一緒で両親も仲が良くて、ずっと一緒に育ってきた姉妹みたいなものなんだから。変わってても振り回されても香奈がいないなんて私には想像できないの」


 物心ついた時には隣には香奈がいた。

 楽しいことは分け合って、辛いことも分け合って、香奈に振り回されて、たまに私も振り回して。そうやって二人でやってきたのだ。

 いくら面倒だ、巻き込まれたくないと思っても、香奈がいないことの方が私は辛い。だから文句をいいつつ付き合ってしまうのだ。


「つまり生まれた瞬間には、君はあの子と仲良くなる環境が出来上がっていたわけだ」

「……そうとも言える」


 そんな風に考えたことはなかったが、言われてみればその通りだ。

 香奈と私は真逆といってもいい。好奇心旺盛で自分が気になったことには一直線の香奈。面倒くさがりで事なかれ主義で、なんに対しても興味の薄い私。

 きっと家が隣同士でなければ出会わなかったし、仲良くはならなかっただろう。


「もし幼馴染があの子じゃなければ、あの子と家が隣同士じゃなければ。そんな風に考えたことはないの?」

「そんなこと……」


 考えたこともなかった。

 香奈には散々振り回されたし、迷惑もかけられた。普通のことに興味を持ってほしいと思ったこともあった。それでも縁を切ろうと思ったことはないし、嫌いになったこともない。

 今回のことも香奈の暴走によるものだけど、それでも私はどこかで仕方ないと思っている。

 

 大変だけど香奈が楽しそうだから、仕方ない。そう思う気持ちもあるのだ。


「文句を言いたいだけで今の環境を捨てる気もないし、案外気に入っているってわけ。君って贅沢者だね」


 なにもいっていないのに彰は表情から私の心情を読み取ったらしい。眉を寄せてつぶやいた。

 なんでそんな正確に私の気持ちを読み取れるんだ。エスパーか。と突っ込みたい気持ちもあるが、それ以上に彰によって自覚した本心に戸惑っていた。


 自分は案外、今の環境を気に入っている。

 変える気も、捨てる気もなく。ただ少しだけ不満があるから文句をいっているだけ。

 それだけのことだったと今更、彰なんかに言われて自覚した自分が恥ずかしい。


 表情を読み取られたくなくて、彰から顔をそむけて下を向く。もしかしたら顔が赤くなっているかもしれない。それが余計に羞恥心をあおる。


「いいなあ……」

 だから、突然聞こえた言葉に驚いた。

 

 今までの彰とはかけ離れたつぶやきに思考が止まる。彰がいったとは思えなかったが、ここには彰しかいない。私の聞き間違いとも思えず、思わず顔をあげ彰を凝視した。


 戸惑う私と違って彰はなんの反応もなく、香奈を見続けていた。その目は香奈を通り越して、もっと遠くを見ているよう。なんの感情もうかがえない。

 

 彰はいとも簡単に私の気持ちを読み取るのに、私は彰がなにを考えているのかわからない。表情からも言葉からも、なにも想像することができない。

 それでも、先ほどの言葉が彰にとって大事な、とても意味のある本音のように思えた。

 羨ましい。彰はなにを思ってそういったのだろう。


「やっと来たみたいだね」


 私が考えていると、先ほどとは違い楽し気な彰の声がした。

 考え事をやめて周囲を見れば、尾谷先輩が姿を現したところだった。香奈がはた目に見て分かるほど、動揺した様子で肩を震わした。


「さてさて、彼は本当に犯人なのか。無関係なのか」


 なにかのショーでも見ているように彰は浮かれた言葉を紡ぐ。その声は先ほど聞いたものとまるで違う。

 先ほどの言葉に比べて、今の言葉は軽い。軽いからこそ、これは本音ではないのだと分かった。

 同時に今まで私に向けてきた言葉全てが嘘なのだと私は気づいてしまった。


 わざと嫌われるような、ふざけた態度をとっている。そんな考えが私の中に浮かぶ。しかし、わざわざそんなことをする理由が分からず、私は混乱した。


 そんな私をよそに尾谷先輩は香奈へと一歩、また一歩と近づいていく。それに伴い香奈の挙動不審も分かりやすくなるので、バレる以前に香奈が気絶しないか心配になってきた。


 彰の思考は相変わらず読めない。

 なにを考え、なにを目的とし、なにが本心なのかもまったく分からない。だからその考察は一旦保留にして、今は目の前のことに集中することにした。


 考えたところで答えは見つからない。なんとか見つけたところで彰は笑いながら答えを隠してしまうのだろう。

 そんな彰に寂しさを覚えた。

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